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黄金の結末、旅の続き



***





「少々疲れましたね。歩くのは嫌いではないのですが、どうにも………」

「疲労のせいだろ。お前はまた無茶をして」

「ミール、ミール。お説教はまた今度でお願いします。まだやることがあるのです」

「………まったく」


ミールちゃんのお小言を受け流しつつ、俺達が最初にこのグレミアで利用した宿の扉の前に立つ。

俺達は怪異の宿の事件を解決した後、領主さんのお屋敷に留まらせて頂いていたわけだが、どうやらその際にはこの宿のマスターが仲介になってくれていたらしい。

曰く、街の功労者を休ませるにはこの宿は少々荒っぽすぎる―――とのこと。俺はシルラーズさんに教えられるまでこのことを知らなかったわけであり、そして知らない振りをしていたほうが良いとも言われている。


「彼らは気恥ずかしがり屋なのさ。荒くれものの癖に、善意を受けるのも施すのも、そして施した善意に礼を言われるのも照れる厄介な連中さ」


まあ、冒険者の方々は確かにそういうところあるかもしれませんね、はい。

さてさて。そういう事で、素知らぬ顔で俺は扉を開き、宿の中へと足を踏み入れる。マスターがこちらを見て、少しだけ頬を緩めた。


「お帰りなさいませ」

「はい、ただいまです。宿賃はまだ足りているかしら?」

「何かお飲みになられても問題ない程度に」

「ふふ。ありがとうございます、マスター」

「………彼と彼女は、二階の奥の部屋です」


声を潜めてそう伝えてくれた彼に、一粒の黄金を渡す。これはグレミアの街に結界を敷いた対価として頂いた、呪いの黄金だったものの一部。

呪いを失った純然たる黄金だ。対価としてそれなりの量渡されたので、分配していきます。

お金に困っていないわけではないけれど、これは俺が持つべき黄金ではないからね。正真正銘のあぶく銭は、そのまま泡のように使ってしまうに限る。

マスターにお礼を言うと、指示された通りに階の部屋へ。鼻先に、煙草の匂いが漂ってきた。

匂いは扉の向こうから。その扉を数度叩くと、中からどうぞと声が帰ってくる。


「失礼します。………お久しぶりです、ライン。そして黄金を守った剣闘士の御人」

「大層な名だ………俺には、分不相応過ぎる」

「さて。それはどうでしょう。この世で最も高価だった呪いの黄金を、その呪いに斃れずに守り続けた人となれば、黄金の守り人と呼ばれても違和感などありません」

「………千夜の魔女の写し見よ。私の騎士をあまり、弄ばないで頂戴」

「そんなつもりはありませんよ、ライン。―――さて、と。シルラーズ、どう(・・)かしら?」


煙草の匂いの主、シルラーズさんが俺の言葉に顔を上げた。


「ん。ああ、魔術師の目で見ても、完全にラインの黄金の呪いは解呪されている。とはいえ、呪いだったもの、残滓は残っているな」

「私の見立てと同じですね。残滓が解けるまで、一体どれほど時間がかかるか………私にも確実な所は分かりません」

「推測はたっているのだろう?」

「ええ。ですが推測は推測です。真実ではありませんもの」


魔法使いの眼、魔術師の眼。その二つを以って、ラインと剣闘士の彼の様子を確かめていたのだ。

彼らは、特にラインは生まれ持った呪いの被害者であり、そして多くの人を呪ってしまった加害者でもある。まあ大元を辿れば千夜の魔女という怪物に繋がる訳だが、それはさておき。

人を呪わば穴二つ。呪ったものは当然呪われる定めを負う。俺の魔法でその摂理を無理やりに破壊したとしても、魂にこびり付いた呪いまでは完全に除去できない。

そのこびり付いた呪いの残滓が、もしも今までのラインが持っていた黄金の呪いに近いものであれば―――彼らの人生には再び苦難が迫り来る。

それは、善くないことだからね。しっかりと確認していたという訳だ。


「それで、俺たちはどのような呪いをこの身体に残したのだ」

「あら。ラインから聞いていないのですか?」

「………ええ。言っていないわ」


俺に近いルーツを持つラインは魔法使いとしての能力を持つ。とはいえ恐らくは天賦の才に近い筈のその能力は、大部分を呪いに置き換えられているため、呪い師程度の魔法しか使えない訳だけれど、それでも呪いの残滓を見極めることくらいは出来る筈だ。


「では、私から言いましょう。いいですね、ライン」

「………」


そっぽを向いたまま、彼女が頷く。話したくない、というか話さない理由は少しだけわかるけれど、なんというか君もなかなか人らしいよね、うん。


「ラインと守り人。貴方たち二人に宿った呪いの残滓、それは―――人の常識を遥かに上回る、寿命。そして」


唇の上に人差し指を置いて、微笑む。


「二人、その寿命が尽きるまで………離れることは、出来ません」


長大なる命の呪いと、離別できない呪い。この二つが、彼らの中に残ったのだ。

長い寿命を持つことになってしまっても、かつてのラインとは違って終わりがある。ただ、その終わりに至るまで、彼と彼女は共にあり続けなければならない。


「呪いなのか、祝福なのか。ふふ、貴方たちの捉え方次第かもしれませんけれど」


片目を閉じて、更にもう少しだけ笑みを深めた。


「健やかなるときも、病めるときも。晴れの日も、雨の日も。祝福に満ち、呪いに塗れ、それでも。共にあるのであれば、きっと大丈夫」


そうとも。黄金の呪いにすら耐えて見せた彼とならば。ライン、君はどこまでだって旅を続けられる。


「人として、生きる時が来たのです。ライン、これからは黄金の旅路ではなく、貴方の軌跡になるのです」

「………詩的に語るのね、母様」

「あら。母そのものではないのですけれど」

「俺達にとっての、母のようなものだ………導かれた、その事実は変わらない。母とは、教え、導くもの―――ならば、善き魔法使いよ。貴女は、我らの母だ」


剣闘士の彼が、礼を取る。

………母であるならば、俺は君に名を与えなければならない。

ラインの黄金を守り、これからも黄金の残滓を抱くもの。即ち、抱擁するもの、となれば。


「ファーブニル、では直接過ぎますね。では、ファフナー………剣闘士の御仁、黄金の守り人よ。これからは、その名を名乗りなさい。私が、千の夜の力を継ぐ者が、その名を与えます」


彼の肩に手を置いた。そして、一歩離れる。

重苦しい時間はこれで終わりだ。なに、彼らには何一つとして危険な呪いはないという事実だけが残ったのだから、何も問題なんてないさ。


「ライン、ファフナー。何か困ったことがあれば、私の名を呼んで―――マツリ、と。私の真実の名を呼んでください。飛んでいきますから」

「アストラル学院に直接駆けこんでもいい。知らぬ仲ではない訳だからね、力を貸すよ」

「………ありがと、母様」

「感謝を」





こうして、怪異の宿は結末を迎える。

黄金の呪いは、二人の長き時を持つ人となって。そして、彼らの時間は続いていく。


「二人とも―――良い旅を」


世界へと自らの足で、そして意志で旅立つ二人の背に、そう声をかける。

龍の名を持つ剣闘士と、黄金の名を持つ少女が、静かに微笑んだ。

さあ。俺達も、俺達の物語へと戻ろう。まだまだ、やることは始まってすらいないのだから。



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