飛び込め
「通路が狭くなってきたな」
「宝物庫へ繋がる道ですもの。隠したい場所へ繋がる道を無意味に大きくするモノは少ないということです」
「いやいや、呑気に言ってる場合かっての。狭くなってきた上に黄金兵がわんさか出てきてるから、とんでもねぇ状況になってるぜ?」
一周回って驚きが落ち着いてきたのか、キール君が冷静に状況判断を下す。元々割と冷静に物を考える子だから、こういう状況でも慣れれば普通に対応できるんだろう。
さて、彼の言う通り先の道からどんどん肉壁が狭くなっていて、今は先頭を走る水蓮一人分の幅しかないという様な状態だ。一番後ろはミールちゃんが守っており、前後の黄金兵を的確にさばいている感じになっている。
「宿の通路をモデルにしている以上、迷路にはできても密室にはできない筈です。肉壁が閉じることはないでしょうが………」
この怪異は当然のこととして不滅ではない。故に破壊不可能な存在としては成り立たないため、順路の妨害としては壊せる壁で道を隠すくらいしか出来ない。
だが、肉壁の厚みを変えることは出来る、こういう通りにくい通路の作成はその能力を使ったものだろう。
黄金兵自体も肉壁によって数を頼りに俺たちを攻撃するという事が出来なくなっているものの、そもそもとして脅威は黄金兵だけではないのだ。
「イブ姫、上部が開いた!!」
「対応します。ミールは後ろ、水蓮はそのまま前を担当してください」
狭くなった肉壁の、随分と高い所にある天井部分。そこがぷくりと膨らんで、破裂する。
中から出てきたのは大小様々な触手群だ。あれに対応できるのは俺が水蓮だけである。
………なにせ、あの触手群は面倒極まりないことに、黄金製なのだから。ミールちゃんの剣で斬ることは出来るけど、その後高熱の黄金が頭の上から降り注ぐことになるので、ええ。魔法使える組がどうにかしますとも。
「『原初の魔、母なる悪魔 蛇の目色の目弾き隠すはお前の花!!』」
ローブの中に手を突っ込み、宙に放り投げるのはキャラウェイ―――ヒメウイキョウの花束だ。放り投げたそれは煙を纏う風へと形を変えて、黄金の触手を全て霧へと変えてしまった。
アダムの一番最初の妻であり、悪魔でもあるリリス。彼女から身を守る、守護の力を持つ薬草、キャラウェイ。その力を借りて、魔を孕んだ黄金の触手の脅威をすべて消し去ったのである。
けれど、これは一時しのぎ。キャラウェイの風は今も俺たちの周囲を漂っているけれど、怪異だって決して弱いわけじゃないし、永遠に続くような魔法でもない。どこかでこれも破られるだろう。
………奥に進めば進むほど魔力が濃くなっている。しかも敵対する怪異に同調している魔力だ、俺の魔法の効力を掻き消そうとするアンチマジックとしても作用している。
俺や水蓮、シルラーズさんなら力づくで吹っ飛ばせるんだけど、そうするとここまで頑張って侵入した苦労が水の泡だからなぁ。
水蓮も魔法を使うのが少しばかり大変になっていることだろう。普通よりも魔法を形作るのに余分な魔力を必要とするから。
人外として魔法を扱う存在でありながら、魔術師と同じように自前の魔力を扱える俺たちでも、魔力を使いすぎれば当然枯渇する。
この宿の怪異の腹の中では空間に満ちる魔力を取り入れることも難しいから、俺も水蓮も今はタンクの大きい魔術師と同じような存在だ。魔法は燃費が阿保ほど悪いので魔術師よりガス欠早いけどね、まあそれはさておき。
「水蓮、感じますか?宿の中にある魔力の量が、この先に集中しているように思うのですが………」
「だろうな。別働している魔術師の方に向けていた魔力も全て回収して、備えているらしい」
水蓮の感覚でもそうならば、間違いはなさそうだ。
今までシルラーズさんたちが暴れまわることで分散していた魔力―――戦力が、俺達だけを撃退するために回収されているのだ。
この肉壁の狭さ、言いようによっては嫌がらせは戦力を集結させる時間を稼ぐためのものなのだろう。
「逆に言えば最終防衛ラインに近づいたという事だろう?」
「なら、そろそろゴールってことだな!」
「楽観するな、人間。魔術師に割いていた魔力をすべて回収したという事は―――」
そこまで言った水蓮が、口を閉じる。
狭苦しい肉壁の通路が終わりを告げて、代わりに俺たちを出迎えたのは大きな広間。相変わらず壁は肉で構成されていて、触手がぐにゅぐにゅと蠢ているけれど。
「ふむ。突破するのは面倒臭そうだな。少なくとも、時間はかかる。恐らく朝にはなってしまうだろう」
ミールちゃんの言葉の理由。それは眼前の広間を埋めつくす、膨大な量の黄金兵であった。
ゾンビ映画でよく見る、絶望の風景に近いかもしれない。まあ、違うのは彼らをそれだけ集めても、俺達を殺すことは適わないってことだけれど………その代わり、俺達も目的を達成することは出来ないだろう。
「それが狙いってことかよ………決戦がまさかの時間稼ぎって、おいおい」
「いいえ、悪い事ではないかと。私たちを外に放り出せる朝になれば、怪異にとっては勝ちですから」
己を蝕む病原菌を体外に放出する、それと全く同じこと。時間を稼ぐことで朝を待ち、怪異が宿へと戻るまで耐える訳だ。
宿に戻れば、核心である存在の意志によって宿に迷い込んだ存在を怪異の中に閉じ込めるか、放り出すかを自身で選択できるから。
今の時間の宿は一方通行で、入ったら出られない。逆に言えば、宿に寄生する怪異でも、宿の外に放り出すことは出来ない。これは、この怪異に備わったルールであるため、核心の存在であっても干渉できないのだ。怪異は一定のルールで動くことがあるけれど、この宿の怪異もそういう手合いであるらしいから。
ちらりと視線を動かし、確認するのは黄金兵の先にある、巨大な門扉だ。
「あそこに飛び込めれば勝ち、という事ですね」
「いやあれ鍵掛かってんじゃねぇか?」
「それに関してはご安心を。鍵明けの魔法は幾つか覚えがありますので」
「悪用したものな、イブ姫」
「いえ、いえいえ。決して悪用はしていませんよ?」
必要だったから使っただけですから!!
………まあ、うん。それは兎も角として、この状況をどう打破するかだけれど。
正面から戦えば時間切れ、無理に突っ切れば返り討ちに会う可能性が高い。状況そのものを破壊してしまえばここまでの苦労が水の泡。
袋小路と思うけれど、大丈夫。切り札、温存しておいたから、ね。
人差し指を立てて、まっすぐに正面を指さす。そして、微笑ながら言葉を発した。
「まず、ど真ん中へ。戦力が集中してくださっているのであれば、好都合です」
「言葉遣いが汚いぞ、イブ姫」
「………えと、はい」
演技の中身である俺が強く出てしまった、反省反省。こほん、それは置いといて、これからとる行動はそこまで深く考えるものではない。一気に黄金兵の中心に躍り出て、そしてそこで切り札を切るのだ。
そうすればきっと、簡単にこの状況を超えられるだろう。後は扉の向こうで、俺が頑張るだけである。
「水蓮。頼みますね」
「今か、後か」
「後です」
「仕方あるまい」
ありがとう、水蓮。君のそう言うところ、本当に好きだよ。優しいよね、君は。
「では、行きましょう―――か!!」
一歩、踏み込みながらそう叫ぶ。そして静かに、魔力を纏った。