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大人の役割



***





「おや。崩壊が始まるようだな。イブ姫御一行はどうやら難事をやり遂げたらしい」


ゆっくりと煙草を吸う。珍しく現在は火が付いているが、この煙も一応魔術なので、大事とは言わないがあって損はないものだったりする。

まあそれはどうでも良い。巨大な門扉に罅が入るのが確認出来た瞬間、その奥から膨大な魔力を感知―――そして、イブ姫ことマツリ君の気配を感じ取ることもできた。

どうやら無茶をしたらしい。まあ、この先のことを考えれば恐らく、今のうちに無茶をしておいた方が良いか………そう思い、肺に入れた煙を吐く。

尤も、ミール辺りは怒るだろうがな。それはそれだ、あの子がマツリ君を案じているだけの事であり、誰にもそれを否という権利はない。


「後始末は大人の責任か。いや、私が何もしなければ彼女は死にかけてもやり通す、か」


どうにも手を貸さなければいけないような感覚に陥るのは、彼女の特性か、それとも彼女を蝕む呪いのせいか。

ま、前者だろうがね。千夜の魔女は己が生み出した魔神や眷属、そしてその魔に取り込まれたものに自分を愛する事を強制するような魔法をかけたと伝わっているが、それが事実かどうかは今となっては解き明かせない。

誇張表現の一つだろうとは想っているが、マツリ君を見るに、やろうと思えば人間程度の精神ならば不可逆的に弄れてしまうはずである。


「やろうと思ったがやらなかったのか。まるでマツリ君のような思考だな。災厄の化身、千夜の魔女らしくもない」


………さて。改めて背後の巨大な扉が重苦しく開かれる。そして、奥から水流のような魔力の迸りが解き放たれた。

眼鏡の奥の目を細める。水蓮と水蓮が生み出したであろう分身体が、知る人間と知らない人間、そして人間のような、人間ではないような何かを連れているのが見えた。

動けない、或いは戦力が失われている者が多いな。この周囲を改めて焼き払っておこう。

そして、ついでに現在遠くに離れているミールに対し、魔術による通話を行った。まあ、通話と言ってもこういった状況でも安定して会話できる、シンプルで簡易的なものであり、双方向通信ではなくこちらからの一方的な通話だが、ミールならばすぐに意図を察して動いてくれるだろう。

あいつの戦場での感性と思考は常人離れしているからな。


「ミール。指示通り、符を配置したな?お姫様たちが戻ってきた。急いで脱出準備をする。お前は符の周囲の肉壁や兵士を駆逐しつつ、合図が着たら飛び込める位置にいろ」


こちらからの一方的な指示を終え、通話を終える。

普段こそ感情任せに動いているが、戦の気配が漂う場所ではどこまでも冷静で、的確な判断が出来る。だからこそ、護衛として重用している訳だ。

なにせ、ミール程度の実力が無ければ、私についてくることが出来ない。


「魔術師。連れて来たぞ、厄介な姫を」

「ご苦労だ、水蓮。そこの娘と騎士は―――ふむ。やはりというべきか、ラインの黄金か」

「今はラインよ。永遠の黄金はこの世から完全に消え去ったもの」

「不浄な黄金、或いは偽りの永遠だろう?無い方が余程自然だろう。さて諸君。脱出の時間だ、準備はいいかな?」

「………脱出つっても、これ出来んのか?」


イブ姫を担いでいるキールが頬を掻きながらそうぼやく。視線の先にあるのは、一定の距離を保って私たちを取り囲む、法外な数の黄金兵だった。

あれはラインの黄金より生まれたモノだが、既に切り離されて宿に染み付いた呪いへと変じた。限定空間上に発生する騎士階級の怪異そのものになっているわけだ。

今まではラインの黄金を核として維持されていたが、その根源が晴れた以上、あれらは一夜限りの寿命だけを持った、本物の怪異そのものである。

一夜の夢と消えるが、一夜の間だけは騎士階級の強力な怪異として存在できる―――まあ、普通にやりあったのでは手こずるだろう。

なにせ、敵は黄金兵だけではないからな。


「見たまえ、異界の壁を。ラインの黄金という魔力源を失った肉壁が、その呪いを維持できず消えかけている。君たちが先程脱出してきた異界と同じだ、このままここで時間を食われれば、全員もれなく異世界行きになる」

「異界の中に異界があったという構造のせいだな。必死に抜け出してもその先でまた同じ問題にぶつかるとは」


レクラムの言葉に、はははと笑って答える。


「問題?レクラム、どこにそんなものがある。君たちは一度も問題には遭遇していないはずだ」

「………あの扉をくぐるのですら大変だったが」

「イブ姫と水蓮がいたのだ、君たちの安全は常に守られていた。そして、今はイブ姫がダウンしたが、代わりに私がいる。何一つとして問題などない」

「………随分な自信だな………魔術師殿よ。相当な………腕だと、お見受けする」

「正解さ、剣闘士君。何せ私は世界最高峰の魔術師―――だそうだからね」


胸元から取り出すのは、小さな鏡。それを空へと放り投げる。

私たちの周囲では痺れを切らしたように黄金兵がこちらに向けて群がってきているが、手袋がはめられた腕を揮うだけでその大部分が燃え尽きる。

たかだが騎士階級の怪異の末端程度が何万といようが、大した脅威にはならない。秘言………スペルすら不要だ。


「ミール、時間だ。符に飛び込め」


ミールに指示を出しつつ、空に投げた鏡に対し、もう一つの触媒を投げつけた。


「ほうら時間だ役目だ仕事だ仕事。お前の番を見つけだせ」


白い、繭。こちらにはスペルを用い、鏡の中にその繭が吸い込まれたのを確認して、指を鳴らした。


「全員、離れないように。単独で作用するように設定したのはミールだけでね」


後はこの鏡の周囲から離れると、当然置いて行かれる。もちろんそんな自殺紛いなことをするものは誰もいないが。

数瞬の後、鏡が砕け、その破片が私たちを取り囲む。鏡が鮮やかに光りだし、そして………強い浮遊感が訪れた。






***





「―――空間転移、魔術で、だと?」

「そうとも、レクラム。アストラル学院には常設されている代物だが、なに。条件がそろっていたものでね、作っておいたのさ。そう驚くものでもないだろう?怪異の腹の中で使ったのは二度目なのだから」

「次元が違う。行き(・・)でイブ姫が使ったあれはあくまでも異界の中を繋ぐものだ。今回の転移は、異界と異界を繋げている―――妖精の魔法の領域だ」

「魔女も同じことは出来るがね。まあ、あくまでも今回は仕掛けるに足る種がいくつもあったから用いただけだ。流石の私でも、常にあのような魔術を量産できるわけではないさ」


そう言いながら、座っているキールの膝の上で寝ているイブ姫の頬をつつく。その感触を楽しんでいると、溜息をつきながらミールもやってきた。


「またこいつは無理を………」

「重度の呪いに犯された存在を二人救ったのだ。魔法使いの性だろう」

「少しは自分を顧みろという話だ。まったく………戻ったらミーアと共に説教だな」

「手加減してやってくれたまえ。さて」


背後を振り返ると、留守を頼んでいたフランダール会長がこちらに向けて手を振っていた。


「よう。一件落着かい?」

「ああ、助かった、フランダール会長。貴方に預けたアリアドネの糸―――異界へと変じた際に一度は切れたようだが、辿ってパスを繋げられた」

「俺は持ってただけですがねぇ。にしても、特級の魔道具ですら切れるとは、随分と大変な旅だったようで」

「厄介な呪いが一つ転がっていたようだ。まあ、それに関してはイブ姫がどうにかした。報告することは多いが、まずは功労者諸君を休ませなければな」

「違いないですなぁ。おら、キール!!仕事だ、いつまでも別嬪さんの横顔に見とれてんなよ!!」

「み、見蕩れてねぇ!!」


おや。耳元で大声を出したせいでイブ姫が呻いているが。まあいいか。

火の着いていない煙草を咥え直すと、夜が明け始めた空を見る。さて、ここからは魔法使いの語る幕間だ。魔術師は席を譲るとしよう。



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[一言] キール君照れてる
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