弟子の魔力探知
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「さて、では何から教えようかな」
散策から戻ると、俺達は拠点である小屋の中へと戻ってきていた。
うんうん、まあきっかけや目的が何であれ、素馨が魔法を学ぶことは一歩踏み出す行為であるという事に変わりはない。
学びを得れば、己が進むべき道も見つけだせるかもしれないからね、当然俺は協力するさ。
「マツリはどうやって魔法を学んだの?」
「俺は気が付いたら使えるようになってた口だから参考にはならないよ」
「………そういうのもあるんだ」
普通ではないですけどね、ええ。千夜の魔女に身体を乗っ取られかける、なんてそんなことでもなければ一般人が急に魔法使いになる事なんてありえない。
異邦人とはいえ只人であった俺よりも、本来ならば魔法使いとしての素質を生まれながら持つ素馨の方が才能に溢れているのである。
まあ得てしまった力は有用に使うことが最も効率的なのでその点について特に何かを思ったりはしない。呪われたからこそ、出会えた人達も多いのだから。
「魔法を使う際の基礎はいくつか存在するんだけれどね。まずはやはり、魔力の探知からかな」
あー、この感覚懐かしいかも。
この世界に来たばかりの頃、そして俺が千夜の魔女の呪いを受けたばかりの頃に、シルラーズさんから講義された内容をなぞっている訳だからね。
あの時は俺が受ける側だったのに、今では俺が抗議する側かぁ。そこまで時間はたっていない筈なのに、不思議である。
それはさておき、机の上で手を組んで俺の話の続きを待つ素馨に対し、視線を合わせた。
「魔法使いも魔術師も、この神凪の国の妖人とは違って魔力を媒介にして様々な事象を引き起こす。だから、魔力を感じ取れなければ何も出来ないんだ」
「そうはいっても、神凪の国には魔力は少ないんじゃ。そんな都合よく探知できるものなの?」
「そうだね、素馨の言う通り神凪の国に魔力は少ない。だけど無いわけじゃない」
この家を改装したように、君が古い魔に出会ったように。
前者に関しては俺の魔力も大きく作用しているが、それはまあ些細な問題である。一番重要なのは、この国にも魔力は満ちているという事だ。
そもそも魔力を探知する技術を学ぶ際に、自分の魔力を探知して鍛錬するのは選択肢としてあまり褒められるべきではない手段である。
何故って、自分にとって自分の魔力というものは違和感にもなりにくいので。他の魔力の中に紛れていても簡単に見つけ出せるし、操作も容易い。
………他人の魔力を探知するのは魔法使いにとって自衛でもある。決して平和なだけではないこの世界だ、隠れて不意を狙ってくる相手というのも存外に存在する。
その時に魔力を探れるかどうかは自分自身の身を護れるかどうか、といった問題にもつながってくるのだ。
このような理由がある故に、魔法使いも魔術師も魔力の探知技術を学ぶことに妥協しない。技術としてあれば利点ばかり、無ければ困ったことばかりになるからね。
素馨に対して人差し指を立てると、周囲を指し示す。
「本来魔力は殆どのものに宿っているんだ。俺は意識を集中すればこの周囲に存在しているものをすべて認識できる」
「………すべて?」
「うん。すべてだよ。魔力が宿っているんだから、魔力探知でそれを追うことが出来るのは当然でしょう?」
勿論、俺の場合は魔力を嗅ぎ分ける訳だが、優れた魔法使いはおおよそ、魔力探知で似たようなことが出来る。
「神凪の国のように魔力が少ないのは寧ろ鍛錬にはちょうどいいかもしれないね。薄い魔力を認識できれば、意図して魔力を隠そうとしているものを暴けるようになるかもしれない」
俺が普段使っているような姿を隠す魔法を看破する一つの手段として、探知は有用だから。姿を隠した敵対者を炙り出す魔法もあるにはあるけれど、第一段階は自力で索敵する事になるからね。
「さて、じゃあその探知はどうやってやるのかだけれど―――素馨は何度か無意識的に探知を行っているよね」
「………?良く分かんないけど、そうなの?」
やはり気が付いていなかったのか。素馨の優れた聴覚は魔力探知を併せ持ったものになっている訳だが、彼女にとっては同じ音として認識されていて、感じ取ったモノが魔力であるとは知らないのだろう。
俺は影に手を伸ばすと、その中から杖を取り出してくるりと回す。
「以前、俺が魔法を使った際に君は耳を抑えたよね?」
「うん。なんか、変な音がしたから」
「それが魔力の探知だ。魔力を探る際に用いられる感覚は自分が一番頼りにしている五感に由来する―――俺であれば、嗅覚。匂いで魔力を探るんだけれど、素馨の場合は聴覚を基本としている訳だ」
とはいえ、と付け加える。
「あれは俺が至近距離でかなり強く魔法を使ったから捉えることが出来たものであると推測できる。つまりは偶々であって、意図した魔力探知ではないんだ」
「そう、なんだ」
「そうなんだよ。でも魔力を探った経験に変わりはないからね。偶発的なモノだけれど、感覚は本物だ。運がいいね、この時点で魔力探知を手探りでやる必要は無くなった」
魔女の知識によれば、魔術師や魔法使いが魔力探知を学ぶ際には己がどの感覚に一番の信用を置いているかを理解した上で、幾つもの魔力をその感覚器官で捉え、物質的感覚と魔力感覚の違いを知る、と言ったところから始まるらしい。
探知経験が無ければそもそもとしてどれが魔力なのか分からない。でも、素馨は俺の魔力に触れて感触を既に知っている。これはとても有利な事なのだ。
「君は以前に捉えた感覚を思い出しながら、周囲に満ちる魔力の音に意識を傾けるだけでいい。まずは、大きなものから捉えていって………順番に小さなものを捉えよう。そうすれば魔力探知を完璧にできる筈だ」
そう言いつつ、ローブの中から鞘付きの短剣を取り出す。短剣、と言っても本当に短いものでナイフの方が正式名称として近いかもしれない。
あ、刃は黄金製だ。あちらさんたちは殆どの金属を嫌うからね。柔らかい黄金は本来ならば切る事には向いていないが、その辺りは魔法でカバーされている。
そんな短剣で、人差し指を薄く切る。ぽたりと机の上に血が垂れて、一つの赤い石へと変じた。
「それは?」
「俺の血を固めたもの。薄く魔力が込められているから、まずはこの魔力の認識が一つ目の課題かな」
机の上のその石を指先で転がしつつ、机の端へと転がす。
「でもいきなりそれを探知するのは難しいだろうからね………よいしょ」
今度は先ほどよりも深めに短剣で指を切る。それなりの量の血が机の上に垂れて、大きな赤い石が出来上がった。
これには大量の魔力が込められているため、捉えることは容易いはずだ。
「………幽かに、音がする」
「うん、筋が良いよ素馨。じゃあその音に耳を傾けて、感覚を磨いていこう」
俺はその辺り全部すっ飛ばしたけど、普通はこうして魔力への理解と感覚を研ぎ澄ましていくのである。
小さい方の石の音を捉えられれば、魔力の濃い大陸では十分な魔力探知能力を得られるだろう。勿論、彼女自身のために神凪の国を基準にした探知まで学ばせるつもりではあるけれど、ね。
魔量の乏しい神凪の国は魔法使いや魔術師にとって、かなり見通すことの難しい土地だ。魔力が少ない分、感覚から得られる情報は減るし、魔法使いですら味方に出来る大気の魔力が少なく、十全に力を発揮できない。
自身で膨大な魔力を生み出せる俺や素馨には関係ないし、所謂超人の類であるシルラーズさんも問題なく過ごしているけれどね。
さて、そんなことはさておき。その他に幾つか、魔力量を変えた石を用意すると素馨の前において、「やってみて」と声をかける。
机に両手を乗せて、そこに頬を乗せると、耳に手を当てて集中し始めた可愛い弟子の姿を見守り始める。
「………頑張れ」
そっと、微笑んだ。