魔法の絨毯を作りましょう
俺がそういうと、周りの人たちの表情がぴしりと固まる。
より正確に言えば、レクラムちゃんとキール君の表情だ。ミールちゃんは半眼を寄越していました、なんでですかね。
「魔法の絨毯。キール、そんなものを取り扱うとなれば、いくら出す?」
「………込められた魔力が尽きるまでしか使えない時限式のもの、それもボロボロの質の悪い奴ですら、金貨八枚は堅い」
「あら。そうなのですか」
「イブ姫、よく聞け。私たちの住むカーヴィラの街ですら、空飛ぶ絨毯というのは殆ど出回らない品物だ。あの魔術師は珍しいことに持っていたようだが、あれも取引で入手した手合いの物だろう」
ミールちゃんの言うあの魔術師とは、ミーシェちゃんという偽名を使っていた魔術師、アルテミシアちゃんの事だ。シルラーズさんもそうだけど、魔術師が偽名を使うことは割りと当たり前なので、本当は俺も偽名の方で呼んだ方がいいんだけどね。
でも、双子と混ざるので敢えて本名をもじって読んでいます、はい。まあそれはさておき。
「とはいえ、箒や杖に乗せるというのは危ないですし。地脈をしっかりとみるのであれば、最低でも私とシルラーズは必須、経過を見たいのであればレクラムも乗らなくてはいけません。これですでに三人は確定していますわ」
「ま、魔法の箒………魔法使いってそんなの簡単に作れるもんなのか………?」
「一応、それだけの技術や力はあると言われている。大気に満ちる魔力を己の身体の一部として扱える存在だ、魔術師のように人間という個体の力しか揮えない存在とはまさに次元が違う」
「代わりに細かい調整は苦手ですし、次元が違うといわれてましても、魔術師も地脈の管理等で、大気の魔力を扱う術はありますけれど」
何度も言う通り魔法使いというやつは偏屈で人嫌い、俗世に関わろうとしない存在が多い。魔術師にも言えることだけどね。まあ魔術師も魔法使いもその血筋、その能力の源を辿れば魔女と交わるところがあるので当然かもしれないけれど。
というかこれだけ魔法の絨毯程度で驚かれているのは、現在では人と魔法使いの関係は殆ど断絶しているといえる状態だからなのだろう。
魔法使いが作り出す物品の数々が世に出回る機会も喪われているわけだ。
………魔法使いの秘宝っていうのは、本当に頭がおかしいとしか言えない効力を持っているものだからね。正しく、幻想を体現したかのような、言葉通り現実離れしたモノ。ただ飛行できるだけの絨毯は、実はそこまで大したものではないのだ。
魔法使いとして未熟な俺だって、自身の杖に跨るだけで空を飛べる。魔術師であれば空中を歩行する術を持っている存在も珍しくない。絨毯や箒は、その工程をスキップして楽をするための便利アイテムでしかない。
「ほう?魔道具を作るという話かね。そういう話は、あまり人のいるところでやってほしくはないものだが」
フランダール会長と共に喫茶店から出てきたシルラーズさんが、俺たちに言葉をかけながら指を鳴らす。一瞬、シルラーズさんの指から幕のようなものが広がって、それと同時に俺の耳元に声が届いた。直通通信の魔術だ。
「私たちに意識が向かないようにするための魔術だ。自衛はするものだぞ、イブ姫」
忠告に頷くと、俺も魔法でシルラーズさんの耳元に言葉を返した。
「………そうですね、申し訳ないわ」
うん、正直この世界の価値観にまだまだ親しんでいない俺の方に問題があるのは確かだと思う。
いや俺が元居た世界では空飛ぶ絨毯なんてあれば争奪戦待ったなしだけど、こっちだと普通に魔法とか魔術がある訳で。しかもカーヴィラの街に至っては、魔道具を用いて現代にほど近い水準の暮らしすらできる。
こういう環境から、空を飛ぶ道具も普通に出回ってるんだろうなぁとか思ってたけれど、どうやらそういう訳ではないのか。
「―――で、イブ姫。魔法使い流の空飛ぶ絨毯というのは、どうやって作るのかな?」
「あら。知的好奇心を刺激してしまったかしら、シルラーズ?」
「当然だとも。魔法使いと接する機会は少なく、彼らからその秘術の最奥を知る機会はさらに少ない。是非とも、見せてほしいものだ」
「ええと………そのように期待されても困ります。大したことはしませんから」
軽口交じりの口調。だけど、かなり本音混じってますよねシルラーズさん。
そういえばお爺ちゃんに呼ばれて翠蓋の森に行った時も、内部の様子を撮影するために水晶玉を持たせていたもんなぁ、この人。シルラーズさんが持つ知的好奇心は彼女の優秀さの証ではあるものの、場所と相手を選ばないのはネックである。
………分かってて、なんなら結末まで予測したうえでやってきてと言っている所もあるのが更に問題だったりもするんだけどね。双子にあれ呼ばわりされているの、段々分かってきてしまった自分がいてなんとも言えない、微妙な気持ちになる。
まあそれはそれとして。こほん、と咳払いをしてから、俺はキール君が持つ絨毯に手を伸ばした。
「今回は古来からの方法に頼るとしましょう」
「ふむ?」
「染物ですわ、シルラーズ。バジルの葉の染物です」
「………曰く。魔女はバジルの絞り汁の三分の二を呑んで空を飛ぶ、か?」
「あれは、ただの言い伝えではなかったのか?魔女は特にそのようなことをせずとも空を飛べるだろう」
「レクラム。魔女にも個人差があります。何も意識せずに空を飛べるのは、大魔女の部類ですよ」
俺の妹のような存在であるスターズや、その娘であるツァイトちゃん。彼女たちであれば………特に、万有引力を司るスターズであれば、自在に空を駆けることは可能だろう。
メラビアンはどうだろうか。あの子も随分と長いこと生きている魔女だ、多分空を飛ぶ術法くらいもっているだろうね。
うん。そうなると俺が知っている魔女たちは全員、空飛べてますね。知り合っているの三人だけですけどね。
「………ええ、その筈です。私の知り合いは皆、飛べそうですが」
月夜の宴、そして神秘と古き血を持つ乙女たちを思い出しながら、思わず苦笑する。これではレクラムちゃんへ行った説明が間違っているようではないか。
そういうものか、と呟いているレクラムちゃんが思考に没頭するため視線を地面に向けると同時、俺たちの会話の行く末を見守っていたフランダール会長が声を上げる。
「なるほど、染物か。場所の確保………いや、それよりも先にバジルを買い集める必要があるかぁ?キール、準備すんぞ、手伝え」
「あいよ」
「………お?んだよ、キール。開口一番生意気な口利かなくなったじゃねぇか、少しはイブ姫達と打ち解けたか?」
「違ぇわ!!無駄な体力使いたくねぇだけだっつの」
「ほーう。成程なぁ」
「何だよその視線、気持ち悪ぃな………あー、あと頭取。さっき買った絨毯、持ち主探すよう指示出しといてくれ。お転婆姫が持ち主の元に返したいって言ってんだ」
「持ち主だぁ?なんだ、あれ盗品商から買ったのか」
「ああ。………盗品だってことを認めもしねぇ。マジで胸糞悪い店だったよ」
父と子のように、フランダール会長とキール君が歩いていく。
ああ、あの姿良いな。ちょっとだけ羨ましいかも。瞼を閉じて、その光景を淡い煙の光景へと変えると、シルラーズさんやレクラムちゃん、そしてミールちゃんに向かって言葉をかけた。
「私たちは一旦宿へ戻りましょうか。魔法を併用するにせよ、絨毯を染めるにはそれなりのスペースが必要ですから」