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魔法という技術



***




「ねえ素馨、きちんとご飯食べてる?食べないと大きくなれないよ」

「うるさい。黙って。あっち行って」

「干し肉は確かに保存は効くけど、干し肉だけじゃ生きられないよ。炭水化物と野菜も食べないと」

「………」


さて、時刻は夜。関係改善の方法は生活しながら試行錯誤しようという事に決めると、俺と素馨は夜ごはんの準備を始めていた。

正確に言えばちゃんとしたご飯を準備しようとしている俺と、最初からボロ小屋にあった保存食で済ませようとしている素馨とで地味に睨み合っていた。

干し肉………猪肉である………は確かに栄養はある。昔から西洋東洋問わずに肉を干したものは食されていた。塩漬けにすれば腐りにくいし、腹持ちも良いし、食料が枯渇しがちな冬を越すための大事なアイテムだったのだ。

とはいえである。ゼーヴォルフ海賊団が野菜を船内に持ち込んでいたように、肉だけでは人の身体は壊れていく。俺のような半分が人外になっている存在は別としてね。

素馨も確かに半分人ではない。けれど、妖人は千夜の魔女よりは余程人間に近い。つまり、素馨は普通に齢を取れるし、空腹になるし、栄養を偏らせれば病を抱えるのだ。

弟子がそんな風に無駄な苦労を背負う事を望むわけがないよね。


「あと水も飲まないと、喉つっかえるよ?」

「………」

「んー、せめて果物とかも食べようよ、ね?」

「………うっるさい!!無視してるの分からないの?!」

「分かってるけど話しかけ続けてれば君は反応してくれるだろうし」

「あー!!やだこいつ!!ていうか出て行ってよ、ここ私の家!!」

「改装したのは俺だよー」

「勝手にやったんでしょ!?」


もう星と月が覗き見る夜中だというのに、素馨は元気である。

大声を上げて肩で息をすると、そっぽを向いてリビングの椅子に腰かける。魔法でボロ小屋を改装した際に家具も一緒に作り上げたのだ。魔道具を利用した俺の家程の便利さはないけれど、暖炉も調理場もトイレだってちゃんと用意してあります。

調理場に関しては普通の人間が使うとすれば薪を入れて火を起こしてと手間がかかるが、俺達のような魔法使いであればあちらさんに頼んでその手間を大分短縮できる。

水も火も風も、元来は自然と共に在った魔法使いの味方であり、武器なのだ。


「………ふん。ご飯を作るって言ったって材料なんてないでしょ」

「話してくれる気になったんだ。良かった、関係改善の第一歩だね」

「不愉快………話さないと永遠に話しかけてくるくせに………」

「あはは。どうであれ会話の成立は関係を作る上では必須だからね、少しくらいはごり押すよ。対話こそが人と人を繋ぐんだから」


両手を胸の前で合わせる。さてさて、素馨の言う通り、この家の中には素馨があらかじめ持ち込んでいた、というか恐らくは孤散様に無理やり押し付けられた保存食しか置かれていないのは事実である。

食料が無かったのであれば、素馨は餓死しようと努力したのであろう。その行動を予測していたからこそ孤散様の指示によって食料やら何やらが手配され続けていたんだろうけれど、ね。

自ら望んで死ぬ事を選んだ人間じゃなくても、少し頑張れば人間は自分の意志で命を絶てる。前者は死を幸福として捉えるが、後者は苦難に満ちたいばらの道だ。何せ心から死にたいわけじゃないんだから。状況から死ぬことを選ばざるを得ないだけである。

素馨は勿論後者。頑張って死のうとしているし、一人であったならば死ねたんだろうけれど………ま、孤散様はそんなことを許さなかっただろうし、彼女に変わって素馨の師匠になった俺もまた、その結末を許容しない。

と、話が飛んだか。うーん、弟子のためであれば野生動物を狩り取ることも別に出来なくはないんだけれど、肉はあるからねぇ。

ならば、果物でも取るとしようか。


「ま、こんな夜分遅くに少女を出歩かせるなんてことはしないけどね」


―――素馨を深い夜に触れさせるのは、もっと時機が整ったらである。今は意味がないのだ。


「さあ素馨、ちょっと外に出よう」

「ちょ、なに?」

「んーちょっとした魔法のお勉強、かな?」

「いや。いらない、ちょっと離して。放せ」


手を取って素馨を引っ張りつつ、家の外に出る。むすっとした表情を浮かべている素馨が残った干し肉をかみ砕くと、空に浮かんでいる満点の月を見てちょっとだけ目を見開いた。

照らすその月明かりを眩しそうに見て目を細めつつ、視線を俺の方へと向ける。


「今度はなにするつもり?」

「魔法使いの力についてだよ」


そう言って片手を出すと、そこに息を吹きかける。ふわりと煙霧が待って、それが止んだ時には俺の手の上に、一つ。真っ赤な林檎が乗っていた。


「………林檎?」

「そう。俺が使う魔法は薬草魔法だからね。草木やこういった果実の力を借りて魔法を使うんだ」


掌の上の林檎をひょいっと放り投げ、再びつかむ。ただし、その林檎は上下が反転していた。逆さの林檎を指差して、話を続ける。


「でもね、多くの秘術にも言えることだけれど、魔法や魔術に用いられる触媒の数々は、単一の意味や効果を持っている訳じゃないんだ」


だからこそ魔法は万能に見え、そしてとても厄介なのである。

例えば俺はかつてこの林檎を死者の旅路を征く者へと送った。林檎は死出の旅を守護する力を持つからだ。

けれど、それだけが林檎の力ではない。薬草を始めとした多くの触媒にはそれぞれ属性や守護する精霊に神々、惑星や場合によっては性別すら存在している。俺の知る知識から為る魔法では、惑星の力を得るのは難しいけれどね。この世界の惑星概念は俺の知る世界のものとは異なるから。

まあそれはさておき。そういった属性やら秘めた力やらは、大抵の場合一つの薬草の中に複数宿っているのである。

見方を変えれば在り様や意味が変わるように、同じ薬草でも意味の捉え方、何を起点にして魔法を使うかでその効果効能が大きく異なるのだ。

だからこそ、魔法使いや魔術師には多くの知識と理解力が求められる。知れば識ほどに、多くの手札を使えるためだ。


「あっそ」

「………これは、魔法だけじゃないけどね。いろんなものがそうなんだよ、視点というのは大事なんだ」


林檎を今度は横向きに変える。魔法はただの形にすら意味を与えるから。そもそも見る行為は古い呪いであり、見ることによって形は定義され、意味が形成され、術となるのだ。

視点の位置。見る方向とタイミング。そこから自らの中に落としこみ、理解する行為。素馨、君はこの意味を知らなくてはいけないんだ。

―――まあ、まだ時期尚早というのも事実かも知れないけどね。

ふふ、と息を吐くと勿体ぶるのはやめることにする。

軽く微笑みながら、素馨の目の前で林檎を大きく放り投げた。


「見ていて、これが魔法の使い方だ」


息を吸う。力ある言葉を発するために。


「『林檎よ林檎、お前の血を分けてくれ 美を与え、豊穣を与えるお前の祈りの一欠けら どうか私に分けてくれ』」


投げた林檎の果実がどろりと溶ける。そして、林檎ジュースのように液体になって地面に吸い込まれていくと………そこから、幾本もの樹木や野菜が実り始めた。

林檎には豊作を祈願するための使用法もあるのだ。以前の使い方とは全く違うけれど、これこそが薬草魔法の在り方なのである。

幾つもの意味を持つからこそ、臨機応変に使い分けられる。薬草魔法は古い魔法の形だが、今もまだ連綿と続く有用な魔法なのだ。

凄まじい速さで成長する樹々から果物を捥ぎ取ると、小さな声でお礼を言う。そして振り返ると、その果実を頬に当てて笑った。


「さ、材料が出来たよ?料理、しようか」

「………魔法使いって、本当に意味わかんない」


あらら、そんなことを言われてもねぇ?。だって、君も魔法使いになるんだよ。

他にもいくつか材料を樹々から貰うと、素馨を連れてさっさと家へと戻る。





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