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長の元へと






八十と。そう名乗った少女の額には、やや赤みを帯びた()の角。そして、樹雨と呼ばれた女性の頭には透き通る結晶のような物質で構成された()の角が生えていた。

龍の角の樹雨さんが八十さんの言葉を引継ぎ、唇を動かす。


「疑問、質問は道すがらに。兎に角まずは、我ら妖人の長の元へと。魔術師殿もそれでよろしいか」

「………まあ、いいだろう。変な手合いではないことは分かるからね。案内をしてくれるというのであれば助かる。何せ我らにとっては未踏の地だ、何も分からない」


そう言いながらちらりの俺の影に視線を向けたのは恐らく水蓮に対してだ。何かあったら頼む、みたいなことだと思う。感情の匂い的にね。

そしてこの案内人のお二人は、既にシルラーズさんが俺の保護者枠であることに気が付いているらしい。俺さっきから殆ど話してないです。

まあ、正直なところ俺は変に話さない方がいい。俺が力を発揮するところはここではないからね。

魔法使い帽子のつばをやや降ろしつつ、翠色の瞳で静かに彼女たちを眺めた。


「それで、長殿がいる場所、というのはここから近いのかね」

「いえ。ここは神凪の国の陸地の果てに近い場所。長の住まう場所はもっと内地に存在します」

「成程。移動手段は」

「―――私の背に」


樹雨さんが一歩前に出ると、膝をつく。彼女たちはどこまでも俺達に対し、丁寧に接している。

ところで私の背に、という言葉の意味はどういうことなのだろう。首を傾げていると八十さんがそっと俺たちを樹雨さんから離れさせた。


「魔法使い殿、そして魔術師殿。………我らについて、どれほどの知識をお持ちでしょうか?」

「ほとんど知らないというのが一番正しい言葉だろうな。マツリ君はどうかな?」

「俺もそんな感じですね。魔女の知識を用いても恐らくは、そこまでの知識を引き出すことは出来ないと思います」


彼女たち妖人については、千夜の魔女の知識も作用しにくい。自動検索機でもあるこれを駆使すれば知識を収集することも出来るだろうけれど、時間がかかるだろうし―――秘された国である神凪の国について、そのように覗き見をすることはやめたほうが良いだろう。

閉ざされた秘密はそれに応じた理由があるものだ。無理やりにそれを覗こうとするものは報いを受ける。


「では、我らについて軽く説明を。妖人という存在は血によって種が三つ存在し、それぞれに特異な能力があります。樹雨はその中でも龍へと変ずる異能を持つ存在であり、その体躯は軽々と空を駆け、日が沈む前に長の元へと辿り着くことが可能になるでしょう………詳しくは長殿から説明がなされるとは思いますが」

「初耳の情報だな。外の国には、神凪の国の住人は獣のような容姿を持つ存在であるとしか伝わっていない」

「それに関しては恐らく、長の印象に依るものだと思われます。さて、龍化の際には多少、衝撃波や熱気が襲います。一旦お下がりを」


八十さんが手を出して、俺達を樹雨さんから遠ざける。それを確認した彼女が静かに眼を閉じた。

それと同時に、樹雨さんの身体が変質(・・)する。結晶で形成された角がより巨大になり、体表に鱗が発生して、その身体が巨大化し―――瞬く間に、彼女は龍の姿へと変じていたのである。

龍、といってもお爺ちゃんのようなものではなくて、そう。それは東洋の蛇にも似た、長い身体を持つ龍であった。


「龍へと変化、とはな。龍の力は旧きものにせよ、新しきものにせよ強大な存在の象徴だ。それを自在に、というのは………ふむ」


シルラーズさんの視線が興味深い対象を見る者へと変化する。魔術師である以上知識欲からは逃げられないというのは仕方ないものにせよ、まあ今はそれは置いておきましょうね。

そういう意味も込めてシルラーズさんの背中を押しつつ、非常に大きな体躯となった樹雨さんの前に立った。


「ええと、普通に登っていいんですか?」

「どうぞ。龍体となった私たちは非常に頑丈です。頭を踏んでも構いません」

「樹雨の言う通りです。皆さま、鼻先の方から上へと。………ああ、それと飛んでいる際は頭の上は揺れませんが、背の方に行くと大分揺れます。お気を付けを」


振り落とされる心配はありませんが、と付け加える八十さん。表情の変わりにくい彼女だけれど、多分単純に俺達を心配してくれているだけなんだろうなぁ。

彼女から悪い感情の匂いは感じない。最近は特に嗅覚で人が何を考えているのかとか分かるようになってきてしまっているけれど、八十さんの場合は割とわかりやすい。

樹雨さんは八十さん程は分からないので、恐らくは八十さんの特性に関するものなのだろう。まあ、それは妖人の長という方から聞かせて貰えばいいでしょう。


「皆さん、しっかりと乗られましたね。では………樹雨、行こうか」


片膝を立てて座った八十さんの指示によって、巨大な龍体と化した樹雨さんの身体が浮き上がる。

魔法による浮遊に似た、超常の力による飛行だ。けれど以前、シルラーズさんから聞いた通り樹雨さんのその飛行からは魔力を一切感じなかった。

そして、俺達に配慮してくれているのだろうか。飛び立つ際も、空へと昇った後も殆ど揺れず、抜群の乗り心地を維持してくれていた。

風に関してはかなり強く頬を打つのだが、シルラーズさんがすかさず風を逸らす魔術を展開してくれており、そよ風程度のものになっている。


「………凄いなぁ」


思わず声が漏れる。そして、次いで浮かぶ感情は懐かしいな、というものだった。

やはりこの神凪の国は、形状こそ異なれど日本という国にとても近い。広葉樹と針葉樹が入り乱れ、そして幾つもの種類を持ち合わせているのはその証拠だろう。

ちらほらと、野生の桜の木が生えているのも見て取れた。山桜だろう。

そして、その木々の合間から見えるのは、木造の建築物。藁葺の平屋建てが多く、やや傾斜のかかったその屋根は雪への対策であろう。

つまりはこの神凪の国には四季があるという訳だ。

カーヴィラの街にも四季はあるけれど、俺という魂の形から神凪の国の春夏秋冬の方が馴染みやすいのは事実であった。


「魔法使い殿。名を伺ってもよろしいか」

「ん。あ、はい。俺はマツリと言います」

「マツリ殿―――我らと近い名を持っていますね」


下の方から大きな声。樹雨さんのものだ。


「そうですね。漢字………で伝わるかな。一応、それで書くことも出来ます」

「ほう、そうでしたか。教えていただいても?」


俺の言葉は千夜の魔女の身体に応じて適応したものなので漢字と言っても伝わるらしい。それにしても、漢字で自分の名を書くのは久しぶりかもしれないね。

基本的に、字を書くときはこの世界に合わせた文字だったから。まあ、漢字でと言っても神凪の国は日本そのものではないので、やはり字体そのものは全く違う形状なんだけれど。


「茉莉、と。こう書きます」

「………ほう。これは、いや。この名であるからこそ、呼ばれたということでしょうか」

「え。なにがですか?」

「いえ。私どもの口から話せることではありません、長より話を聞いていただければ、と」


首を傾げていると、火の着いていない煙草を揺らしていたシルラーズさんがついでのように言葉を漏らした。


「マツリ君。今更ではあるが、秘術に通ずる者がみだらに真の名を開示するべきではない。まあ君であれば特に問題などないだろうがね」

「あはは………まあ最初から本名でやり取りしてたのでつい」


魔術師は勿論名を隠すことが多いが、俺はどうにもそう言ったことが出来ない質である。

あと俺に関しては肉体と魂の存在が完全に一致していない所か、肉体すら人と魔女のそれが混ざり合っている状態なので名前で支配されたりという事はまずされない。

というか千夜の魔女の呪いを超える呪いなんてこの世に存在しないので、既に呪われている俺は追加で呪われることは無いのである。いいのか悪いのか分からないけどね。さて。


「遠目だけれど、絢爛な建物が見えてきた………あれが、長が住む場所かな?」

「はい。我らが妖人の長が住まう城。万の鳥居で彩られた、美しき砦―――神凪の国の櫻渦(オウカ)城。この国で最も巨大で、壮麗な建造物です」


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― 新着の感想 ―
[一言] 呪われてるが故の数少ない利点 名前を気軽に教えられる ここだけ並べるとひどいリターンだ
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