情報収集
聞くことは既に決まっている。誰が、何人、どんな経歴を持っていて、何をしに街にやってきたのか。もしも何かしらの罪を負っていた場合、その人物の犯罪歴はどうなっているかとか、だね。
街から街へ移動すればどんな犯罪を持っていても犯罪者ではなく一般人として扱われる、というのは中世ヨーロッパにおいて起こりえることだ。それだけ街と街には情報の隔絶があり、権力の違いがある。
自由都市はそれそのものが一つの国にも近い構造をしている。ある都市で犯罪を犯す、或いは税から逃れて追われる身となっても他の都市に到着し、そのままひと月程度暮らせばお咎めなしになることも多いのだ。正確にはお咎めなしっていうかバレなくなるだけである。
とはいえだ。それでも歴史に残るほどの重罪を犯したり、余りにも顔や名が売れている有名人だったりすれば完全に逃げ切ることが出来ない場合もある。また街が受け入れた後で、受け入れた人間が犯罪者だったと発覚する場合もある。
後者の場合はすでに街を発っていることが多いけどね。街同士の争いとか揉め事とかは回避したいっていうのが実際のところだし、別の街から犯罪者の引き渡し要求があればそれに応じるのが普通である。逃亡者の旅はこうして続くわけだ。まあそれはともかく。
「四か月前………ああ、丁度そのころ、遠方からやってきた商人が街にやってきたなぁ」
「前に衛視所から貰った資料通りだな」
「資料?」
「一週間ほど前に中年の男がやってきたはずだ。あれは私の親父でな」
「ああ、確かに………いや、それなら資料を見ればいいんじゃないか?」
「資料だけではどうしてもわからないことがありまして。こうして直接出向いたのですわ」
そうだ。資料の中には記されていない情報というのも多々あるものである。それから、まあ………俺は魔法使いだからね。
文字の羅列以外からも、情報というものは引き出せる。勿論、まずは言葉から情報を引き出すけれど、ね。
「その商人について教えていただいてもよろしいかしら?」
「いや………街に入る際の事務処理をしたのは私だが、あんまり詳しくは知らないんだ。かなりの大金を稼いでいることは知っていたが」
「大金か。人を売るのは効率がいい………そいつは奴隷商か?」
「何人か奴隷を抱え込んではいたが、それを売っているってわけではなさそうだったなぁ」
「おい、おっさん。積み荷の中身はなんだ?大金ってなら香辛料か貴金属の売買が主体になる………どっちも税の管理上絶対確認するだろ?」
レクラムちゃんの背後からキール君が顔を出し、会話に参加する。
商人であるキール君ならば、確かにこういう場合に知識ある人として有用な意見が聞けるだろう。
「おい、キール。私の頭の上に顔を出すな、汗臭い」
「く………臭くねぇわ!!身なりは整えてるっつの!!」
「キール君の体臭はさておいて―――それで、積み荷はどうでしたか?」
「ちょっと待ってくれ、今記録を辿るよ………ごく普通の食料や鉄資源、木材が大部分だったみたいだね」
「街に入る前に重税を課される品物をどこかにやったのか………?いや無理だろ、ここは妖精の森に近いんだぞ」
キール君がぼやく通り、カーヴィラの街に隣接しているあちらさんたちの住まう領域、妖精の森はこの地域において非常に広範囲を占めている。
その領域内に只人が迷い込めば大体の場合、碌な目に合わないのが確定しているものだ。その森を汚そうとするものにも、当然報いが待っている。
商人であればまず立ち寄らない。盗賊の縄張りを突っ切る方がまだましと言わしめるほどに、あちらさんと怪異が渦巻く濃密な魔力漂う森というのは人の常識から離れているのだ。
そう言った理由からこの近くの自然に何かしらを不法投棄すれば、当たり前のように呪われます。人を捨てても駄目です。最悪怪異に変じて復讐しに来るよ?
「………奴隷の容貌を覚えているか?」
眼鏡の奥の瞳を細めたレクラムちゃんが、静かにそう問いかける。
「彼らの姿かい?そうだなぁ、いろんな種類の人がいたけど………特徴的だったのは全身傷だらけの大男かなぁ。それから少し変わった剣を持っていてね。確かグラディウスとか言ったかな」
「む。そうなると、そいつは奴隷兵士か?カーヴィラを進攻しようとした国家が使役していたことがある。戦ったこともあるぞ」
「用心棒として買い取られた口だろう。他には?」
「殆どが労働者としての奴隷だったけど、そういえば………一人だけ変わった少女がいたよ」
「それも奴隷か?」
レクラムちゃんの問いかけに、衛視所のおじさんが考え込む。そして暫く経ってから、小さく頷いた。
「多分ね。女の子の君たちの前で言うのは気が引けるけど………」
「娼婦か。さもありなん」
「ま、有り得ん話ではないな」
「………明け透けすぎんだよなぁ」
ミールちゃんとレクラムちゃんのどうでもよさげな反応に、キール君が呆れていた。
まあ、それよりもである。
「変わったというからには、ただの奴隷娼婦とは違う印象があった、ということでしょうか」
「そうだよ。まず、厳重に守られていたんだよ。で、一番頑丈な檻に閉じ込められていた。それから………」
そこで衛視さん視線が、俺の顔の方に改めて向いた。何かを確認しようとしている様子なので、魔法使い帽子を取ると小首を傾げてその様子を見守った。
「君に、少し似ていた気がする。容姿がってことじゃなくて、なんというかな………」
「雰囲気や印象が、という話か」
「そう、そうだ。ただ、君ほど生気は無くて、薄い印象だった」
「―――成程。分かりました、ありがとうございます」
胸元に抱えていた帽子を改めて頭の上へ。
そして軽やかに一歩下がり、カーテシーで一礼すると、ミールちゃんに目くばせをする。
俺の考えを読み取ってくれた彼女が、銀貨を数枚、衛視さんの手元へ滑らせた。
「とても、参考になりましたわ」
「いやいや役に立てたなら良かったよ。所で、お嬢………お姫様は、何者なんだい?どう考えても、普通の身分ではなさそうだけど………」
「普通ですわ。普通の―――魔法使いです。ふふ、それでは」
***
「それで、何が分かったんだよ、魔法使い」
「寧ろなぜ何もわかっていない?頭を使え、キール」
「ぐ………」
「………」
あ、ミールちゃんも分かってないですね、これ。いや、というか二人の反応の方が正常で、レクラムちゃんの頭の回転が異常すぎるだけである。
普通なら、魔法使いを始めとした秘術に精通した人間にしか種と仕掛けが分からなさそうなのに。
「私はただの人間だからな、詳しい原理は分からないが………商人が連れてきた奴隷が怪異発生の起点となっている。そうだな、イブ?」
「ええ。レクラムの言う通りです。気になされている原理についてはまだ推測なので語れませんが、それもこれから宿の周囲を調べることで話せるようになるかと」
「………どっちの奴隷が原因だ」
「正確に言えばどちらの奴隷も原因ではありませんよ。恐らくですけれど」
「迂遠な言い回しだな」
「私は魔法使いであって、探偵ではありませんから。犯人という概念はあまり好きではないのです」
何よりもまず、真相も真実も確定してはいないからね。迂遠な言い回しをするしかないのだ。
ミステリーを鮮やかに解決するようなことは俺にはできないし、向いてない。一歩一歩確実に詰めていくだけである。
さて。それじゃあ一旦、シルラーズさんたちと合流しようか。