下準備
「そうそう。言い忘れていましたが、実は私には連れがいるのです」
カラカラとなるのは車輪の音。車椅子を引く俺の手には、車輪が石畳の上を転がることで発する振動が伝わってきていた。
背後からの強い視線にそろそろ耐えかねて、ネタ晴らし………というのは違うかもしれないけれど、まあ隠していたものを明かそうと思ったのである。
ミールちゃんの視線、物凄く圧力があるんですよ。軽く殺気ではないですかこれ?
カバーを纏っている俺がカバーにそぐわない行動をしていることに対して怒っているのか、それとも殆ど俺の一存で彼女を連れ歩いていることに対する怒りか。どちらも原因俺なので殺気を向けられても仕方ないかなぁとは思っています、ごめんなさい。
「背後に二人か」
「あら。分かっていたのですか?」
「お前の距離の取り方が、背後に人間がいるような感じだった。魔法使いだ、存在を隠す秘術を扱っていても不思議ではないだろ」
「私の行動で露呈するとは。頭のいい方には隠蔽の魔法は完璧ではないのですね」
探偵に秘密は暴かれるもの。まあ、道理と言えるかもしれないね。
勿論もっと効果を強くすれば完全に隠せるだろうけれど、そこまでするものではない。そもそもの目的が囮としてのものだったからね。囮捜査をする必要がなくなった時点で、魔法は解除してもよかったのです。
なのになんでここまで魔法を継続して発動してのかといえば、レクラムちゃんが居るので解除するタイミングをなくしただけだったりする。
………まあ、二人だけではなくて、足元に濃く広がる陰の中には水蓮がいるんだけどね。注視すれば影が波打っているのに気が付く。基本的に人嫌いなところあるから、カーヴィラならともかく他の街だとあんまりこの仔出てこないんだよね。
それはともかくとして。指を軽くならせば、背後の二人にかけていた隠蔽魔法が掻き消える。後には茉莉花の匂いが薄く広がり、消えていった。
「イブ姫、車椅子を引くのはお前の仕事ではない。変われ、キールに」
「はぁ?!なんで俺なんだよ!!」
「お前が一番暇だろう。私は護衛だ、有事の際に剣を抜けなければ困るのでな」
「………一応言っとくと、俺は暇じゃねぇからな」
うーん、姿を現した途端口喧嘩である。いや、消していても喧嘩していたんだけどね、見事にそりが合わないなぁ。
「おい、貸しやがれ」
「申し訳ないわね、ありがとう」
「………」
無言のまま俺からレクラムの車椅子の取っ手をひったくるキール君。それと同時に、レクラムちゃんがジト目でキール君に大してぼやいていた。
「お前、丁寧に扱え。振動が伝わって尻が痛くなる」
「運んでもらっててなんだその言いぐさ………分かったよ、その目止めてくれ」
温度が感じられないどころか常に阿保かこいつみたいな目をしているレクラムちゃんだけれど、そんな彼女がジト目をするとさらに眼から感じる視線の強さが増すよね。
視線の圧に直接当たらないように顔を背けながら、キール君が丁寧に車椅子を押し始めた。ふん、と息を吐くとレクラムちゃんが前に視線を戻す。
ふむふむ、そうかそうかー。
「お二人、相性良いみたいですね♪」
「どこをどう見たらそう映るんだよこの阿保魔法使いが!!」
「………キールとやら、耳元で大声を出すな、うるせぇ」
「どいつもこいつも………ったく………それで?俺たちはどこに向かってんだ」
「街の門です。ちょっと確認したいことがありまして。衛視さんに言えばきっと、簡単に解決しますわ」
実地検証する前に、集められる情報は集めておきたいからね。乗り込む時間は夜だけれど、その前に宿周辺の捜査や万が一の際に周りの住人に被害が及ばないように結界を張っておく必要もある。
あまり時間はないんだよね、意外と。宿の中の方の基本的な情報はシルラーズさんたちが集めてくれると思うけれど、外でしか入手できないものはしっかりと俺たちがやっておかないと。
例え、今から行うことが情報の裏取りだとしても、やることはやることである。目的と問題点を明確にすることは大事だよ、大体の場合はね。
「私にはわかってきたぞ、魔法使い。お前が名簿を欲しがった理由もな。私がいたほうが役に立つ、連れてきてよかっただろ?」
「良かったかどうかは私が特に言えることではありませんが………ええ、でも確かに。既に知識を頭の中に蓄えている方が居てくださった方が、何かと捗るのは間違いないでしょう」
そもそも情報への対価であると同時、俺にとってはお客さんに近しいところがあるレクラムちゃんだ。連れてこなければよかったなんて言うつもりはない。
連れていくのは必然、そして無傷で帰すのも必然だからね。
………さて、そんな風に雑談だか喧嘩だか分からないやり取りをしながら街の中を進んでいると、昨日入ってきたばかりの門へと到着した。
街と外を繋ぐ大門は開け放たれており、衛視さんがその門の前で警備をしていた。門の脇に設置されている通行管理所では、昨日も受付していた方が同じように仕事をしているのが見える。
うん、俺の目的は彼なのだ。手早く済ませるとしましょう。影から取り出した帽子を頭の上に乗せると、通行管理所の小窓に顔を覗かせた。
「こんにちは、衛視さん。仕事中申し訳ありませんが、少し聞きたいことがありまして。よろしいですか?」
微笑を浮かべつつ、小窓の向こう側の衛視さんに尋ねる。
服に少しだけ残っているのは休憩中に吸ったのであろう煙草の匂い。手元には街への入場を許可したことを示すための大きな判子が置かれていた。
勿論その隣には許可証の紙そのものもあり、俺達もあの許可印を押してもらった紙を常に持ち歩いている。つまり、街に入場する全ての人間は彼の前を通っているわけだ。
………いや、交代したりもしているだろうから、全員は誇張しているかもしれないけどね。
「お、おお………勿論だよ、何でも聞いてくれ………」
「イブの胸を見すぎだぞお前」
「あら」
「す、すまない………!」
俺は特に気にしないんだけどね、うん。俺の胸は人並より大きい自覚は………まあ………あるし………視線が集まるのは仕方がないのかもしれない。
男はおっぱいに目が行くものですからね。俺は元々は男だけどね。つまりこの無駄に膨らんだ胸は大胸筋なのかもしれない。うん、そんな訳はない。
背も伸びれば、胸だけ膨らんでいるっていう違和感も消えるだろうけれど、そうもいかないのが呪われた体の厄介な所である。
「構いませんよ、男性ですものね。それよりも―――四か月前にこの街に入場した方たちについてのお話を伺いたいのです」