図書館の小部屋
いやあ……思わずステップ踏んでしまうぜ。だって楽しみだもん♪
そんな感じで通路をわたるたびに、周りの人がちらちら見てきている気がするが、多分気のせいだろう。
なにせ俺に特筆するような特徴なんてないのだし。あ、クセっ毛ではあるけど。
生まれた時から顔は普通、体格も普通、成績も運動神経も普通と来たごく普通の少年だったからね!
誇るようなことではない。決して。
……そんな悲しくなるようなことはさておき。
書店の吹き出しにも似たその案内板に従い、その棚へ。
場所は二階フロアの端っこの方ですね。あんまり人はいないようだ。
魔法、魔術を学ぶ学院なのに珍しいこと……とは思ったけど、この図書館のテーブルで座って読んでいる人の書籍をさらっと見ると、かなり専門的なものを読んでいた。
俺が行く場所はたぶん、子供向けというか……初心者向けの棚になるのだろうね。
魔法を一から知る人向けの。道理で生徒たちが少ないわけですな。まあ、いないわけじゃないけどね。
「人は人、うちはうちっと……」
到着!
……さて。どこから読んだものかな。
とりあえず適当にとってみようか。
目についた数冊を胸元に抱えて、歩き出す。
ミーアちゃんが持ってきているということは、本は借りれるのだろうけど―――今はこの雰囲気の中で読みたい気分。
あ、さらに棚の奥に行くと、ちょうど一人分座れそうなスペースが。
「あらま、どこからも見えないや」
座ってみたら分かった。ちょうど、棚と棚に埋もれた死角となっているようだ。
そして一人分のスペースといったけど、今の俺の体格だともう一人くらいは座れそうだった。
……隣に座る相手、いないけどね。
うるせー、どうせ童貞だよ悪いかよー!
あ、今は童貞じゃなくて処女だった。……いや俺最低か……。
発想が……。うん……。
「気を取り直して、本を見るとしよう」
偶然にもできた、一人のスペースで本に目を落とす。
時間も忘れて没頭してしまいそうだ。……あれ、なんか約束的なものがあったような気がするけど……なんだっけ。
まあ、あとで考えよう。
今はやけに気になる一冊の本を……本のセカイに、身を委ねたい。
初心者向けの棚にあるには不釣り合いな、分厚い装丁を開き、描かれている文章に目を落とす。
…………。……あれ?
「文章が、描かれているって―――――」
そこまで思考が進んだ所で、意識がはるか虚空へと連れ去られた。
***
「……マツリさんは?」
その質問に、コーヒー片手に難しい、私には読むことのできない言語で記された書物を読む学院長は、こう答えた。
「うん?身体もすっかり治ったらしくてな。出かけて行ったよ」
「……学院を、自由探索、ですか?」
「ああ」
お昼、十二時過ぎになったので、お昼ご飯を作りつつ、届けにきたら―――こんなことになっていた。
マツリさんは、昨日までまともに歩けなかったはず……それがそんな早く治るなんて。
―――いや、そこは魔法使いであり、半分が妖精である以上は、おかしいことではないかもしれませんが、だとしても―――。
「このセカイに疎い異邦人の、しかもあの美貌に一切無頓着な、とんでもない世間知らずの状態であるマツリさんを、学院に解き放った、と……?」
「……む。そういえば、そうか」
パタン。本が閉じられる。
「どうにも違和感を感じていたが……美人というものは特有の距離感を自然につかむもの。……それがないから、彼女は一種浮世離れした雰囲気となっているわけだな」
そのままうんうん、と頷き始める学院長。
……なにを、冷静に考察しているのですか。
「納得している場合ですか……!」
「まあ、危ない場所に行くなとは言ってある。問題はないだろう」
「……ちょっと、探してきます。マツリさんは、なにかと巻き込まれそうな気がしますので」
「ふむ。それもそうか。私も一緒に行こう」
「結構です」
「おい、善意は受け取っておけ。今回はきちんと善意だぞ」
扉を開けて探し始めようとすると、手に持った本を机へと置いた学院長がついてきた。
……今回は、ですか。
まあ、この人にもいろいろとあるのも事実ですし、なんだかんだでマツリさんのために動いているのも本当。
あまり目くじら立てないでおきましょうか。
「とはいえ……どこにいるのか、皆目見当もつきません……」
「さて。―――図書館にいるのではないかな?」
「何故ですか?」
「興味を向けていたからな。魔法に興味がないというわけでもなし、ならばまず知識を蓄えるために、知識の蔵書が集まる場所へ行くのは当然だろう」
「なるほど……では、急ぎましょう」
「箒はつかうかね?」
「私には使えません。知っているでしょう」
「……なんだ。まだ使えないのか」
一生私には使えないと思いますよ。……さて、これだけ広い学院内。
普通に徒歩で移動する生徒など、ほとんどいない。
基本的には箒など空を飛んだり――――。
「図書館への道を」
通路の階段近くなどにある、鍵穴の図形が描かれた扉に触れながら、そう唱える。
すると、壁の向こう側がガラスのように透き通った―――いや、透き通ったのではありません。
実際に、繋がったのです。
「学院内においてのみ使える、空間同一化の魔術……。本当に便利なものですね」
「逆にいえばこの学院内でしか機能しないというのは、明確な欠点だがな。それに、この描くのが面倒な複雑な図形を用いなければ転移はできない」
などと、欠点を上げているこの人が、この魔術を考案し、実行した張本人なのですが。
まだまだこの魔術には改良点がある、として、欠片も納得できていないのです。……私には十分有用に思えますが、魔術師の思考というのはよくわかりませんね。
ちなみにこの移動のための図形、何も知らない人には精巧な絵のように見えるようです。
「魔術らしさが足りない」と文句を垂れていたのも、この人です。
これによって魔力量の少ない生徒でも、学院内を不自由なく移動できるようになったのは、とても革新的ですけれどね。
箒に乗るというのは、魔法使いならいざ知らず……魔術師には少々面倒ですからね。
年数を重ねた、学年の高い魔術師の生徒なら、自力で転移も行えますが……触媒と金子、そして熟練の技術が必要になってきますし。
さて。壁の向こうに足を踏み出す。
さっきまで壁があったところに身を入れる、というのは最初こそ違和感があった物ですが、私も生徒ではないにしても、幾度となく学院にお邪魔している身。
もう慣れました。