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セイレーンの羽

更新遅れました、申し訳ありません!




「『嫉妬深い女神の火、愛に狂う女の火!山より流れ、水に流れ 燃やし、固まり、凪いで盛れ!!』」


葉を放り投げた直後、燐光が消えぬうちに呪文を続ける。

それは俺の言の葉に感応して、淡い光を放ったまま霧へと姿を変える。そして、その紅い霧の中に一瞬だけ、美しい女神の姿を映した。

―――この世界に、ハワイ島の女神ペレはいない。だから今ここに姿を現したのは、彼女ではなくて彼女の力を借り受けるとした俺のイメージから生み出されたものだ。

即ち虚構。だけれど、神の力であることに変わりはない。


「―――ァァ!!!!!!」


一瞬の絶叫。その瞬間、海中で影が蠢いて、縦横無尽に駆けまわる。

水が蒸発する音と匂いが伝わって、海中に設置されたセイレーンの落とし穴が砕けて消えた。女神ペレの炎の力だ、流れ出る溶岩にも象徴された彼女の力は海中においてすら作用する。

………俺の世界の神々と、この世界の神々ではその役割や成立理由が異なる。俺の振るう神々に由来する力は本来、この世界では異端の魔法に分類される筈だ。

二つの世界で似ている神々は存在しているけれど、それは彼ら当人ではない。雷の神も火の神もいるけれど、そもそも人との関係性もやや異なる。

まあ、この世界の彼らもある意味では自由ではあるし、中世ヨーロッパに近しいこの時代背景においても実体を持って存在で来ているという時点で神としての生存戦略、どちらが成功しているのかなんとも言えなくなるんだけれど、ね。

それはさておき。


「………鳥、か?」

「なにいってんだ、セイレーンだろ?」

「………だが………今、羽が見えた………」


海面を注意深く観察していたゼーヴォルフ海賊団の船員たちが、俺の魔法で散らされたセイレーンの姿を見て疑問符を浮かべていた。

うん。その羽という言葉は的を捉えている。そうとも、この世界のセイレーンには、もう一つの特徴として―――金糸雀の翼よりも美しく、繊細な羽があるのだ。

美しい人の上半身に、光の加減で虹色にも見える鱗を持つ魚の下半身。そして、その人と魚の肉体部分の中間地点から生える、鳥の羽。

セイレーンはそのような容姿を持つ魔物であり、その見目全てが人を狂わせる妖しい美しさを表現しているのだ。


「皆さん、羽にご注意を!!その羽は海上にも鋭く飛ばすことが出来る彼女たちの捕食器官です」

「対処法は簡単だ、それは勢いこそ良いが威力には劣る。防具を着こむか盾を構えるだけで防げる………ああ、南南東に2ケーブル。セイレーン共とは関係の無い単純な岩礁がある」

「マツリ姫の魔法が防護壁となっているのではなかったか?………2ケーブル了解、進め!!」

「あはは。彼女たちの翼は少々厄介なんですよ」


なにせ千夜の魔女の創造した怪物だ、人の術である魔術に対抗する手段も持っている。

太古の魔法がそうであるように、星の魔術師が用いたような太古の魔術もまた大技と呼ばれるものが多いが、当時一般に多く普及していたのは鋭い牙や魔女に使わされた異形の怪物の武器を防ぐための盾としての魔術である。

魔術は旅の星詠みにその由来を持つが故、元は自己防衛手段として用いられた。人の踏み入れぬ黒い森の中で獣の視線から身を護るために、その牙から逃れるために。

セイレーンの羽は、そういった盾を突き破るための手段なのだ。海上戦においてリヴァイアサンや海に起源を持つ魔神レヴィアタンに並んで恐れられていた彼女たちは正しく、海の上を行く者たちの天敵である。


「魔力による障壁、守りを透過して襲い掛かる魔術師殺しの羽刃。勿論、防護壁を強化すれば防げますけど、あまりいい手段ではないですね」


俺が展開しているのは魔法であるため、魔術よりはセイレーンの羽を防ぎやすいけれど、まあそこまで変わりはないだろう。

そもそも、彼女たちは群体だ。ただ守りを固めるだけではいつか限界が来る。


「幸いにして、羽刃は軽いですからね―――」


それが、彼女たちの鋭利な羽の利点であり、弱点でもある。

杖を振る。前方に生じた落とし穴を海中に生じたペレの炎で蒸発させ、消し去った。ちなみにこれ、セイレーンの魔法を焼いているので厳密には水を蒸発させているわけではなかったりする。

結果的には同じことなんだけれど。そう思いながら、ローブの中に手を差し込んだ。

天罰の獣号の周りに幾つか泡立つ波がたって、けれどすぐに炎に焼かれる。それが数度繰り返された後、水飛沫を纏って海上から幾つもの影が飛び上がった。


「セイレーンが飛んだか。珍しい光景だな」

「………あれが、我らの天敵か!!はは、なんとも、なんともまぁ………美しい事だ」


水が無ければすぐに枯れ果てる彼女たちの命。けれど、逆にいえば水を纏ってさえいれば短時間ならば彼女たちも水の上に上がれるのだ。

それは一瞬と呼べるほど短いものかもしれない。だけど、群れが一人の命を奪うには十分である。

………俺が、普通の魔法使いであったのなら、ね。風を切る音が響くが、それは俺に到達する前に動きを止める。


「私の水をも少しは裂くか。良い羽だ、食い殺せば良い力になるだろう」

「やめなさい、水蓮。だけどありがとね」


俺を狙って飛ばされた羽刃。それは全て、水蓮が生み出した水の壁によって阻まれていた。

水蓮のそれは魔法の障壁というだけではなくて、物理的な水でもあるからね。それも、彼女たちが嫌がるとても重い(・・)水だ。

羽はその壁を突き破ることは出来ない。そうとも、水蓮は、アハ・イシカはセイレーンの天敵足りえるのだ。

まあ、とはいえだ。水蓮は積極的に攻勢に出ることは無い。ここが俺の仕事場であると理解しているから。

ローブの中から手を出して、指先に挟まれていたのは、乾燥したダルスの葉。海の怒りを鎮め、風の精と意志を通わせる際に使われるもの。即ち、水と風双方に影響を与えることのできるものである。


「『波間に紛れて海に揺蕩い 風を揺らして空を撫でる お前は水の中にて生きるもの 水の風にて遊ぶもの』」


呪文を唱え、息を吹きかけてから風に流す。

それは空中で揺らめいて、透き通って―――大きな、とても大きな風を呼んだ。


「ゼーヴォルフ、帆には気を付けて………」

「気遣い無用だ。操船には何も問題はないさ、我々はゼーヴォルフ海賊団だからね」


いや、本当に技術凄いな。

でも実際助かるのも事実である。彼女たちを傷つけないように追い払うには、風の方に力を籠める方が効率的だから。

ダルスは水にも風にも作用させることが出来る魔法に使えるものだけれど、俺が使うとあまりに強力に効果が出すぎてしまう。

セイレーンの羽刃を防ぐだけでいいのだ。彼女たちの羽を折る必要なんて、どこにもない。


「―――ッッ!!!」

「~~~~~ッ!!!」


声なき音と共に羽が飛ばされるが、天罰の獣号の周囲を回る風たちによって全てそれは浮かび上がり、あらぬ方向に飛ばされる。魔法の結界ではなくて、物理的な風を用いた風の守りだ。

セイレーンの羽には効果覿面である。

………彼女たちの羽は、鋭く機能美に溢れている代わりに、酷く脆い。地上にすら素早く飛ばすことが出来、再生速度が非常に高く、水中においてはリヴァイアサンといった規格外の存在に準ずる速度で泳ぐことが可能ではあるが、それらは全て耐久性の無さと引き換えの能力である。

浅瀬、海面付近において最も効果を発揮するが、その脆さは水圧の力にも押し負ける。彼女たちは深い水底に潜むものではなく、海の浅い所で人々を誘惑し、陥れる存在である証左だ。

セイレーンが海の深くに潜れないのはそういう事。尾と並んで必要な、泳ぐための羽を奪われて、壊されてしまうから。

さて。このまま突っ切ることも出来るけれど、帰りもちょっかいを掛けられては面倒だからね。威嚇、しておきましょうか。


「『荒れ狂え』」


杖を振るって風にそう命じる。

直後、船を守る風は暴風と化して、数瞬の間だけ海を巻き上げた。

完全に彼女たちを自ら出すようなことはしない。ただ、海水と一緒に遊覧飛行を楽しんでもらっただけである。着水の瞬間、ちょっとだけ痛いかもだけどね。


「ァ?!」

「ゥゥ!?!?」

「………ッ!!!」


幾つかの悲鳴が聞こえて、海面の下を影が揺れていく。

あとは単純だ、これを彼女たちの縄張りを超えるまで繰り返すだけの簡単なお仕事です。


「さ、どこからでも。いくらでも、かかってきてくださいなっと」



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[一言] マツリちゃんかっこよ
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