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航海都市アルタへ



***





「………潮の香りが近づいてきましたね」


そう随分と乗りなれてしまった馬車の中で言葉を漏らすと、向かいのシルラーズさんが頷いた。


「航海都市アルタ、そろそろ見えてくる頃だろうからね」


さて。グレミアの事件を解決してから幾つもの街を経由し、長い旅を熟すこと数週間。まあ道中ではまた色々と事件に巻き込まれたりもしましたが、それは割愛して。

ようやく俺達は航海都市アルタに足を踏み入れようとしていた。

というか、これ戻るころには季節は一周している可能性があるよね。シルラーズさんから依頼を受けたのが初夏だったけれど、もう既に夏に突入している。

ちなみに。潮の香りと言っても日本の海ほどにその香りは強くなく、少し香る程度のものになっている。気候的には地中海付近のものに近いのだろう。

俺の嗅覚で香る程度なのだから実際はかなり匂いが薄い筈である。


「いい天気で良かったです。折角の青い海、荒れ模様では残念ですから」

「ふむ。そうだな、観光ではないにせよ旅で景色を楽しむのは重要な醍醐味だ」

「………呑気だな。私たちはここで留守番だが、お前たち二人はここから更に旅に出るのだろう?」


ミールちゃんの言葉に頷く。

ここまでも長旅だったが、実はこの航海都市アルタからこそが一番の長旅であり、物理的に非常に危険な場所でもあるらしい。

ま、海だからね。危険なのはわかっているんだけれど、ここまでの危険とは少し種類が異なる。

俺としては実際、海に出てしまった方がいろいろと良いんだけれど、護衛としてついて来てくれているミールちゃんからすれば自分が付いていけない海の旅は心配が尽きないのだろう。


「海に出てしまえば、私がこうして演技をする必要もなくなり―――魔法を常に使えますから」


一応、この旅の最中は千夜の魔女の身体を持っていることを知られてはならないため、かなり強力な魔法の使用を抑えていた。ラインの黄金の時は別だけどね、あれはカーヴィラからまだ近かったし、それに異界の中だったというのも大きいし。

秘密主義的な一面もある都市国家の近くと国家の近くでは、招待がバレることによる危険度は段違いだ。カーヴィラから離れれば離れるほどに、俺は千夜の魔女との関係性を強く隠さなければいけなくなる。

でも、それも海に出てしまえば関係ない。元々海には強力な魔物やそれに類する、神秘を纏う生物が多いため、千夜の魔女の力も誤魔化される。後そもそもとして、意外とこの世界、海洋関係に関する技術はそこまで進んでいなかったりするのも大きい。

大航海時代は俺の世界では十五世紀半ばから始まったもので、羅針盤の発明がそれに関わってくる訳だが………魔法や魔術による技術の発達は、科学技術の発展を多少なりとも遅らせてしまうことがある。

つまり、魔力リソースのない純然たる羅針盤というのは、存外に数が少ないのだ。魔力がある世界では魔力を用いた道具の方が便利だからね。勿論それらは値段は高いし魔力を用いるため使える人間は限られるが、船と船旅という危険な、けれど利益の大きい事象に対しては資金というのは多分に供給されるものだ。

潤沢に資金があるのであれば、より良いものを買い集めるし、商売の基本としてその辺りに需要があるならば、魔力を用いた航海機器の発明の方が、科学技術による航海機器発明より優先される。

そんな訳で、船旅とは魔術師や魔法使いが同乗して行うものであり―――数の少ない彼らが海の旅に進んで参加することは少ないため、それに伴って海洋技術発明は遅々としてしか進まない、ということ。

そういえばそんな風に魔術師が同乗することの多いこの世界の船旅でも、株というのはあるらしい。以前、シルラーズさんが言っていたよね。

秘術を扱えるものがいてすら、海は危険なのだろう。ミールちゃんが心配するのもまあ、分かる話ではある。


「使って大丈夫なのか」

「寧ろ使わないと危険でしょう」

「………そうなのか?」

「私の知る、私の世界の海とこの世界の海では異なることも多いのですが………魔女の知識が教えてくれます。確実に、この世界の海の方が危険でしょう」


この世界の海洋関係技術が一気に二十世紀付近のものにならない限りは、きっと通常の科学発展による海洋進出にとんでもない長い時間が必要となる。

魔力が世界に満ちる、というのは善い事ばかりではないのだ。


「おい、そろそろ着くぞー」

「あら。分かりました、キール君、ありがとうございます」

「おう」


馬車の外から、馬に乗ったキール君の声が聞こえる。今日は斥候役とのことで、俺の馬車の周辺を警備している。

彼ともすっかりと仲良くなったよね、うん。まだミールちゃんとは若干のわだかまりがあるようだけれど、それも追々なくなればいいなぁ、とは思う。


「さて」


航海都市アルタの風景が目に映る。白い壁の家々と、広がる蒼い海。

一番目を引くのはやはり、巨大な港だろう。港町、などとはいうがこの航海都市アルタは街そのものが港と言っても過言ではない。それほどに海と近い土地なのだろう。

海とつながる水路は巨大に、そして縦横無尽に張り巡らされていて、その上を船が進む。街の全ての運搬は船で行っているようで、どこかその風景はヴェネツィアのそれに似ている気がした。

街を囲む外壁は半円型のそれ。本来円状になることの多い街の外壁だが、アルタの場合は街の半分は海であるため守る必要がないのだ。

いや、そもそもとして陸の防衛にそこまで重きを置いていないというか。外壁、低いし。普通に街の風景、見れるし。

………彼らの故郷は海であり、彼らの領土もまた海である―――というのは、アルタにつく前に旅人から聞いた言葉だ。意味は勿論ある訳で、壁の低さもそれにまつわるのである。


「よし、止まれ!!」

「へいへい。衛兵さんや、早くしてくれよ?大事な客を乗せてんだ、風邪をひかせたら責任問題になっちまうからなぁ」

「フランダール商会か。また色々と手広い商売を………よし、手形は一致する。行ってくれ」

「あいよ、毎度あり」


アルタでは必須だという、隊商用の通行手形を衛兵に見せると衛兵が門を開く。

普通ならばここで税金が取られたり荷物を検められたりするのだが、フランダール商会の名前というのはかなり広く響いているらしい。というか顔が広いのかな。

アルタの衛兵は通行手形を確認しただけで、俺達を街の中へと通してくれた。


「………」


通り際、馬車の窓から衛兵さんに微笑みかける。直後に彼が呆けた気がしたが、まあ気のせいだろう。


「キール!!」

「へいへい。宿を取ってくる。姫様たちの分と、俺達の分」

「姫様たちの方をケチんなよ?」

「分かってるっつの。………何度目だこのやり取り」


馬車が街の中の停留所に止め置かれ、フランダール会長の指示でキール君が宿を手配する。

まあ、割と最近は見慣れた光景ですね、はい。彼の見つけてくる宿に外れはない。安全だし、あと楽しいんだよね。

うん………それはともかくとして、だ。


「シルラーズ。船の手配は?」

「私の仕事だ。かなり複雑な手順や取引が必要でね、私一人で行動する。イブ姫、それまでは単独行動はしないでくれたまえ」

「えと………私は迷子の猫ですか?分かっています、ミールたちと共に喫茶店でも回っていますよ」

「それがいい。ふむ、早いほうが良いか―――フランダール会長、私は少し離れる。イブ姫を任せた」

「あいよ、フランダール商会の名に懸けてってな」


この世界の海を旅するというのであれば………まあ、確かにアストラル学院の長であるシルラーズさんが何とかしなければどうにもならないことかもしれない。

当然、無名で身体単体で見れば危険人物でもある俺は何も出来ないし、同席するのも危ういだろう。なのでここはシルラーズさんにお任せします。

………ではでは、折角の航海都市アルタですし。宿が決まれば、ちょっとお出かけしようかなぁ。


「ミール。後で付き合ってくれる?」

「無理やりにでもついていく」

「なら安心ね。あら、レクラムはどこでしょう………あ、レクラム!この後食事に行きましょう」

「………長居するのであれば食事について調べるのも一興か。いいぞ、同行する」


決まりですね、はい。束の間の自由時間に、束の間の旅行気分を味わうとしましょうか。







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[一言] 海 首長竜とかいそう
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