まずは生活環境から
「まあ、魔法使いになるのは今すぐに、というものじゃない。ゆっくり考えてくれればいいんだ」
そうとも、問題はそこではないのだ。一番解決しなければならないことは、素馨が自身の魔力を操れるようになること。
己が生み出す魔力と、魔法使いの能力とも呼べる操作可能な大気の魔力。魔力の暴走とはそれらが混ざりあって融合し、大規模な現象を起こす事である。
その現象はシルラーズさんが言っていた通り、定義できないほど様々なものとなる。単純な爆発程度なら可愛いものだ。魔力による爆発であれば俺が抑え込めるから。
魔女の知識によれば、どうやら過去には一国を滅ぼし、そして人が住めないほどの呪いをばら撒いた例もあるようだからね。寧ろ警戒しなければならないのはそちらだろう。
染みついた呪いは解呪が難しい。水蓮の例でそれは理解できている。
「んー、さて」
………素馨は他人に対して害意を押し付けるタイプではないだろう。この山に引きこもって自ら死を選んでいるのも、結局のところ自分の暴走が他の人に迷惑を掛けないようにだろうからね。
ならばまず俺が彼女に対してすることは、彼女という存在を肯定することだろうか。
彼女が、生きていてもいいのだと自分自身を認められるようにすること、と。そう言い換えてもいいかもしれないけれど。
「………なに?」
警戒したように俺のことを睨んでくる素馨に笑いかけつつ、帽子をかぶり直して彼女の近くに移動する。
そのまましゃがみ込むと、その金色の瞳を覗き込んだ。
「なんにせよ、俺は君が魔法使いになるまで君の傍を離れないからね。暫くは一緒に暮らすことになるけど、よろしく」
「帰って。要らない」
「だーめ。………とりあえず、環境を整えようか」
このボロ小屋じゃ風邪をひいてしまうだろう。俺は兎も角として、素馨は半妖とはいっても人間だからね。
それにほら、魔法を実際に使っている所を見せれば、使ってみたいと思ってくれるかもしれないからね。
………都合よくはいかないだろうけれど、取れる手段はとるべきだ。
「”暗闇の芽 夏至の花 魔女の愛する一滴”」
呪文を唱えつつローブの下から取り出し、地面に放るのは一枚の葉。そしてそれを杖の先で叩くと、瞬時にそれは煙へと変わる。
放り投げたのはバーベインだ。祭壇を清める事にも使われるこのハーブだが、今回は家の中に置いておくことで植物の成長を速めるという特性の方を使用する。
―――煙がボロ小屋の周囲をぐるりと回り、様々な草花や樹木の生長を促す。
俺や水蓮だけなら空の見える家でも問題ないけれど、人には人の生活が必要でしょう?そして魔法使いにはふさわしい家もいるだろう。
故に、魔法でそれを作ることにした訳である。
樹々が捻じれ、ボロ小屋を覆う。伸びた草花がその樹々に巻きついて、そして家としての形を生み出した。
うん、まあ。所々異常成長した大きな花が屋根を飾り立てているけれど、それもまた魔法使いっぽいということで、ええ。
童話に出てくる魔女の家の方がなんか正しい気がするけれど。
「………わ」
素馨が俺の行使した魔法に驚き、そして一瞬呆ける。
眼を何度か瞬かせると、そっと自分の手で耳を抑えた。
「ああ―――ごめんね。少しうるさかったかな」
「あなた………何なの?」
そうか。俺が嗅覚で魔力を捉えるように、素馨はその聴覚で魔力を感じるのか。
魔力の感知器官は当人が最も頼りにしている五感よって定められる。まあそれでしか感知できないわけではないけれど、それが一番信用できる。
俺も別に眼で魔力を見ることも出来るけれど、嗅覚の方が遠く、ハッキリと認識できるのである。
でも、それを教える前に………ちょっと、警戒されたかもしれないね、これ。
「あなたの音、重くて、響いて、その癖に甲高い―――人間じゃ、ない」
「うん。半分ちょっとね。俺はまあ色々とあって、もう人間の部分は半分も無いんだ」
頬を掻きつつ、素馨を見る。軽いものだけれど魔法を使ったことで俺の身体について少しばかり情報が伝わったらしい。
基本的に情報が漏れないようにと俺は自分の身体に関してプロテクトをかけているけれど、腕のいい魔術師や才能ある魔法使いにはそれが伝わってしまう事がある。今回の旅の際に纏ったカバーは、それに対処するための変装だったわけだけれど、今は何もしていないからね。
普通に素馨にはバレたらしい。でも、幸運にも彼女は千夜の魔女という存在を知らないようだ。警戒されるだけで、敵対はしていないから。
これがカーヴィラの街があるような大陸だったら、即座に騎士団なり魔術師なりが出てきて討伐隊が組まれるだろう。
神凪の国という特殊な場所によるものなのか、この国では千夜の魔女という存在自体があまり知られていない。外の国と関りのある役職についている人たちは知っているようだけれど、恐怖心は薄いようだ。まあそれはさておき。
「俺のことをそう捉えるということは、やっぱり君は筋が良いと思う。俺の中にある人間じゃない部分と、人間である部分を聞き分けているという事だから」
そのうち消えるであろう人間部分は、音で捉えるならば確かに違っている筈だ。魔女と人間の匂いが違うように。
にっこりとほほ笑むと、話を終わらせる意味も込めて立ち上がる。
そして改めて杖で地面を叩いた。
「魔法使いになりたいのであればその辺りの話は喜んでするよ。でも死にたいっていう素馨には詳しい話をする理由はないよね―――とりあえず、部屋割りを決めようか。魔法で補強してあるから扉とかもついてるし、生活スペースと共用スペースを決めないと」
「ちょ、勝手にきめないでよ!」
「あはは。俺は孤散様に命じられた君の師匠だからね。衣食住に関しては君の意向に関係なく整えさせてもらうよ」
………少しだけ俺の影が揺らいだけれど、ブーツの先端を床を二度ぶつけてそれを隠した。
水蓮はもう少しだけじっとしていてほしい。まだ素馨の前に姿を現すべきじゃないと思うんだ。
手段は幾つか持っておいたほうが良い。そして手の内は全てを晒さないほうが良い。素馨がどう転ぶか分からないからね。
「さあ、そのベッドから降りて。ちょっといいものに作り直すよ」
「だから!!」
「大丈夫だよ、元もベッドと同じ自然物から作るものだからね」
「なにが!?意味が分からないんだけど!」
あら、自然のものに拘っている訳じゃないのか。というかこの国で使われている寝具ってどんな形なんだろう。やはり日本式の敷き布団なのかな?
まあいいか、とりあえずここは西洋式のものにしておこう。現代の物ほど柔らかくはないけれど、出来る限り柔らかくして………あとは食料庫とかも色々と手を加えないとだね。
カーヴィラの街だと魔道具を利用した冷蔵庫があったけれど、魔力がないゆえに魔道具文化が育っていない神凪の国ではそれに期待することは出来ない。うーん、普段はあまりやらないけれど、弟子のためだ。
魔法で冷蔵庫的なものを作るとしようかな。冷やせる設備があるかどうかで食料をどれだけ保存できるか大きく変わるからね。
素馨を持ち上げて抱えつつ、そんなことを考えていると腕の中で彼女が暴れ始めた。
「降ろして!!」
「ん、ちょっと待っててねー」
………素馨、俺より小さいんだよなぁ。この身体になってから大体の人よりも小柄になっているから、こうして抱きしめることが出来るのは新鮮な気がした。
言葉通り降ろして、頭を軽く撫でて杖を振るう。煙霧が家の中を忙しなく動き回り、生活道具などが一斉に整備された。
魔力に物を言わせればこれくらいのことは出来ます。殆どが物理現象だからね。魔力による現象を解決する、或いは魔法魔術で治療を施す等といった、専門的な効果を発揮するためには術を学ばなければならないけれど。
生活基盤が整ったことを確認すると、素馨に向きなおる。
頬を膨らませた可愛い魔法使いの卵に微笑みかけると、口を開いた。
「それじゃあ、これからよろしくね、素馨」
「………全然!よろしく、したくない!!」
うーん、弟子との関係改善は骨が折れそうだ。