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船の攻防



***





「暴風、雨。嵐がその牙をむき始めたようだ」


船長室にて、ゼーヴォルフが楽しげにそう言った。頬を緩ませる様は、数多の海賊船をすら沈ませた自然の猛威すら意に介さずと言わんばかりのそれである。

船旅にそこまで造形のない俺からしてみれば嵐という言葉だけで多少の警戒心は持つものだけれど、まあ歴戦の船乗りである彼女たちにとっては嵐もスパイス程度にしかならないのだろう。


「ふむ。君たちにとっては嵐そのものは大して問題ではないだろう。だが、わざわざこうして私たちを会議に巻き込んだからには、他の脅威があるということだな」


火の着いていない煙草を唇の上で揺らしつつ、シルラーズさんがそう問いかけた。

それに対してゼーヴォルフもまた、頷く。


「私の勘が騒めくのさ。天敵たる声とは違う―――だが、間違いなく私たちにとっての脅威だ」

「声以外の敵、か。色々と候補はあるが、さて。マツリ君、どう思う?」

「そうですねぇ。影の中の水蓮から忠告は受けていますが、それだけではなんとも」


古来より、海は魔物と密接な関係がある。

それは多くの命を飲み込んだ海洋こそが悪魔そのものであるという、人間の根源にある恐怖が故か。それとも未知にして神秘たる遠き母なる海が、幻想を纏わりつかせるのか。

とにかく、だ。海に纏わる怪異やあちらさんというのは、中々に多く存在しているのである。

なので魔術の専門家であるシルラーズさんが言葉を濁すのも、理解できる。選択肢が多すぎるのだ。


「ゼーヴォルフの言葉を借りるわけじゃないですけどね。勘を用いて、強いて言えばという言葉を付け加えるのであれば―――」


瞼の裏側に浮かび上がる、幻視を言葉へと変える。それは、大海をうねらせ、荒れ狂う嵐と共にあるもの。

魔女の知識から感応されて、限りなく未来視に近い予測から見いだされる景色。


「世界蛇にも似た、彼。或いは彼女でしょうか」

「………と、なれば少々厄介ではないかな」

「まさか。いいや、寧ろ望むところというべきだろう。そうか、とうとう我らは嵐と暴風を纏うモノ―――海の怪物と競い合えるわけか」


くつくつとゼーヴォルフが堪えきれないとばかりに笑みを浮かべる。まあ、この怪異に満ち溢れた海の上でこれほど特徴を述べれば、この嵐の中(・・・)に住まう怪異がなんなのか、彼女たちには分かる筈である。


「さて。マツリ姫の言葉が正しいのであれば、そろそろ物見が報告に来る頃だろう」


彼女が椅子を少しだけ後ろに傾け、扉の方に視線を向けた。それと同時に船長室の扉が強く叩かれ、扉が開かれる。


「お頭!!!大変だ、突然船の周りに渦が―――!!!」

「魔導動力炉を全開にしろ、この際魔力残量は気にするな。後はいつも通り、風を読んで加速、渦を超えるぞ」

「………了解!!」

「魔力は俺が後で足しますよ」

「いや結構。お姫様に苦労を掛ける訳には行かないと、何度も言っているだろう?」

「同じ船員なんです。ちょっとくらいは頼ってくださいよ」

「………ふふ、芯が良い子だな、マツリ姫。ならば次は頼らせて貰おう。今回は引いてくれ、なにせ海の怪物と競い合えるというのは我々船乗りにとっては栄光だからね。海に生きる者の勝負を尊重してくれたまえ」

「分かりました。困ったらいつでも言ってください。あと、勝負を見させてもらっても?」

「勿論いいとも」


ゼーヴォルフが俺の頭を軽く叩くと、船長室から外へ出る。俺も、それに続いて外に出た。

扉の外、甲板の上に立てば鼻を抜けるのは濃厚な雨の匂い。荒れ狂う風が頬を叩いて、ローブを強く揺らした。


「おう、お姫様!!危ねぇぜ、お頭の部屋のハンモックでじっとしてな」

「いやー、ただ寝ているのも性に合わなくて。応援だけでもさせてください。美少女、という訳ではないですが見かけだけは乙女だし、乙女の応援という事で。………少しは力になれると思いますよ?」

「アンタが美少女じゃないならこの世界の人間は誰も美少女じゃねぇなぁ………。つうかよ、潮風やら俺たちの汗やらが飛び交ってんぜ?綺麗な顔を汚しちまう」

「あはは、いいじゃないですか。俺はそういうの好きですよ。それに汚くはないです。邪魔はしませんから、居させてください」

「お頭ぁ、どうする?」

「うん?ああ、私の隣に座らせるから問題ない。さあ、仕事だ仕事、キリキリ働きな!!」


ゼーヴォルフが俺の肩を抱いた。そしてそのまま指示をする。


「帆の操作を間違えるなよ!!張るタイミングを間違えれば破けるぞ!!舵は準備いいな?―――何、重い?知らん、その馬鹿力を今生かさずにいつ生かす!!」


テキパキと言葉を重ね、指示をしていくゼーヴォルフ。そんな彼女が支配する船の周囲には、黒い大潮が渦を巻いていた。

広大な海に突如として開いた大穴の如き様相。天罰の獣号が沈んでいないのが不思議なほどの荒波を立てて、渦の中心へと船を沈ませようと口を開く。

………やはり、普通の渦潮とは違う。本来急な水の流れが渦を巻くのが渦潮であり、それはその中に迷い込んだ船全体を沈めさせる。だが、この海域に発生した渦潮はアリジゴクのように船を逃がさないように展開されているのだ。

明らかに捕食者が張った罠である。そもそも、普通の渦潮であればゼーヴォルフ海賊団が気が付かないわけがない。

物見の船員も突然と言っていたし、これは怪異によるもので間違いないだろう。


「マツリ。下にいるぞ」

「みたいだね。大口を開けて俺たちを食べようとしているって感じかな」


影の中から、白い馬体の水蓮が姿を現す。ゼーヴォルフがそれを見て、感嘆の溜息を吐いた。


「美しいな。これが妖精………水棲馬アハ・イシカか」

「彼らは妖精と呼ばれることを嫌うので、あちらさんとか隣人でお願いします」

「そうなのか。では、近しき隣人よ。助言は不要だ、ここは船乗りの戦いだからな」

「………人の意地というのは良く分からん」

「あはは。まあ、そうかもね」


でもその意地が人という種を前に進ませた要因の一つでもあるんだよ。


「お頭、動力炉は十分に温まってるぞ!!」

「よし!!スクリューを回せ!!なぁに、どうせ彼女(・・)はその程度では逃がしてくれない。転舵だ、取舵いっぱい!!!風を掴め!!」

「転舵良し!!!取舵いっぱい!!!!!」

「ヨーソロー、それでいい。合図を出したら帆を張れ!!!嵐の中の風は気まぐれだ、いつそっぽを向かれるか分からんぞ!!!そして次に風の女神が微笑むことは無い!!!」

「ラジャァァァァ!!!!」


目まぐるしく甲板の上を船員が駆け、ロープが奔り回る。船が緩やかに左方向に回転し、海賊船の後部で魔導動力炉によるスクリューが回転され、推力を生み出した。

だが、渦潮の拘束力は強く、それだけでは抜け出せない。

嵐がさらにその勢いを増して俺やゼーヴォルフの髪を強く煽る。その中で、褐色肌の女海賊は雄々しく、獰猛に笑い、腕を組んで風を読んだ。


「実に良い風だ。お姫様よ、実は私は嵐というのが大好きでね。海の上で自然という猛威と競い合えるというのは心が躍るだろう?」

「しがない一般人としては嵐は恐怖の象徴ですよ」

「よく言うよ。君は只人ではないだろうに。さて―――準備はいいかな、マツリ姫。ここからは少々、荒れるぞ(・・・・)?」


勢いよく、ゼーヴォルフが腕を上げる。それと同時、ジョリー・ロジャーが描かれた帆を含め、天罰の獣号の巨大なマストから帆が垂れ落ちて、強く張られた。

それは風を掴み、帆の内側に閉じ込めて………加速力へと転じる。ゼーヴォルフの読み、そして完全の息の合った船員とのやり取り。

それらによって、船を閉じめる罠たる渦潮を、天罰の獣号は勢いよく飛び越えたのだ。


「お、とと?」

「はははははは!!!!!いいぞお前たち、だが油断はするな!!!追撃来るぞ!!!」


一瞬体が浮いた。水蓮が俺を掴もうとするが、それよりも早くゼーヴォルフが俺を捕まえ、お姫様抱っこの形にして持ち上げる。

そして指示を出しつつも丁重に降ろされると小さくウインクをされた。

………ちょっと、格好いいんですけど?

見惚れている間に天罰の獣号は水面へと着水し、巨大な水しぶきを上げる。更にゼーヴォルフが腕を振るい、帆の向きが調整された。


「追いかけてきたか。まあそうだな、獲物を易々と逃がす狩人は居ない。だが、捕まるつもりもないさ」


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― 新着の感想 ―
[一言] 海の蛇… リヴァイアサン? だとしたらよく戦おうと思えるな
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