ヴェヒター
……うーむ?
結構困り顔だった。
中途半端な笑みを浮かべて……これからどうしようか迷っているようだ。
あんなイケメンの割に、意外と女性と接することは少ないのかな?
まあ、イケメンだから女慣れしている、なんて相場はないのだし。
というかそれじゃただのチャラ男じゃねーか、という話である。
「たいへんそー」
心の中で思った通りの言葉を、実際に口に出して、現状を表現する。
ま。俺がああやって持て囃されることは一生ないだろうし、他人事として見守りますかねー。
「ん?」
あれ、王子様がこっちを向いた。
すると、ものすごーく驚いた顔をしていた。
……?俺の顔に何かついてるだろうか。
ま、いっか。
軽く愛想笑いをして、窓から離れる。
なにせ、見られていてもどう反応していいかわからないからね!
振り向いて歩き出そうとする……と、振り向いた拍子に髪が顔に当たる。
……長いよ。
つーか邪魔だよっ。
「うっとうしい……」
パサっと手で髪を払い、今度こそ案内板を探しに彷徨ったのだった。
……どこー、案内板ー。
***
「……綺麗な」
とても、綺麗な人だった。
それこそ、御伽噺にでも出てきそうなほどに、美しい少女。
この僕―――ヴェヒターは、素直にそう感じていた。
今の僕はただのヴェヒターとして、この学院に通っているのだが……どうも、噂というものはすぐに広まってしまうらしい。
学院での最初の一年間は、静かに過ごせたのだが……二年目となると、どうも身分等もばれ始めてしまうということか。
……厄介だな……僕はこういったやり取りは苦手なのだが。
国にいた時は、メイドのヒールが冷たい眼光で射竦めてくれていたし、領地にまで入って来ようとする野次馬はそうはいなかった。
まあ、たまにはいたが。
「ちょっとごめんよ」
「あの、少しだけお茶でも!」
「ごめん、急いでるんだ」
何故だか―――あの少女に惹かれた。
まるで月夜の妖精のように美しい、あの少女に。
――――ヴェヒター・ルブト・ガミア・シュタイルハング。
この男の名前であり……そして、とある国の、第一王子という身分を持つ、魔術師である。
しかし、まだこの二人の間に縁はなく。
この王子と、マツリとが出会う物語は、また今度―――。
***
「……というか、ロの字なんだから、ひたすら直進すればいずれ曲がり角に当たるじゃん」
そう。すごく当たり前の事なのだ。
このショッピングモール並みに広い校舎を馬鹿みたいに歩き回るのではなく、ただひたすら同じ方向に突き進み続ければ、角には当たるはずなのだ。
……角に当たったからどうした、というなんだけどね。
でも角まで行けば案内板の一つくらいはあるよね。
「まあ、感覚的にそろそろありそうな気はするんだけど」
結構あるいたし。
道草もしていたけど。
だって気になる建物がたくさんあるんですもの!
窓から見える中庭も、いい風景で思わず見入ってしまうしなー。
外観からして、イギリスはロンドンにでもありそうな建物をしているが、やはり中もすごいのだ。
まあ、病室から出てすぐでも、柱の彫刻で驚いていたから、わかってもらえているとは思うけど。
両脇に等間隔で、俺が驚いたような、精巧な彫刻が施された柱があり、床は継ぎ目がわからないくらい細かく敷き詰められた石のタイル。
一階は全体的に開放的だったけど、二階はちょっとだけ建物感が増した感じがするなー。
窓枠が大きめだからだろう。
一階は建物ではあるのだが、二階よりも柱が太く、そして長く……回廊かな、どちらかといえばそういう方が正しい。
もちろん雨風は吹き込まない構造にはなっているけれどな。
そもそも外側にもう一つ建物あるし、相当横殴りに雨が降ってきたとしても、校舎内がビショビショになることはないと思うけど。
まあ、一階も重要そうな部屋があるところはしっかり覆われていたし、扉もあったから問題ないんだろうけど。
「お、噂をすれば案内板……」
宙にふわふわと浮かぶ案内板を発見した。
現在地にはちゃんと赤い丸が記してあって、分かりやすい。
助かるわー、現在地分からないとほんと困るから、助かるわー。
……別に、俺は方向音痴なわけじゃないよ?ほんとだよ?
「あ、反対方向にある」
現在地のロの字の角は……えーと、水の広場って書いてある場所か。
俺は今そこにいるのだが、図書館は真反対にある土の広場という場所にあった。
かなり巨大らしくて、案内図に映っている建物の中でも、最も大きく場所をとっていた。
……いいなー、それだけ大きいということは、さぞかし様々な図書が並べられているのだろう。
楽しみだ、速く行きたいぜ。
問題は、反対からだからかなり遠いということか。
校舎広すぎー!生徒は本当に、どうやって移動しているんだか。
「むう。風の広場の階段から出てきたから……左じゃなくて右に行ってればもうついてたのか」
選択ミスである。くそう。
ちなみにだが、広場の位置をそれぞれ解説しますと、左上に火の広場。右上に水の広場。
左下に土の広場で、右下に風の広場となっている。
四大元素なのか、四大妖精なのか……どっちがモチーフの元になっているかはわからないが、まあ四つの属性で別れているんですなー。
さっき水の広場に、水瓶をもった女の人の像があったけど……そんな風にして、広場ごとに像があるのかな?
まあ、行ってみればわかるだろう。
あと、階段は四隅と真ん中にそれぞれあるようだ。
さっき上ったけど、なんか独特の形をしていたからかなり記憶に残っている。
俗にいう……螺旋階段?
こう、ぐるぐると上に向かっているあれだ。
初めて上ったが、面白いものだなー、あれ。
歩いているだけで徐々に上がっていく景色。
下を見れば、まるで吸い込まれそうな錯覚を覚える、遠のいていく地面が見え、見上げれば遠く見える二階の屋根がぐんぐんと近づいてくる。
ちょっとした非日常だよねー♪。
堪能しました、はい。ああいうの好き。
「さて、と。歩くかねぇ」
左手の杖を右手に持ち替えて。
ずっと同じ方で持っているとちょっと疲れるよなー。
たまに持ち手を変えてみたりするといいよね。
あ、バスケットは杖の先……パイプの先をうまく使ってひっかけております。
うん、いい使い道です。……これ怒られたりしないよな、多分。
やや杖に失礼な使い方をしている自覚はあるが、まあ自分のものだし大丈夫だろう……とあたりを付けてみる。
そんなこんなを考えながら歩いていると、ようやく半分程度に到達。
廊下から階段が見えていた。ここも螺旋階段でした。
「でも残念。建築には詳しくないんだわー」
手すりとか物凄く細かい装飾あるし、見る人が見ればいろいろ気づくこともあるんだろうが。
俺には凄いなー、程度の感想しか持てないのです。
さあ、気を取り直して歩きましょ。