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獣の角の女王



何のことは無い。魔力とは違う、彼ら独自の力は、この神凪の国という閉ざされた土地の中で血をかけ合わせた結果生まれたモノだ。

だが、そうなるには当然ながら、元々その血の中に力が存在しているのが大前提である。


「この神凪の国で最初に生まれた神産み(・・・)の女神。彼女と、魔女大戦に破れ、傷つき逃れてきた魔獣が恋に落ちた。この辺りは孤散様が語った物語の通りですね」


あの神話は大部分がぼかされているけれど、殆どが事実そのままだ。

傷ついた獣は魔獣を指し、最初にして終の神が神凪の女神を表す。そもそもが神凪の国の語源が、神を生み、神が弑されて、神がいなくなった土地―――神が、凪いだ聖域という意味を持つのだから。

魔女大戦の際には、様々な土地から無数の神々が生まれ、星を守る代行者として大戦に身を投じて多くの魔獣や魔物を屠った。神凪の国は最も多くの神が現れて、そこから生まれた神々は幾つもの伝説を残しながら、或いは何一つとして語られる事の無いままに、無数の魔と共に滅びた。

最期に残ったのは神を生んで、神を見送る孤独な女神ただ一人。戦から離れ、神すら産むことのできなくなった神凪の国は魔女大戦の最も苛烈な地から遠ざかり………皮肉なことに、最終的には争いの起こらない平和な地となったのだ。

神の凪いだ国にただ一人いるのは、孤独に塗れて愛を欲した幼い女神。幼いままに神を生み、愛される前にその全てと別たれた、かつて万能であった神。

そんな女神が、魔獣に恋したのは皮肉なのか、或いは必然だったのか。

………彼もまた、戦いの最中に心を得た魔獣だったから。多くの人を殺め、人に近づいた人食いの怪物は、幼い女神に心の底から恋をしたのだ。


「知っておったのか」

いいえ(・・・)。でも、孤散様と俺の身体は共通点がありますから。テレパス………思考や知識の共有は、起こりえるんです」

「千夜の魔女か。我らが古の大母と、お主は同じ存在であるものな」

「少なくとも身体の半分以上は、ですけどね」


孤散様に触れられたとき、俺の中には俺の知らない古い記憶が流れ込んできた。

魔獣は千夜の魔女によって生み出された人殺しの怪物だ。全てがそうではないけれど、彼らの多くは千夜の魔女の身体から生まれた、彼女の分身である。

人への憎悪。孤独を呪い、世界に怨嗟し続けるという魔獣。その根源的な場所には、千夜の魔女の意思があるのだ。

そういう意味では、魔獣というのは限りなく千夜の魔女に近い存在である。セイレーンやリヴァイアサンのように、代替わりをしてしまった物は千夜の魔女とは多くが別物になってしまっているけれど―――妖人は、不変である神の血も引いている。

魔獣としての性質を、彼らは強く残しているのだ。更に言えば。


「孤散様に流れる妖の血は、この土地の誰よりも濃い。貴女は妖人という存在の歩んだ歴史そのものだ」


最も古い妖人であるという孤散様。彼女は、神と魔獣の直系か、そうでなくとも二世代以内の血縁者に相当する存在だ。

まさに、神凪の国という一国を統べるにふさわしい力と身分を持った存在なのである。


「最初の時点でそこまで知られておったのか。それでも、素馨を助けたと?」

「ええ。助けを求められた以上、手は差し伸べますよ」

「………伝説に記される千夜の魔女の逸話にはふさわしくないのう」

「俺は俺、彼女は彼女です」


孤散様が更に体勢を崩して、上段の間の上で涅槃の姿勢となる。そのまま、大きく溜息を吐いた。

俺は逆に、彼女に対してにっこりと微笑みかける。


「その表情、凡そ妾の正体には見当がついているんじゃろう?」

「そうですねぇ。まあ、俺だけじゃなくて多分シルラーズさんも推測できているんじゃないでしょうか」

「語りと我らの特徴だけで察するか。あの魔術師殿も中々に曲者よな」

「それに関しては同意します」


味方では頼もしいけれど、敵にいると厄介なタイプ、というやつだろうね。


「………神凪の国の神話に曰く、”彼らを守るは三柱の獣の子。神と獣の名に於いて、この地、永遠の楽園と成らん事を”と。この獣の子、というのが妾、否………妾()じゃな」

「神凪の国に流れ着いた魔獣は、幾つもの獣の姿が混ざり合った怪物であるとされています。恐らく、その名称は………鵺」

「その通りじゃ。妾達の角はその鵺という魔獣から別たれた存在となる。最初の獣の子は三人おり、妾はその一人じゃ。そして」


黄金の眼を伏せた孤散様が、己の正体を語るために、その唇を震わせた。


「妾達、神凪の国を守る獣の子。それは、神と鵺の死骸より生まれた存在じゃ。正確に言えば、神と鵺が死に絶え、この神凪の国の大地へと還った後に生まれた存在じゃな。妾達は始まりの三姉妹とは別の存在であり、正真正銘この国の守護者としての意義を持っておる」


………つまり、だ。話を纏めるならば、孤散様はこの世界に数少ない、神の一柱なのである。

どちらかと言えば神性を強く宿した半神なんだろうけれど、もう半分は魔獣なので半魔半神というこの世界でも類を見ない特異な人である訳だ。

どうやらそんな存在があと二人は居る訳だけれど、この神凪の国には居ないようだ。


「他の二人は?」

「奴らは神凪の国を自由に出入りすることのできる特例じゃからな。長い事外の世界を外遊しておる。まあ、妾達神凪の国側も、外の世界の情報は欲しいからのう。そうでなくては、やり取りが難しい」

「ああ、随分と神凪の国は外の世界の事情に通じているとは思っていましたが、収集している人たちがいたんですね」

「どこの国にもいるじゃろう。マツリ、お主が他の国に攫われず、魔術師や魔法使いに殺されないのはあの凄腕の魔術師殿のおかげじゃろうな。長く生きておる我らですら、お主という存在を見つけ出すことは出来んかった」

「なら、なぜ俺を素馨を救うために呼び寄せられたんですか?」

「………妾達の運命ではなく、素馨の運命にお主が居た。ちょちょいとな、妾の能力を応用すれば千里眼―――未来視のような事は出来るのじゃ」

「成程。他人の、いえ。妖人の運命を覗き見る力ですか。この土地を守護する神性ならば、所持していてもおかしくはない権能ですね」


魔法使いや魔術師が多大な代償を支払って行う未来予知とは違い、血族の行く末を知るだけならば、存外に出来るものなのだ。ましてや神の一柱ともなれば。

素馨という存在を通して、孤散様は俺を見つけた。そして素馨を救わせ………そして。


「素馨と、そして俺もこの神凪の国の中に閉じ込めようと?」

「ふむ。閉じ込めるつもりなどはないがの。妾達はこの世を乱したくはない。神凪の国には新しい血が必要じゃ。素馨の師としても、まだまだ努めてほしい、そして………お主に傷ついてほしくない。これらの理由から、妾はお主に、お主の意思でこの国に留まってほしいと考えておる」


トン、と姿勢を正した孤散様が俺の視線を強く見つめた。

鼻先を小さく動かす。困ったことに、孤散様の言葉に嘘はない。嘘は、何一つとしてないのだ。


「頼む、マツリ。この国に、根を下ろしてくれんか?」


………そっと目を閉じる。素馨を思い、そして千夜の魔女の身体を持つ俺を心配しているというのは本心からのそれだ。

もしも、俺が最初にこの国に来て、彼女たちより前に素馨や、孤散様と出会っていたならば。そう言った選択もあったのだろう。

だけど俺は既に出会ってしまった。異邦人である俺に手を差し伸べ、隣に立ってくれる親友に。護ってくれる騎士に。頼りになる魔術師に。そして多くの、魔法使いを求める迷い人に。

既に、俺の帰る場所は定まっている。俺の居場所は、残念だけれどここじゃないのだ。


「―――孤散様。俺は、素馨を連れてこの国を出ます。帰る場所が、行く場所がありますから」

「………残念じゃ。本当に、残念じゃ」


まあ、そう言うだろうと思っておったが、と。孤散様が続けて呟いた。


「ならば仕方あるまい。そうであるならば、本当に仕方があるまい」


焔が散る。火の花が咲き誇る………獣の角の女王が、その眼を強く輝かせる。

俺も、翠の眼を開いて杖を手に取った。


「闘争と、行きましょうか」



体調を崩しておりますので、毎週更新できないかもしれません。申し訳ありません

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― 新着の感想 ―
[一言] ありゃ、季節の変わり目ですしね…お大事になさってください。 この、敵意はなくともお互い相容れない故に闘争に入る流れすごいすき。
[一言] 更新ありがとうございます。 体調にお気をつけください!
[一言] まさかのガチバトル 勝てるか?
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