閑話、商店にて
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という事でまずやってまいりましたのは、自由都市グレミアの中にある小さな道具屋。因みにお店が小さいのと、大した用事でもないのでフランダール会長とシルラーズさんは喫茶店でお留守番です。
さてさて、わざわざ買い物をする理由だけど、無から有を生み出すのは魔法でも難しいので。ことを善く進めさせるためにも、準備をする必要があるのだ。
ちなみに道具屋といっても俗にいう古い物品を回収、販売する現代で言うところのリサイクルショップに近いものであり、そもそもとして物資に余裕のないこの時代の都市にはこのようなものは割と多く存在していたりする。
まあ日本、とりわけ江戸時代では着物から尿に至るまで多くを再利用していたことは知られているけれど、西洋世界ではそこまでのものではなかったのはこちらの世界でも同じ。
ペストやらコレラが中世ヨーロッパで流行った原因の一つが、そのし尿や人糞の処理の仕方であったとも言われているからね。あくまでの原因の一つだけれど。
代わりにその人糞が火薬の原料になったのだから、どこで何が繋がるか分からないけれど………さて。
「この辺りがいいかもしれませんね」
あまり広いわけではない店内で、俺が立ち止まったのは一枚の大きな布の前だった。
「………絨毯だ?なんでそんなもん買うんだよ、お前」
「勿論、使うからですわ、キール君」
「どうやって使うんだよ………ただの布だろうが、これ」
「あら。そう思いますか?」
確かにこのままではただの絨毯なのは間違いないけれど。忘れていないかな、俺は魔法使いですよ?
「ご主人、これを頂きたいのですが、いくらでしょうか」
店のカウンターの前で椅子に座ったままパイプを揺らしている男性店主の方に振り替えると、値段を尋ねる。
手に持った回覧板から顔を上げると、面倒くさそうに応対する。
「………ああ、それか。どっかの貴族の屋敷が立て替えで壊すってんで、その際に売り払われたモンでな、高級品なんだ。銀貨二十枚でいいぞ」
「嘘つけ、この絨毯の模様は東の王国で作られた量産品だろうが。銀貨三枚で十分だろ」
「黙りな物を知らん餓鬼め。いいか、ここは俺の店だ、売り物の値段は俺が決める。気に入らねぇなら別の店に行きな」
「はぁ?商人の風上にも置けねぇやつだな。そもそもなんだその態度、売るつもりあんのか?」
「まぁまぁ、キール君。私たちはただのお客でしかありませんし、経営に口を出すべきではないのではないでしょうか。ご主人の言い分は間違いではありませんし」
「………品物の価値を不当に変えるのは、売り手として最悪だろうが。客が神なわけじゃねぇのは分かってる、だけど客を下に見ていい売り手は居ねぇんだよ。買い手も売り手も互いの利益が噛み合って初めて商売は成立する―――だからこそ、互いを尊重すべきだろうが」
キール君、商売に関しては本当に真剣だよね。嫌っている筈の俺が泊まる宿にしても、危険だっていう情報を手に入れたうえで二番目に良い宿をきちんと手配してくれたわけだし。
そんな彼からしてみれば、やる気のないように見える店のご主人の商売に対する姿勢っていうのはどうにも我慢できないんだろう。
けれど、店主である彼の言い分は正しい。店の値段を値切るという行為は基本的は通らないし、正当な権利ではないのだ。
そもそも俺は商売に詳しくないというのもあるし、こういう場合キール君のために、何もできないんだよね。でも、うーん………キール君の言葉も決して間違ってはいないからなぁ。
「ふむ。ちょっとどけ、キール。私に見せろ」
と。キール君を押しのけて絨毯の前にやってきたのはレクラムちゃんだ。押しのけてというか足を轢きながらというべきか。
「痛ぇ?!!」
「我慢しろ、男だろう」
「関係ねぇよ車椅子にお前の体重込みで足を轢かれたら誰でも叫ぶわ!!」
「うるせぇ俺の店の中で騒ぐんじゃねぇ!!!」
カウンターに腕を叩きつけて叫ぶご主人の言葉も何のその。全く意に介していない様子のレクラムちゃんが、絨毯にじっと顔を寄せると何事か納得したように、数度頷いた。
そして車椅子をターンさせると、カウンターの方に向けて視線を向けた。
「―――盗品だな、これは」
「………は、はあ?!何を適当なこと………」
「元々、それなりの重量を持つ家具が上に載っていたんだろうな。ランプ台か鏡だろうが、それを上に乗せたまま無理やりに引き抜いたせいか絨毯の面に傷が残っている。取り壊すのであれば先ず鏡などはどかすし、そもそもとして量産品とはいえ絨毯はそれなりに値が張る―――わざわざ傷をつけて売ろうという酔狂な人間はいないだろ」
淡々と指摘するレクラムちゃんの言葉に、俺の背後で警護しているミールちゃんが小さく笑った。そして、そのまま耳打ちをしてくる。
「商人ではなく盗人か。はは、衛視に通報すれば即刻この店は取りつぶしだろうな。イブ姫、呼んでくるか?」
「いいえ。不要でしょう」
レクラムちゃんの指摘のおかげというべきかな、この場をうまく収めることは可能だろうから。勿論、盗品を売りさばくといった行為をしている以上はご主人にはどこかで報いが来るだろうけれど。
とはいえ、衛視は呼ばないにしても手助けくらいはするべきだろうね。
「そんなもん、ただの言いがかりだろうが!!!これは盗品じゃねぇ!!!」
「ああ、嘘の匂いですね。ふふ、ご主人、私は魔法使いなのですが」
静かな微笑を浮かべたまま、一歩ご主人の傍へと近づく。
「嘘を暴く魔法、とりわけ悪徳な商売を行うものに対してよく効く魔法というのもあります。そこまで自信がおありのようでしたら、是非試してみますか?」
「………糞が………」
「キール君。後の交渉はお任せします」
「は?………おう」
耳元でそう呟くと、一歩身を引く。代わりにキール君が前に出て、ご主人との交渉を始めた。
「こいつの魔法はよく効くぞ、試してみるか」
「………銀貨三枚でいい」
「盗品の癖にか?」
「銀貨二枚!」
「一枚」
「………ッチ、それでいい………」
懐から銀貨を一枚取り出したキール君は、カウンターに叩きつけるようにして置くと飾られている絨毯に手を伸ばす。
そして、それを丸めて持ち運びながらご主人に向けて言い放った。
「真っ当に商売しろよ。最後に後悔すんのは自分だぜ」
………俺たちは、元盗品の絨毯を手に入れた。
***
「絨毯を返す必要が出てきましたね」
「持ち主の特定などできるわけないだろ、無理だ無理」
「やってみなければ分かりませんよ?」
「そもそも盗まれた物をどこのだれか分からねぇやつが届けに来ても気持ち悪いだけだろ」
「………そういうものですか?」
ううん、ちょっと納得できなさげだなぁ。レクラムちゃんとキール君に阿保かと言わんばかりの視線を向けられるも、首を傾げる。
「でも、大切なものであるならば返ってくるのは嬉しいのでは?」
「あくまでも絨毯だからな。―――そもそも、それが盗まれる時点で持ち主が無事であったということも少ないとは思うが」
カーヴィラの街を基準にすると勘違いしてしまうが、決してこの世界の治安というのは良いものではない。俺がカバーを纏って護衛を引き連れて移動しているのは、治安の悪さに対抗してのものだ。
そもそも商人の大移動の際には隊商が手配されていたり、傭兵という職業が普通に存在していたりするのだからその辺りは押して図るし、と言いますか。
もう、この絨毯の持ち主がこの世にいない可能性も高いわけだ。
「遺品を使うっていうのも気分は良くねぇけどな」
「いや、元持ち主が死んでいると決まってもいないが」
「………あー、埒が明かねぇよ。俺が会長に言って、フランダール商会で持ち主を探しておいてやる。生きてたら返すか、金を払う。死んでたら、墓か遺族に金を渡す。それでいいだろ」
「そうですね。助かります、キール君」
「………別にお前のためじゃねぇ。で、だ。その絨毯をどうするんだよ」
照れくさそうに頭を描くキール君。根はいい子なんだよね、フランダール会長の言う通り。
微笑ましい様子にうんうんと頷きつつ、絨毯の前に立った俺はそれを指さして、そのままその指を空に差し向ける。
「魔法の絨毯を作ります。これで、空からこの街を見下ろしましょう」