扉の向こうへ
「ミール!!切り込んで!!!」
「任された!!!」
広間中央に向けて俺達は一気に突っ走る。熱を発する黄金兵がその姿をうねらせながら先頭を突き進むミールちゃんを止めようとするが、
「温い、機械的に動く雑兵が相手になるか」
歯牙にもかけないとはこのことか、一瞬で切り捨てていく。
元々凄腕の剣士であるミールちゃんだが、今までとは違って攻撃のみに集中しているため、その戦力は先ほどまでとは段違いである。
触手が伸びようが黄金兵が形を変えて攻撃してこようが、その勢いを止めることは一切できない。
「―――、―――」
「声………?ミール、気を付けてください!」
「む。どこぞから意志が覗いたな。この黄金兵とやらも、一応何者かが操っているわけか。普段は自動操縦だが、場合によっては直接操作を行う」
「貴女の感覚の鋭敏さ、魔術的な素養とは一切関係ないの怖いですわ」
戦士の直感というべきかなぁ、ミーアちゃんは体質的なものであちらさんを始めとした魔なるものへの感知能力が人より高いけれど、ミールちゃんは人も魔も全て等しく、鋭く感知する。
天性の感覚をさらに研ぎ澄ました、まさに粋を極めた才能。剣技を操る騎士として、本当にこの娘は強い。
強いけれど―――それでも、ミールちゃんはただの人である。
「ふむ。厄介だな。ここまで巨大になったものは、私よりもミーアの方が得意なんだが」
ミールちゃんが見上げるのは、密集し、膨れ上がった巨大な黄金兵。
そもそも彼らは元は一つの黄金から生まれた人ならざるモノだ、集合体であったもの効率よく動くために分化していただけに過ぎない。
あれは回帰しているだけであり、進化ではないのだが、まあ戻ったのも変わったのも、この状況においてはどうでも良い。
ブクブクと泡立ちながら立ち上がる歪な黄金の巨人。それが複数個生み出され、俺達を踏み潰さんと進軍を開始した。
それを見たキール君が舌打ちをしつつ、状況を整理した。
「………目算であのでかい扉まで五百メートルはあるぞ!!あの巨人の足の長さじゃ俺たちが辿り着く前に潰される!!」
「一体か二体は切り伏せられるが、ああもでかいと時間がかかる。私が残っても足止めしきれん。………水蓮、貴様は」
「奴と私は相性が悪い。が、お前よりは戦える。五か六は葬れるが―――」
「水蓮にはやって貰うことがありますから。残念ながら戦力に数えることは出来ないのです」
割と大事なことなので、水蓮という存在はここでは温存しておきたい。
俺も全力を出せば黄金巨人の全てを溶かせるけれど、それよりももっと良い手段がある。ずっと温存していた切り札を切るならば、このタイミングだろう。
なにせ俺達は今、絶体絶命だからね。切り札は詰みの状況を覆せるタイミングで見せるのが最も効果的なのだ。
体内で生み出した魔力を、強く、強く意識して周囲に充満させる。
俺の身体の半分は人外であり、その人外部分は魔女でありあちらさん………妖精である千夜の魔女の肉体となっている。俺が魔力を自分で大量に生み出せるのはそれが故であり、膨大な魔力を身体に通して操れるのもそれが故。
そして、最古の妖精であり原初の魔女である彼女が持つ力は、この世界でも並び立つ者が数えるほどしかいない程のものである。
………だからね。少しだけ、その片鱗を覗かせよう。
杖で、肉壁の地面を強く叩く。淡い翠の光が漏れて、身体を這う紋様が活性化する。
全力で魔力を生み出すと、その生み出した魔力だけでこの宿を吹き飛ばしてしまうから自重しつつ―――切り札を使うための魔力を、しっかりと用意する。
「”移れ 代われ 繋げ 無空にて無色の糸を編むものよ”」
言葉は簡単。実にインスタントに発動できるそれは、魔術。
まあ、シルラーズさんの仕掛けによって魔力を注げばそれだけで効果が発動するという一種の臨界状態になっていたため、構造的には魔道具といってもよかったかもしれないけれど。
些細な事だ。最も大事なのは、この言葉と魔力によって発動する事象である。
「………緻密な魔術だ。これをこうも簡単に使用して見せるとは、あの魔術師は成程、腕がいいらしい」
「それはそうですよ、水蓮。世界最高レベルの魔術師なんですから、シルラーズは」
―――俺が注いだ魔力によって、宿全体に幾つもの線が通る。
異界化していようがその線には一切の関係がない。だって既に宿全体に線の設計図が敷かれているから。
起点となるのはシルラーズさんがばら撒いた紋様付きの札だ。それは魔力の注ぎ口、入り口となって宿全体に術式の効果を発揮させる。
びちゃびちゃと肉の床を抉る巨人の足がすぐ近くまで迫る。ミールちゃんが剣を構え、キール君が緊張で汗を垂らす。
俺は、微笑ながら最後のワードを発した。
「”開け”」
ゴマ、とまでは言う必要はないだろう。
開けという言葉だけで、魔術は真に完成した。宿全体の線に魔力が循環し、一つの巨大な術式を構成する。それは、一度きりの使い捨てながらも非常に強力な………転移魔法陣。
「漸く出番か。暇で本を読んでいた。イブ姫、レクラムは中々に博識だぞ」
「ええ、勿論そうであることは知っていますよ。それよりもシルラーズ、状況説明はいるかしら?」
「不要だ。見ればわかる。さあ、早く先に進め。ミール、お前はここに残って足止めだ」
一瞬だけ壁の上部に展開された魔法陣からシルラーズさんとレクラムちゃんが落ちてくる。流れるように重力制御魔法で華麗に着地したシルラーズさんは、即座に指示を飛ばした。
ミールちゃんもその指示に頷き、先に進むものとこの広場に残るもので二分される。
「いやいや、どっちにしても突っ切るのは難しいって!!黄金の巨人の他にも触手とかある訳だしよ!!」
「む。そうか、では道を作ろう。キール、君はレクラムの絨毯に一緒に乗るといい。イブ姫と水蓮は自分で進めるな?」
「ええ。シルラーズ、心配はしていませんが、一応気を付けて」
「無論。油断はしないさ、遥か格下相手でもね」
わぁお、格好いい。こんなことが言える大人になりたいものである。
自分に実力があることを理解していて、その実力も本物、世界最高レベルだからこそこれだけ大きなことを言えるのだから、言葉のハードルは高そうだけどね。
それは兎も角として。
………シルラーズさんが赤い宝石の指輪を嵌め、指を鳴らす。音が響いた瞬間に、扉までの一直線、そこに黄金兵すら一瞬で葬り去ってしまうほど高温の炎が照射された。
「うわ………すげぇな」
「キール、さっさと乗れ。乗らないなら置いていく」
「乗るわ!!!よっと、のわぁ!?」
急発進したのでキール君が完成によってバランスを崩していた。というかレクラムちゃん完全に絨毯使いこなしているなぁ、あれあのまま上げようかな。
そんな微笑ましい?光景を横目で見つつ、俺は水蓮の背に乗った。自分の杖でも良かったんだけどね。乗せてくれるみたいなのでお言葉に甘えました。
「行くぞ」
「はい」
敵対者がすべて消滅し、束の間の空白地帯となった一直線。向こうに見える扉に向かって俺たちは進む。
背後ではシルラーズさんとミールちゃんが黄金巨人を処理しているのが見えた。うん、処理って言い方が本当にしっくりくるのやばいよね。負けるイメージ湧かないよ。
さて。では俺は俺で、もうひと踏ん張りだ。魔力を生み出し、扉に杖を向けて魔法を唱える。
今回使うのはアストラル学院でも使用した解錠の魔法だ。
「”古き錠前音一つ。堅き錠前音二つ。お前を開くは硝子の鍵”!!」
杖の先より煙が生まれて、扉を包む。甲高い音がして、巨大な扉がゆっくりと開かれ始めた。
「レクラム、キール君!!飛び込んでください!!」
肉壁から触手が再度生成され、黄金兵も徐々に再生が行われる。もたついていると流石に危険だ。
とはいえ、頭のいいレクラムちゃんと商人であり危ない場面も経験しているキール君だ。俺の言葉に頷きを返すと、勢いよく扉の隙間に飛び込んだ。
それを追って、俺達も中へ。肉壁の壁が消え、代わりに視界に飛び込んでくるのはどこまでも続く暗闇だ。
水蓮の背から飛び降りると、彼女の頬にキスをしながらお願いをする。
「―――道を。任せました、水蓮」
「後ろは任せるがいい。さっさと助けてくることだ、お人好し」
………彼女の姿が消えて。そして、扉の向こうに光が満ちた。