魔導書とは?
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「と思ったけど、もう夜かあ……」
「午後に入って、マツリさんはほとんど寝ていましたからね」
俺最近寝すぎじゃないですか?
この身体になってからもしばらくは寝っぱなしだったし。
寝る子は育つとはいいますけどね……俺成長期ほとんど終わっているし、意味はなさそうだ。
「さて、では魔法の勉強を始めるとしようか」
そういえば、と思い出す。
夜は魔法のお勉強だったか。昼間の探索の密度が濃かったのもあって、すっかり忘れていた。
丁度いいか。聞きたいこともあったし。
机付きのベッドに座りつつ、ヒシッと手を上げる。
……ベッドで勉強とか、ちょっと特別感があって気分が上がっているのはここだけの話です。
「せんせーい!ところで俺が昼間触れた魔導書って、詳しくはどんな感じなんですかー!」
俺の持つ、謎の知識さんは出てきたり出てこなかったりかなり気分屋のようなのだ。
要らない知識とかバンバン出てきても、魔導書に関する情報は出てこなかった。
……たぶん、俺がこの知識の引き出し方を知らないからなのだろう。知識自体が、この学院にある、図書館のようなものなのかもしれない。
なら、司書のように知識を分類しなければ、引き出しづらいというのも納得だ。
いずれはそのようなこともできるようになるのかもしれないが、今はまだ無理そうである。
「……ふむ。まあ場合によっては命にかかわることもあるからな。いいだろう、まずは魔導書についての講義を始めるとしよう」
「やったー」
片手に本を持つシルラーズさん。
……目を落としてはいないが。たぶん暗記しているんだろうなぁ。
「まあ、本に関してはフェネルに聞いた方が速いのだが……」
「フェネルさん?」
「図書館の司書だ。よく行くのなら接点も出るだろう、その時に人となりはつかんでくれ」
「はーい」
図書館の番人的な人なのだろう。
司書だしね。
本に詳しい、というだけで話してみたくなる。
またすぐに図書館はいくだろうし、その時にでも話してみようか。
心のメモ帳にそっと書き残しておく。
「さて、魔導書……俗にグリモワールと呼ばれるものだがどんなものかといえば、文字、或いは記号として筆記された、記された魔法、魔術として扱われるな」
「記号……霧の書は、確かに魔法陣みたいなものが描かれてました」
「そうなのか。残念ながら私が見た時には、内部の文字などはすべて消えて、白紙の本になってしまっていてな。……詳しく調べたかったのだが」
「こほん。学院長?」
「いやなんでもない」
咳払いしたミーアちゃん。
眼光が鷹のように鋭かった。
獲物を狩り獲るかのような瞳ですが、大丈夫ですか……。
「魔導書には、それを記した魔法使いや魔術師の感情、記憶などが移りこんでいることが多い。……本来は、魔法や魔術の秘奥を、忘れ去られてしまわないように、そして誰かに使用されてしまわないように封印するものなのだがね」
「忘れてほしくないのに、使われてほしくもないんですね?」
「魔導書の筆記者はほとんどが魔術師なのさ。そして、魔術師全般に言えることだが……私も含め皆独占欲と知識欲がすさまじいほどに貪欲だ」
「簡単にいうと意地汚いということです」
「いや待て、それはさすがに言葉が汚いだろう。……マツリ君、なるほどという顔をするな」
いえなんか、魔術師という印象にとてもよくハマるもので。
おとぎ話の魔術師というものは、およそ半数ほどが悪役を務めているものだし、意地汚いというのもそれはそれで納得できるような気がしている。
逆にいえば、とてもいろんなものに対して興味を持っているということでもあるから、悪いことじゃないけどね。
独占欲だって、人間ならば誰しも持つものだ。
優しい王様なんて、あれこそまさに非人間といえるものだろう。在り方を否定はしないけどね。
自分で探求して、自分だけの秘術を見つけて―――それが消え去ってしまうのを恐ろしいと思うのも当たり前の心だし、誰かに勝手に使ってほしくないというのも当然の心理。
「まあ、そう言った記す、という特性上魔導書は筆記者本人の鏡のようなものになることが多くてな。本来ならば魔術やら魔法やらを万人に使えるようにできるほどの力を持つのだが、そう言った背景から非常に癖が強いのだ」
「それが、魔導書が夢を見せたり、中に引き込んだりっていう奇妙な話になる……と」
「ああ。さすがに本の中に引き込むのはそうはないがね。……ふむ。最近起こった事例だと、魔導書に記されている幻獣達が本の外に出て暴れまわったのがあったか。ほかには落雷がひっきりなしに降ってきたり……まあ、いろいろ種類はある」
「トンデモ現象じゃないですかそれ……」
絵本の絵が動き出して暴れるとか軽くホラーだぜ?
あ、でもそれはそれで楽しそう……。
「そんなわけでな、魔導書は基本的に、不用意に触れると必ず暴走するものなのだ。記された秘奥を知ることなど、ほとんどできない」
「じゃあ何であるんですかそんな危険物」
「……極稀にではあるが、秘奥を授けられることがあるからだ。故にどんな危険なものであろうと、魔導書を棄てることはできない」
「そもそも破棄しようとすると、それはそれで魔導書が暴走します」
「かまってちゃんかな?」
なんという面倒くさい書物なんだ……。
「その、極稀ってどんな状況なんですか?」
「魔導書の作者に気に入られたとき、だな。詳しく言えば、魔導書を筆記した魔法使いや魔術師と、性質が似ていれば魔導書が本人と間違えて、秘奥を開帳するのだ」
「鍵がたまたまはいっちゃった……てきな?」
「その通り」
そんな理由ですか。
……鏡である魔導書も、見方によっては生き物と定義できるか。
なればこそ、主たる主君と同じ匂いを感じれば、秘奥を解き放つのも当たり前だよね。
世の中には、それこそ自分で動く魔導書もあるんだし――――。
「え、自分で動く魔導書なんてあるの……?」
「む?ああ、あるぞ。伝説にして神出鬼没の霧の書、それに並ぶ飛びきりの魔導書がな」
「まじですか、霧の書に並ぶんですか」
「―――千夜の魔女の記した、魔女の書だ」
「またでた千夜さん……どんな書物なんですか?」
「上下巻の二冊の魔導書でな。上巻はこの世全ての知識が詰め込まれた書物であるらしいが、誰も見たことがない。動くのは下巻の方だ」
「動く本……ベッドの下にありそう」
動く教科書とかありましたよね、某作品。
なまじホラーである。本のページを食べてしまうということも、純然としたホラーである。
……あれ?食べてたんだっけあれ。
よく覚えてない。
「下巻はもっとも有名な魔導書にして、誰もが欲しいと願う魔導書―――不老不死という概念をもたらす、”永遠の書”だ」