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海の怪物





嵐の中で風向きが縦横に変わる。それを読み、帆の向きを変えることで天罰の獣号は恐るべき速さで暴風雨の中を進んでいく。それに加えてのスクリューだ。この航海速度は既に、俺の知る世界の船の速度に迫るか、或いは超えていた。

そもそも帆船というのは向かい風の中でも前に進むことが出来るようにできている。最も速度を得られるのが追い風というだけの事。

風の向きが常時変わり続ける嵐の中において、一瞬だけ追い風を掴むことすら難しいのに、それを達成して見せた上に今度は荒れ狂う海の上で帆の向きを風に合わせて調整し続ける様は、軽く魔法の領域と言っても過言ではないだろう。

というか、本来魔法が必要な場面で魔法を用いずに航行している時点でこの人たち凄すぎる。


「安心しなよ、お姫様。風を掴み損ねて失速、なんてことはしないさ」

「そうみたいですね。どういう目と感覚をしているのやら………」

「大したことではない。毎日海に出続けていれば徐々に目が肥え、風が見えるようになってくるものさ。興味があるならば、君も海の荒くれものの仲間入りをすればいい」


ゼーヴォルフの言葉には曖昧に微笑む。旅はしたい、けれど簡単に旅ができるような肉体でもないのだ。いつかがあれば、その時は。


「お頭!!右舷方向に巨大な水飛沫だ!!!」

「渦の主が姿を現すか。さてさて、その全容を見るのが楽しみではあるが―――」


スッと彼女の目が細められ、直後に指示が飛ぶ。


「大砲用意!!!」

「イエッサー!!!大砲、用意!!!」


海賊船の甲板と内部に設けられた扉が開き、大砲が口を出す。燃料は火薬ではなく火に由来する魔術的な道具だ。そのため、雨が降っているこの状況でも問題なく撃つことが出来るのである。

この世界の海は怪異や怪物が良く出現する。それも、出現と同時に嵐を巻き起こす存在も多いため、船に備えられた防御機構には暴風雨の中でも使用できる事が求められた。

海に適応した魔道具の発明及び加工は航海都市アルタが最も優れており、彼らが海の民と呼ばれる理由の一つである。

………さて。そんな航海都市お手製の大砲が、ゼーヴォルフの指示によって海面へと向けられた。


「良い判断だな、人間」

「せめて海賊と呼んでくれ、近しき隣人よ。君たちにとってはあれら(・・・)は眷属とでも呼ぶのかな?」

「ふむー。ま、そう呼べないこともないですね。海の大怪物の眷属―――巨大な人食い鯨」


厳密には彼女の形の一つだろうが、力が分け与えられ、造形を似せた自我ある存在であるというのは確かに眷属と呼んでも差し支えないだろう。


「だ、そうだ!!お前たち、鯨の頭をせっせと狙え!!!近づかせれば船倉を食い千切られるぞ!!」

「はは、そりゃ怖ェわ。つってもお頭の雷に比べたらマシだがなぁ!!」

「なんだ?今晩の飯は抜きにされたいか?ははは、良いだろう」

「冗談キツイぜ!!そんなんじゃ隣の女神さまに浮気しちまうぞ?」

「私はお前たちをそのような尻軽男(・・・)に育てたつもりはないぞ?」

「そりゃそうだ!!はは、ずっしり構えて海の上じゃ一歩も引かねぇ、俺たちはそんな海の男だからなぁ!!!」


飛び交う軽口。それでいて、冷静な狙撃手のように大砲の口は鯨の向かう軌跡を狙う。

船の上で誰もが楽しげに笑い、そして。


「良し!!!好きに打て、お前たちに任せる!!」

「イエッサー!!!!撃てェェェェェ!!!」


―――轟音。そして、高い水飛沫が上がり、跳ね上がった海水が俺達に降り注ぐ。


「大当たり、だな。鯨の頭をすべて潰した。鉄臭いのは気に入らないが」


その直前、水蓮がその水掻きの蹄で空中を踏み、清水を生み出してその飛沫を防ぐ。その後、水棲馬の頭を動かして白い波が立つ海面を眺めながら呟いた。


「ありがと、水蓮」

「ああ」

「ところで水棲馬アハ・イシカ。我々は彼女の眷属を潰したわけだが、君たちは怒らないのか?」


その疑問に、水蓮は単純に首を傾げる。意味が分からないと言いたげに。でも、そうかもね。

普通の人にとっては彼らとあちらさん達の違いなんてまず分からない。というか、最早誰の記憶にも残ってはいないのだろう。

彼女たち自身にとっても、ね。


「何故だ」

「君たちの仲間、ではないのか」

「違いますよ。彼女と水蓮は全く別の存在です」


水蓮の代わりに言葉を引き継ぐ。それと同時に髪を掴んで、一本引き抜いた。それを手の中でもてあそびつつ、ゼーヴォルフへと視線を向ける。

視線を交わらせた後、そこから視線をずらして船の右舷方向、その果てに視界を広げた。徐々にその大きさを増す、青黒い海へと。



………うねり、渦巻き、荒れ狂う。嵐を纏い、海の眷属を率い、海域の覇者として振舞う。

人を簡単に暗い、船を屑のように散らし、自然の猛威そのものとすら錯覚するほどの強大な力を持つ。

ぐらりと船体が揺れる。それは水平線を歪める水飛沫が膨れ上がったから。海の中に内包された怪物の姿を、水面へと露にさせたから。

遠くからでも見える巨体に纏うのは鎧の如き蒼い鱗。竜にも似た頭、その口には幾本も生え揃った鋭い牙。蛇のような赤い瞳が、俺達を、獲物を見つめる。ああ、その大怪物の名は。



「―――海の大蛇、リヴァイアサン。とうとう姿を現したか!!」


口笛が鳴り響き、ゼーヴォルフ海賊団の皆が獰猛に笑う。この人たちは全く………あの怪物を見て恐れないのは素直に感心しますよ、ええ。


「それで、お姫様。近しき隣人たちとは違う、というのは?」

「そのままの意味です。水蓮たちはあちらさん………人間の皆さんが言うところの妖精です。ですが、彼女は」


一瞬、言葉を止めた。息を吸ってから、続きを語る。


「魔獣、ですから」

「………ほう。つまり、千夜の魔女の創造物という訳か、成程ね。ならばこれほどの力を持つのも納得がいく」

「まあ、オリジナルでは無いんですけどね。彼女たちはオリジナルのリヴァイアサンから数世代下った子孫です。原初の魔獣でも無く、魔神でもない。言うなれば野生の海獣リヴァイアサンってところでしょうか」


なので正確に言うならば、千夜の魔女自身が生み出した魔獣ではなく、彼らが世代交代を行い、生物としての形を得た魔物に近い。まあ人など意に介さず踏み潰せるという点において、脅威は変わっていないけれど、ね。

さて。俺の世界の神話ではリヴァイアサンというのは雌しかいない。けれど、この世界では神の力がそこまで強くなく、とてもじゃないが雄を殺しきることなんて不可能だった。故に彼女たちは繁殖し、やがて海を支配する強大な怪物となった。

またリヴァイアサンとレヴィアタンは同一の存在であるとよく言われるが、この世界ではそれも少々違う。

千夜の魔女はかつて海を支配する怪物を複数生み出した。陸からも海からも、そして空からも人を駆逐しようとしたためである。

雌雄一対で生み出されたリヴァイアサンという名の獣と、一体のみ作られた海の魔神レヴィアタン。起源を同一とするものの、彼女たちは別物だ。最も適した言い方をするのであれば、兄妹である。レヴィアタンに関しては人間に封印され、七十二柱の魔神の魔術に組み込まれているけれど。


「それで。ゼーヴォルフ、どうします?リヴァイアサンは最強の生物と呼ばれる強敵です。どう立ち向かいますか」



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[一言] 野生のラスボスと何度もエンカウントするわけか 海こわ
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