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高空にて




***




「お………うわ、高ぇ………!!」

「おい馬鹿者揺れるな」

「なかなかにいい景色じゃないか。やはり高所というのはいいものだな」

「馬鹿と煙は高いところがとかいう言葉があった気がするぞ、学院長」

「………ミーアがいない分、気を使って私をけなさなくていいんだぞ、ミール」


わいわいがやがや、とまではいかないかもしれないが、それなりの人数を乗せた魔法の絨毯が空を駆ける。

今回作成した絨毯は、アラジンと魔法のランプで登場するような絨毯よりも一回りほど大きいものだ。とはいえ、それでも五人も乗れば結構ぎゅうぎゅう詰めになる。

初めて飛行を行うであろうレクラムちゃんとキール君は戦々恐々としながら、基本的に肝が据わっているミールちゃんは特に動じず、恐らく自前で空を飛ぶ能力を持っているであろうシルラーズさんは景色を楽しむ豪胆さを見せていた。

俺?俺は勿論楽しんでいますよ。操縦は必要な意思。殆ど意思に従って動くからね、こいつ。


「それで、空に昇って地脈の確認と言っていたが………何をするつもりなんだ、イブ姫」

「いえ。ただ見るだけですよ?」

「………?」

「地脈は地理と密接にかかわっていることが多いですから。まず地形を把握して、そして後は魔力の流れを感知するだけです」

「なるほど。私たちには把握が難しい事か」


あちらさんが見えるからと言って魔力を感知できるかはまた別だからね。というかそれが出来るのであれば、魔法使いか魔術師としての才能がある訳だし。

魔力を感知するという能力を五感に適用させたのが、俺やシルラーズさんが魔力を認識するという事。そして、魔力感知能力は見えない力にアクセスするという、神秘を操る上での最も初歩的な能力でもある。

逆に言えば、これが出来るならばいずれは魔力を操れるようになるわけです。あちらさんを見ることのできる普通の人は割といるが、魔力が見える普通の人は殆どいないのはそういうことである。


「つうか疑問なんだけどよ」

「はい?どうしましたか、キール君?」

「これ、土地を管理してる魔術師に黙って空飛んでんだろ?打ち落とされたりしないのか」

「あー………まあ、そうですね。これがカーヴィラの街だったら打ち落とされていたかもしれません」


キール君の質問に苦笑する。カーヴィラの街は立地柄とでもいうべきか、外敵に対する機構は充実している。

かつては街を覆う壁があったが、今は魔術による武力の壁があの街を覆っており―――不法侵入者が空を飛んでいれば、幾百の呪いやら魔力の礫やらが飛んでくるのである。

全身呪いの塊である俺ならばいざ知らず、普通の魔術師や魔法使いにとってはその呪いを身に浴びるだけで防護をしっかりしていても身動き一つとれなくなるだろう。

うん、制空権って大事だからね。この時代でも。


「さて………」


地表より上空、千メートル程へ。この時代ではまず到達することのない高度に身を置き、遥か下の景色を静かに見守る。

俺は魔力感知を基本的に嗅覚で行うものの、少し頑張れば視覚で代用することもできる。人間の肉体から逸脱を始めているため、人はもっとも鋭敏な感覚で魔力を感じ取るという原則が当てはまらないんだよね。

いい事か悪い事かは置いておくとして、便利であるという事実は存在しております。まあそれはともかく。

それを用いて視覚で魔力を探知してみるも、どうにも良く見えない。というか、そもそもとして。


「都市や国家は大河の付近に出来るものだがね。ふむ、この街の場合、見かけだけではあまり大きな川はないようだ」

「ええ、そのようです。………キール君、絨毯を染めるときに井戸水を汲んできていましたよね。井戸の水量は豊富そうでしたか?」

「枯れそうな感じはなかったな。かなり巨大な水脈が地面に埋まってんだろ」

「ならそれでしょうね。―――『其方は大神の枝、世界を貫く大樹 麗しき水の雫、そして雄々しき太陽 雷は去れ、(はふり)をここに』」


影の中から、アッシュ………セイヨウトネリコの枝が現れる。

それを掴むと小さく手折って、宙へ放り投げて。そして、息を吹きかけた。

すると、その枝葉は空に散らばり、みるみるうちにその色をなくしていく。

―――いいや。色をなくしているんじゃない。ただ、溶けているんだ。ただ透明に。カタチを保ったまま、純粋たる水へと姿を変えていく。


「トネリコの魔法は海の魔法ではなかったかな?」

「水中に宿る力を象徴する薬草ですもの。伏流を確かめるにはこれほど適したものは無いと思いますわ」

「ふむ。正しく臨機応変か。本当に便利なものだ」


魔術には劣りますけどね。汎用性と再現性という点において、魔法は魔術に適わない。

俺たちの周りに広がる空の色を宿すそのトネリコの水。その上に指を置くと、爪の先端でそっと指の腹を切った。

一滴、水音も響かせずに落下した血液は、無色であったトネリコの水に紅の色を付け、そして緩やかに形を変えていく。

トネリコの水が表すのは、この地の奥底に沈み込んだ、地下を流れる大河の流れ。枝分かれ、積み重なり、浸透する水という名の命の形。


「大地の奥底の地下水………この流れの最も巨大な本流が地脈になっていますね」


立体に象られた水の投影造物。その中に一際巨大な流れがあるのが確認できる。それは地下水の中の支流が寄り集まったもので、血を溶かした紅の色が最も濃いが見て取れる。


「おい、イブ姫。これはどう見るんだ」

「真上から見てください。空から見た地表の下に、この地下水を投影した水の流れがそのまま当てはまります」

「………最も深く、最も巨大な本流。これが通っているのは―――あの丘、つまりはあの宿か」

「あー、つまりこの街で一番大きな地脈があの宿を貫いてるってことか?」

「そうなりますね。地脈の上というのは魔力に溢れやすく、生命力も得られやすいので。恐らくあの宿で休んだ人は身体の疲れが取れやすかったのでしょう。旅人が泊まる宿では大事なことです」


人気になったのはそういう事だ。そして今回の怪異はそういう環境であるからこそ発生したんだろう。地脈の上に立つ建物があちらさんを始めとした騒動に巻き込まれる事態というのは、この世界では珍しい事ではない。

いや、だからといって別に多くもないけどね。神隠しやら取り換え児やら、頻繁に起こってしまっては秩序が乱れる。


「こりゃつまり、地脈が原因ってことか?」

「遠因だろう。地脈が原因ならこの街に住む人間全員が死滅している」

「レクラム君の言う通りだ。かつて古の悪しき大妖精に関わる事件で、地脈が汚染されたことがあったが―――その際にはその土地の生物は全てが死んだ。膨大な魔力の循環路である地脈が汚されるというのはそういう事だ」

「………物騒な話ですね」


地脈の汚染というのは飲み水が汚染されることと本質的には一緒である。魔力は生命力でもある以上、枯渇すれば生命は弱まり、毒などで汚染されれば死に至る。とはいえ大河のような魔力の奔流だ、それを汚染すること自体難しいのだが。


「なら何が原因なんだ?」

「焦らないでください、キール君。私はただ単純に、問題の本質が地脈にないかを確認したかっただけです。川の源流が猛毒であった場合、その坩堝に迷い込んでしまっては致命的ですから」


俺が例え千夜の魔女の力を最大限に開放したとしても………うん。地脈に抗うのは骨が折れる。皆が無事でいられる保証もない。

なので、こうして予めその芽を潰しておくわけです。ついでに、遠因から原因を探れれば御の字だし。

さて。大体だけれど、予測は立った。あまり時間をかけすぎるのもよくないからね―――実地検証の続き、やるとしましょうか。


「皆さん準備は宜しいですか?………結構です。それでは、今宵に攻め込みましょう。あの宿に」


ゆっくりと下降していく魔法の絨毯。仰々しいけれど、いざ決戦の時だ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ものども、であえ〜っ 討ち入りじゃあ〜!
[一言] 攻め込む たぶん比喩じゃなさそ
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