道を塞ぐは黄金兵
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「ああもう!!壁ぶっ壊して超えても似たような風景ばっかりで訳分かんねぇ!!」
「生物の体内のようですが、実際の生物の臓器をなぞっているわけではありませんからね」
というよりも生物の体内のようだっていうイメージを取り込んでこういう風景を構築しているっていうのが一番正しいんだろう。
元凶がこの空間を作ったわけじゃなくて、犠牲者の想像力によって出来上がったわけだ。勿論、そういう仕組みで構成されている以上、もっと犠牲者が増えればさらに禍々しい異界が出来上がる。
「イブ姫。これほどの異界を生み出せる怪異となると、その実力は初期に想定していたものを上回るのではないか?」
走りながら、そして剣を振るいながらミールちゃんがそう尋ねてきた。
「何とも言えませんね。普通ならば異界を生み出せる存在はその異界を統べる強さを持っているものですが」
「はっきりしないな。だが、気配的に怪異と言い切るのが難しいという事実は私も感じている。怪異のような気配の奥に―――お前のような、感触がある」
「………ええ。そうですね」
宙を軽やかに駆ける水蓮から飛んできた視線に微笑む。俺のような、という事はつまり。
ただの人間や、生物の括りからは飛び出てしまった存在という事だ。
「しかし疑問も残る。お前のような存在は怪異に変じたとしても………怪異の階級定義に収まるような甘いものでは無い筈だ」
「水蓮?人を化物みたいに言わないでください」
こう見えて半分弱は人間だよ?
「推測だけでものを語るべきではありません。最後まで行けば自ずと答えは分かります」
「待て待て。危険に対応するためにある程度の情報は必要だ、イブ姫」
「………ええと………はい。正論ですね、それ」
にべもなし。ミールちゃんも水蓮も情報の開示を求めているとなれば、そして正当性があるとなれば仕方ない。
全ては無理だけれど、ある程度は話をしておこうか。
「元凶と言っていますが、元凶が怪異であるとは言っていません」
「怪異を操っているってことか?」
「それも正確には違います、キール君。元凶とは即ち核心―――この巨大な怪異の心臓部分。騎士階級の怪異とはこの宿を飲み込んだ異界そのものであり、心臓である元凶はこの怪異を維持しているだけに過ぎないのです」
つまり、だ。俺達が移動しながら相手にしている無数の肉塊が、俺達が討伐すべき怪異なのである。けれど、これほど巨大で概念的に確立された存在である怪異を真っ当な手段で滅ぼすのは、それこそ宿を丸ごと焼き払うくらいしかない。
それともう一つ。ここで注意すべきなのは、あくまでも異界化した今の宿………夜の数時間のみが怪異なのであって、昼間のそれは普通の宿であるという点だ。元凶によって生み出された怪異が活性化するのがこの数時間のみであるが故にこのような状況が発生するのだが、物質的には宿と同一なので焼き払うと宿も消える。
宿に怪異が寄生しているというのが一番正しい表現かもしれないね。俺達が祓わなければならないのはその寄生した怪異のみだ。
シルラーズさん辺りならば同化しているっていう表現を使うだろうけれど、まあ似たようなものである。
「ゴールデンロットが倒れました。あちらです」
「今度は道が通じているな」
煙の花が倒れて、道を知らせる。肉壁で隠されていた先程とは違い、相変わらずなんとも気持ち悪い風景が口を開いて俺たちを招いていた。
まあ、うん。招いているなんて表現したけれど、実際には歓迎されていないんだよね。
「私たち用の道ではないと思いますので、注意を―――ああ、ミール。剣を少し、こちらに向けてくれますか」
「む」
聖別のようなものをされているミールちゃんの剣だけれど、決してミールちゃんの専用品じゃなくて通常装備である。つまり、あまりに呪いや魔力量が濃いと効果が薄れる。
一時的に俺の力を付与しておこう。俺の力っていうか薬草魔法だけどね、つまり草木の力で………まあいいか。似たようなものだし。
手のひらに息を吹きかけ、細かな煙を生み出す。白いそれはニワトコの草木を象り―――そこに一滴、俺の血を落とした。
瞬時に紅に変じたニワトコの煙の花は、ミールちゃんの剣に巻き付いてそのまま静かに刃に焼き付く。
「ほう。良い鋭さだ、振りやすい」
「一夜の魔法ですけれどね。普段使いする分には過剰ですから」
「………エルダーの呪い払いの魔法か。相変わらず古い魔法を好むな、お前は」
「あら。水蓮に言われるのは心外だわ。貴女だってあちらさん達の中でも古風なものを使うのに」
そもそも魔法使いや魔術師とあちらさんの使う魔法は少々概念が異なる。
どちらかといえば自然寄りの魔法使いですら、使用する魔法というのはある程度、体系化されている。魔術はもっとはっきりと区別され、盛んに研究と発展が行われている。
それに対してあちらさんのものは一切の体系化が行われていない。感情や感覚、意志が魔力に直結する彼らには術式やら触媒やらは不要なのだ。
恐らく最古の部類のあちらさんであるプーカもそう。あの仔の変身は変幻自在で、更には特に意識しなくてもアストラル学院の結界を破って入ってこれるし。勿論若いあちらさんと古いあちらさんでは使う魔法に差があり、若い彼らの方が魔術に近い様式で魔法を扱う。
ま、誤差だけどね。感覚的なものである。
「おい、話してんのはいいけどよ………なんか、変なの………出てきたぜ?」
「あら。あらあら」
ここまでずっと走っていた俺たちの足が止まる。
―――それもその筈だ。だって、ブシューっと蒸気を上げながら肉壁を突き破って現れたのは、怪人と表現するしかない存在だったのだから。
「武器を持った人、を象った失敗作、か?」
「先程までの肉塊とは別物です。あれらは無作為に暴れまわる存在でしたが、こちらは明確に私たちを狙っています。正真正銘の守護者ですね」
どろどろと溶け続ける、黄金の皮膚。顔のないのっぺらぼうの頭蓋。それとは対照的に鋭く俺達を狙う、グラディウスの切っ先。名を付けるならば黄金兵か。
今、俺たちの目の前に現れたのは五体だ。もっと奥深くに行けば、更なる黄金兵が侵入者を取り囲むだろう。
「………さて。どうしましょうか」
視線を下に向ける。肉塊と化した宿の所々に刻まれた、小さな紋様に注目した。
いや、あれはこの状況を打破する切り札になりうるものだ。故にこそ、使いどころは限られるし、慎重にならなければいけない。
少なくとも今では無い。ここは、強行突破だ。
「水蓮!!」
「ああ。………どうにも、熱そうだな」
嘶く水蓮が水掻きの足を振り下ろすと、その地面に水紋が奔る。それは勢いを増して、やがて巨大な水流の槍へと変じた。
「チ。面倒だ」
水の槍が黄金兵に激突し、凄まじい量の水蒸気を上げる。溶け続ける黄金の皮膚は高熱の鎧だ。只人では近づくことすら難しい。
「ミール。気を付けるのよ?」
「分かっている」
………まあ、俺の護衛の騎士様は只人ではないんだよね。
水蓮が水蒸気の中に己の水を纏わせる。黄金兵の熱量が瞬間的に低下したその隙をついて、刀身を俺の魔法によって赤く染めた剣を持ったミールちゃんが駆け、五体の黄金兵のうち道を塞ぐ三体を切り伏せた。
魔法の剣に両断された黄金兵は肉の床に散らばり、同質量の黄金へと変じる。
開いた道を通り抜けざまに、水蓮が転がる黄金を見て呟いた。
「成程。人によって穢れた黄金か。ふん、業というやつだな」
「………いいえ。ただ穢れただけでは、ないのでしょう」
きっと、救いもあったんだよ。だからこそ、こうなっているんだ。だからこそ、俺が助けるんだ。
「お人好しめ」
「そうでもありませんよ」
曖昧に笑ってから、先を急いだ。