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等級定義


成程、騎士階級かー。

………まあそういわれても何のことか分からないよね、俺も良く分からない。という事で小さく首を傾げつつ、階級自体についての質問をしてみた。


「怪異の等級定義ってどんな種類があるのかしら」

「ふむ。そうだな、偶には学院の教授らしく講義もしてみようじゃないか―――待て、君は知識を引っ張り出せるのではなかったか」

「出来るけれど、折角なら教えてもらいたいわ。折角当代最高と名高い魔術師が目の前にいるんですから♪」


向かいの机の椅子に腰掛けているシルラーズさんが、やれやれと言わんばかりに額に指を置く。


「期待の眼差しというやつだな、君の本質は本当に変わらない。カバー程度では揺らがないか」

「千夜の魔女に侵食されても大して性根が変わっていないのだからな。振り程度で変質するものか」


そう言いながらミールちゃんがベッドに座っている俺の背後に来ると、そのまま髪を櫛で梳かし始める。

後屈するように頭を後ろに向けると、ミールちゃんが顔を背けながらぼそりと呟いた。


「いや………ミーアのやつにな。手入れを代わりにしてやれ、と」

「あら。ふふ、助かるわ」


こうしていると、客観的に映るのはお忍びで出かけているどこかの令嬢という風景なのでカバーによる詐欺はとんでもないと思うが、まあそれはそれ。

必要な手段は当然のこととして、賢い手段も取れるのであれば取るべきだ。これはそういう類いの物。

この世界は秘術という概念がある。現代ではストーカーによる超小型カメラによる盗撮とか、コンセントに仕込ませた盗聴器とかが見つかって事件として取り上げられていたりもするけれど、そう言ったことはこの世界でも起こりうるのだ。

遠視、透視―――千里眼といわれるそれら。或いは使い魔による視界共有で物理的に監視することもあるし、水晶玉を利用して遠い場所の風景を浮かび上がらせることもできる。

秘密を守るために魔法や魔術を用い、その上で仮に防御を突破された場合でも問題の出ないよう見られてもいいようにしておくのは、防衛能力の低くなりがちな出先では取らなければならない手段なのだ。

と、それはともかく。シルラーズさんの方を見ると、まだかなーという表情で体を揺らす。後ろのミールちゃんにすぐに頭抑えられたけど。


「求められて悪い気はしない。よし、いいだろう。講義を始めようか………さて」


シルラーズさんが再びワインの中身を飲み干すと、立ち上がる。

そして懐から紙を一枚放ると、それが空中で広がってホワイトボードのように俺の前に展開された。

微かに魔力の匂い………材料に魔力を込めた繊維を混ぜ込んだ、言うなれば魔紙というものだろう。多分、あれに適当にルーンとか書けばそれだけで魔術が発動できる。

軽いものなら浮かせることもできるだろうし、凄いこれものすっごく便利な奴だ。


「黒板がないからね、これで代用させて貰おう。まず、イブ姫。君はソロモン王という名を聞いたことがあるかな?」

「ソロモン王、ええ。私の知っている彼と合っているかは分かりませんが………魔神を従えた偉大なる王様、という点は相違ないのでしょう?」

「そうとも。かつて繁栄を極めた人間の国の王。千夜の魔女との戦争が終わった直後にあたる、古い時代に興された国家をその魔力と権力、そして智慧で統べた魔術師さ」


ソロモン王。俺の世界では色々な創作で引っ張りだこの有名な王様だよね。

曰く、七十二柱の魔神を従えた、古代イスラエルに置ける三代目の国王。王であり、偉大な魔術師としても有名で、ユダヤ教を信奉する敬遠な神の僕でもある。

また、いろんな魔導書を執筆したことでも知られているけれど………これは俺の知っている、俺の世界でのソロモン王だ。


「ソロモン王の小さな鍵、即ちゲーティア。そして魔神を従えるという指輪。これら多くの秘宝を持つ彼の王だが、一応は人間の括りに収まる存在でね。血を残しはしたが、寿命によって王は死に、その後国も亡びた。その後継たる国はあるがね」

「成程。強力な力を持ちつつも、人としての人生を生きて終えたというのは………幸福な結末だと思います」

「君が言うと言葉に重みが出るな」

「あら。私、一応まだ年齢通りの人生しか送っていませんよ?」


ま、それはどうでもいいことだけれど。見た目と精神の年齢が一致することなんてまずないし、価値観も違うからね。


「話を戻そうか。彼の王の死後、使役されていた七十二の魔神は封印から解き放たれ、自由を得た。中には人と争う者もいたが、そう言った手合いは再び封印されたか、対処しきれず逃がし、どこかで今も生きているかのどちらかだ」


シルラーズさんが指を振るうと、紙の表面に図面や絵柄が浮かび上がる。そして幾つもの魔神の影が人を脅かしている様子も見て取れた。

………あれ、この様子はもしかして。


「シルラーズ。もしかして、ソロモン王の魔神というのは元々………千夜の魔女の創造物なのかしら?」

「ああ。大戦時に千夜の魔女に作られ、従った存在と同一だよ。何百も生み出された魔神の中で、ソロモン王という魔術師に封印されたのが七十二柱存在し、それらがソロモン王の魔神と呼ばれるようになった」


正確にはソロモン王()魔神も千夜の魔女の創造物だった、というべきか。

仮にも千夜さんの作った怪物を己の力の裡に収めるあたり、本当にソロモン王という魔術師は強かったのだと理解できる。


「そして、だ。このソロモン王の魔神たちにはそれぞれ階級があり、分類が行われている。七十二柱以外にもその序列はあったようだが、今は殆どが滅びているため文献にも情報がないのが現状だ」

「ソロモン王の魔神の階級―――あら。そういえば、七十二柱の中で騎士階級に相当するのは一人しかいませんでしたね」


序列五十番、地獄の騎士と呼ばれる魔神、フルカス。幾つも存在する魔導書でも、騎士階級という記述があるのはこのフルカスしかいない。けれど、此方の世界ではソロモン王の魔神以外にももっとたくさんの魔神がいて、多くは大戦時に滅んでしまっているんだろう。

だからこそ、騎士階級の魔神はフルカスしか残っていない。皮肉にも封印され、使役されたからこそ後世に名が残ったのだ、因果なものである。

俺の独り言にも近い言葉に頷くと、シルラーズさんが解説を続ける。


「我々魔術師は、このソロモン王の魔神に与えられた階級を怪異や呪いの等級分類に当てはめているのだ」


指を鳴らし、紙面が切り替わる。

現れたのは三角のピラミッド………いや、ヒエラルキーか。


「まず最下層に存在するのが伯爵階級。その上にあるのが、騎士階級」


ヒエラルキーの最下層とその上に文字が浮かび上がる。


「その上、侯爵(マーキス)公爵(デューク)


更に侯爵と公爵。この二つは懐かしき日本語の音だと同じ読みだからちょっと分かりにくい。


「大公と、王。総裁は少しヒエラルキーから外れるため、等級付けの際には外している。分類不可能な特殊な怪異や呪いはこれをつけることが多いな」


最後、頂点に二つの文字が浮かび上がり、ヒエラルキーが完成した。総裁階級は三角ピラミッドの外に文字が書かれており、恐らくはその他扱いなんだろう。


「当然のことであるが、怪異の騎士と魔神の騎士では同じ等級であっても脅威の次元が違う。怪異の王階級ですら、魔神の伯爵階級に並べるかどうかといった程度だ」

「魔神というのは本当に強かったのね。プーカや水蓮なら会ったことがあるのかしら」


足元の影を見るが、反応はなし。うん、多分会ったこと無いんだね。

プーカはどうだろう。あの仔は魔神相手でも引けは取らないだろうけれど………。


「それでも只人にとっては怪異の騎士階級というのは死神に等しい。滅びぬ呪いの肉体を持ち、物質に干渉できるのだからな。魔術師とて並の存在では返り討ちに会う可能性が高い」

「魔神の方が異常なだけで、世の中の基本的な敵は怪異と魔獣だものね。そもそも騎士階級に相当すること自体、稀なのかしら」

「その通りだ。低級怪異は兎も角として、階級付きの怪異など昔ならばいざ知らず、今の時代ではそう生まれない」

「………だからこそ、ね?」

「そうとも。だからこそだ―――この街で騎士に相当する等級の怪異が生まれた、その事実そのものが異常事態。関わるならば、気を引き締めてかからなければならないよ。分かっているかな、イブ姫」


シルラーズさんの言葉は忠告であり、そして願わくば俺に手を引いてほしいということなのだろうけれど。

ごめんね、こればっかりは性分なので。しっかりと頷くと、シルラーズさんの眼を見て心を伝える。つまり………。


「分かりました。気を付けるわ―――なにかあったらフォロー、お願いね?」

「まったく。いいとも、もう好きにしたまえ」


溜息と共に、紙が折りたたまれる。小さくなった紙を指の隙間で掴み、懐に入れるとシルラーズさんが近づいてきて、俺の頬に触れた。


「後は情報を得てから再度話し合おう。まずは睡眠だ、魔法使いにも魔術師にも休息は必要だからね。ゆっくり休むといい。もし眠れなければ、子守歌でも歌ってあげよう」

「シルラーズの子守歌は気になるけれど、大丈夫です」

「ミール。お前はイブ姫と一緒に寝なさい。そのほうが安全だ、勝手にどこかに行かれなくて済む」

「む。一理あるな、分かった」


俺の印象がどんなものなのかがわかるやりとりだよね、ちょっと悲しい。


「ふむ。後は何か緊急事態があれば魔術で叩き起こす。良いね」

「ええ………シルラーズ。おやすみなさい」

「おやすみ、イブ姫」


お眠りのキスを頬にして。

今日はここまで、息をかけてランプの灯を消した。さあ、シルラーズさんの推測では騎士階級に相当する等級を持つという怪異。

どのような存在なのか、しかと確かめることといたしましょう。


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[一言] 伯爵より騎士の方が強かったのか
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