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杖の材料



***




「杖って、そんなに簡単に作れるものなの?」


そんな素馨の声が響くのは、月光照らす夜の森の中であった。

ああ、まあより正確に言うならば空模様は徐々に曇りに近づいており、その雲たちの隙間から月が覗いている訳だが、大した違いはないだろう。

この山の森の中でも、満月に近い月明かりは俺達の視界をきちんと確保してくれている。それで十分だ。


「簡単ではないよ。基本的には、魔法使いが弟子入りした際に師匠から杖を送られることが多いんだ。その後、独り立ちするくらいの時分に己の力で己の杖を作る。古い時代はそうして魔法使いは魔法使いになっていたんだ」


もう魔法使いそのものが減ってきているため、化石のような風習は殆ど引き継がれていないんだけれど。


「じゃあ、マツリは杖を作れるの?」

「勿論。欲しい?」

「ん………別に、いい」

「だろうね。だからこそ、自分で作る方法を教えるんだよ」


素馨は俺から魔法を学んではいるけれど、本人は決して俺の弟子だとは認めない。だから杖を渡してもそれを使うことは無いだろう。

今はまだ、それでいいのだ。ゆっくりと学んでいけばいい。

魔法を使い始めた、魔力を知り始めた。それだけで、素馨という命はきちんと運命の大河を廻すことが出来る。魔力に潰されるような結末は、もう有り得ない。


「さて。じゃあ杖の作り方だけれど、色々と手段があるんだ。手段だけではなく、種類もある。よく覚えておくように」


まず人差し指を立てて、素馨に語り掛ける。


「まずは分かりやすい種類から話そうか。これは物質の話だからね、感覚的に理解しやすいと思う。手段に関しては素材を集め終わったら改めて、だね」


そう言いながら、俺は地面を軽く靴の先で叩く。すると、草木に覆われた地面から幾つかの樹や花、石などが浮かび上がった。


「杖は極論、なんでもいいんだ。何で作り上げてもいい。俺の杖は木製のそれで、基礎にはオーク、模様にタイムを焼き付け、上部先端にはオニキスが埋め込まれている。樹木と宝石という王道の杖だね」


形状に関しては少々特殊だけれどね。何せ煙管やらパイプを思わせるそれだから。

そんなことを思いつつ、宙に浮かび上がった物の内から樹と石を手元に寄せる。


「杖は本来、地を耕す農具であったとも言われるから、金属を用いても問題はない。あちらさんはちょっと嫌がるかもだけれど、彼らに合うように聖別された銀や黄金を用いればその辺りは解消できる」


そうなってくると貴金属を使っているので杖を作る際のコストは跳ね上がるけどね。国や都市が発行する金貨をちょろまかすことも出来ないし。


「基本的には基礎と入れ込む模様、そして装飾品に形状―――この辺りに気を使って作ればいいんだ。魔法使いによっては基礎も含めてすべてを宝石で作り上げた人もいるようだし、無骨で無駄のない全てが木製の杖もある。こればかりは、自由だ」


ただし、と注意も含める。


「どんなものを使ってもいい。だけど、自分にあった杖を作る事が大前提だ。己の魔法や体質、感覚に合わない杖は力を澱ませるだけだからね………素馨、手を出して」

「………ん」

「うん、ありがとう」


差し出された掌に、浮かび上がった草木や石を置いていく。それを幾度か繰り返していると、ピクリと素馨の耳が動いた。

静かに眼を細める。どうやら素馨に適した杖の素材の系統が分かったようだ。素馨が身に宿すであろう魔法を考えれば推測も出来るけれど、あくまでも今回は本人だけが知るべきことである。

ちなみに杖の材質は本人が持つ魔力の系統や資質と完全に同一にはならない場合も多い。あくまでも、魔法使いを補助するものだからね、多少の違いは出てくるものだ。

こちらを見上げた素馨に微笑みかけると、そっと俺の背後へと手を差し出す。殆ど人の踏み入れない森の中の、更にその最奥。月が強く照り、神凪の国においても魔力の気配が濃厚な特別な場所だ。素材集めには、ここがちょうどいい。


「神凪の国は古い土地だ。だから君の杖の材料に出来る素材を採集するには適している。まずは、素材を見つけ出してみるといい………君の場合は、音を聞けばいい筈だ」


妖人は土地を勇んで開墾するようなことは無く、孤散様の力もあり国の土地に血が染みこむような血みどろの戦も起こってはいない。

神凪の国が戦地となったのはかつての魔女大戦の時だけであり、その神代の頃に流れた血であるならば、寧ろそれは強大なる遺産として大地に宿っている。

つまりは殆ど手の付けられていないこの大地では、掘り出し物がたくさんあるという訳である。良い品質の杖を作り放題だね。

この世界における俺の妹………もといスターズの治める魔女の国も杖を作るための素材は無数にあったけれど、魔女の国に人間は早々入り込めない。神凪の国の高品質素材を超えられる可能性がある彼の国だけれど思考の外に置いておく他はなさそうだ。


「見つけたら、俺に教えてくれれば、こうして………君に渡してあげるよ」


杖を手に持って、地面をたたく。その瞬間に、煙で編まれた根っこが大地の中へと侵入していった。

眼を閉じて俺はその感覚を探る。目的のものに根が巻き付くと、杖をもう一度叩いてそれを引きずり出した。

くるりと浮き上がったそれは月光を反射しながら宙を舞い、俺の手の中へと落ちてくる。それを掴んで見せてみれば、素馨が目を見開いた。


「これは、琥珀?」

「そうだよ。地面の底にあったそれを引きずり出したんだ」


琥珀、アンバーと言われるそれ。黄金にも似た色合いのその琥珀の中にはよく見れば桜の花が閉じ込められていた。

この世界にソメイヨシノはない。桜自体はあるけれど、それらの多くは野生に存在する原種である。この琥珀の中の桜もまた、そうなのだろう。

琥珀が形成される期間を考えると古代種だけどね。そもそもこの世界の歴史の始まりに近い千夜の魔女との戦い付近は、時間の流れもまた今とは大きく違っていたようなので、宝石類も尋常な形成のされ方はしていなかったかもしれないけれど。

くるりと手の中でそれを弄ぶと、息を吹きかけてからローブの中へとしまう。


「さあ、月が沈む前に。夜が明ける前に。杖の素材を見つけ出そう」

「ん。分かった………マツリはどうするの?」

「俺は見守っているよ。手伝ってほしいわけではないでしょう?」

「うん、要らない。自分の杖だし、自分で見つける」


樹の根に腰を降ろすと、膝をたたんで座る。月明かりに照らされながら耳を澄ませている素馨を眺めつつ、そっと座った足元に伸び始めている樹の若い枝を一本、貰った。


「ここからが大変だよ。杖作りは、簡単じゃないからね」


そう呟いて、その枝もまたローブの中に仕舞った。ウォルナット………即ち、胡桃の新芽を。

どんな杖を作り上げるのか。どんな思いを杖に籠めるのか。君の願いの色、形を俺は楽しみにしておこう。

今にも隠れそうな空の月が、俺達の姿を静かに照らしていた。




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