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凶悪なる怪異



………出る、とは?

そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろうが、キール君は自分の頬を掻くと説明を補足してくれた。


「出るって言っても幽霊なんかじゃねえぞ。この街だって抱えている魔術師はいるんだ、その程度なら掃える」

「そもそもこの街はカーヴィラからほど近いからな。幽霊で怯えるものもいないだろう」

「………あの、私は幽霊さんに出会ったことはないですけれど。この世界では一般的なのですか?」

「一般的とは言えないが、有り得ない事象ではない。霊魂が現世に留まってしまっただけのことだからな。まあ、モノによっては妖精………君の言うところのあちらさんになるわけだが」


あれは相当にやらかしていないとならない類ですので。

………ああ、ジャック・オー・ランタンのことだ。ハロウィンで飾り付けられる顔が彫られた南瓜をそう呼ぶけれど、あれらは人間が霊魂と化し、長い時間をかけてあちらさんへと変じたもの。勿論のこと彼らにも伝承とは異なる起源というものはあるけれど、この世界で新たに生じるジャック・オー・ランタンは悪人が彷徨っているものであることが多々ある。なので、大体は道を迷わせて来る悪い子たちです。

逆に古くからいるジャック・オー・ランタンの場合は道に迷わせることは少ない。純粋な妖精としての感性を持っているため、悪戯程度はするけれど。

あちらさんも、人と同じように生きている。寿命こそ違うけれど、彼らもまた生物だ。故に、こうして古い時代のあちらさんと新しい時代のあちらさんというのが混在している。妖精の森のプーカは最早太古に分類されるものであり、神秘というのは古いほど強力なのであの仔があれだけ強い理由もわかるよね。


「話を戻すぞ。この街一番の宿は街の小高い丘に立っている、セキュリティも景観も抜群な宿なんだけど―――ここ数か月、急に怪異が現れて宿を利用した人間を殺しちまうんだと」

「………そりゃあ物騒だなぁキール。それ、情報の裏は取ったのか?」

「当然だ、頭取。付近の人間に話を聞いた上で宿の人間にも事実を確認した。事件が起こり始めた最初の頃は宿もそれを隠してたみたいだが、頻発するようになって隠しきれなくなって、今じゃこの街じゃかなり有名な話になってるよ。俺達みたいな旅をしている人間には伝わらねぇがな」

「ふむ。それが事実だとすれば、巣食っている怪異は相当危険な部類に入るな。怪異が人に害成す例は数あれど、ここまで明確に敵意を持ち、人間を殺そうと蠢く類のものは並の魔術師では対処しきれない可能性がある」


煙草を口に咥えたシルラーズさんがそうぼやく。

確かに怪異というやつはそもそもが人間に敵対的だ。だけど彼らはあくまでも人の思念や動物霊などといった原始的な感情の力、欲望などといった黒い感情と魔力が結合することで生まれるため、性質的には受動的になり易い。その場に留まって訪れた人を襲うとか、呪うとか。

或いは個人に執着するとかだね。生霊の様なものが怪異の発生原因だとすれば、個人に付きまとう怪異も生まれるけれど………それでも、無差別に殺人を行う怪異というのはあまり数がいないのだ。通常の怪異の範疇では、だけれど。


「自我を持ったのかしら」

「可能性は高いだろう。………ふむ」


怪異は人の思念や強い負の感情を食らって更に力を増していく。大抵は途中で魔術師や魔法使い、時にはあちらさんによって駆除されてしまうけれど、時折運良く誰にも見つからずに育つ個体がある。

そうなった怪異は厄介だ。元々呪いと呼ばれていた程に面倒ごとを引き起こし、害を撒き散らす怪異だけれど、育ち切って呪いを纏い始めると、存在しているだけで呪詛を撒き散らし、大地にも人にも悪影響を与える存在へと変じるのである。

場合によってはその感情の基となった存在の感覚、思考を模倣し、疑似的な自我を獲得―――原始的な魔術すら扱う個体も出てくる。これは滅多にないことではあるけれど、全く無いわけではない。

うん、勿論そんな呪いの塊………千夜の魔女の亡霊ほどじゃないけれど………が街の中に居れば、この街の人だって安全とは言い切れなくなるだろう。

整理した情報に対しそう頷くと、視線を上げた。それと同時、シルラーズさんが口を開く。


「よし、ミール」

「なんだ?」

「イブ姫を抑えておけ」

「うむ、任せておけ」

「え?なんでかしらちょっとミール後ろから持ち上げないで離して?」


シルラーズさんの指示によって即座に俺の背後に回り込んだミールちゃんが、俺をお姫様だっこ形式で持ち上げる。

そんなに軽くはない俺を軽々持ち上げ、尚且つ体幹を一切揺らさないミールちゃんに感嘆しつつも、それはそれとして抗議の声を上げる。


「ちょっと、シルラーズ?納得のいく説明を………」

「いや、なに、簡単な事さ。君が今の話を聞いてどうしようとするかなど、深く考える必要もなく理解できる」

「じゃあ私が解決しましょう―――だろ?分かりやすいんだ」

「………そう、ですけど」


抗議が抗議になりませんでした。俺の思考パターン、完全に把握されてますねこれ。

そうだけどさぁ、すぐに解決しに行こうとしてたけどさぁ。


「ある程度以上に目立つのも、君自身が危険に晒されるのも避けたいのでね。悪いが今回はじっとしていてくれ」

「………むぅ」


静かに溜息を吐いて不満を伝える。


「学院長、逆効果だぞ。こうなればこのお馬鹿姫は、例え拘束したとしてもそれを抜け出して一人で向かうだろうからな」

「成程。それも確かだな。しかも自力で抜け出せるだけの力があるのがさらに面倒だ」

「………あの、お馬鹿姫って………」

「なんか言ったか」

「いえ。なんでもありません」


もう既に姫が敬称じゃ無くなっちゃってるよね。否定しないけどね………。


「おいおい、ちょっと待て!まさか、その怪異を追い払いに行くつもりじゃねぇだろうなぁ?」

「フランダール会長、悪いがこれはこのイブ姫の悪い癖でね。人助けをせずにはいられない困った性分なのだ」

「もちろん迷惑はおかけしません。私一人でやりますので、大丈夫ですよ?」

「………そうはいかねぇのが商売なのよ、お姫さん。ったく、仕方ねえなぁ………お前ら準備しとけ。それからキール。交渉の用意もな」

「ま、マジで言ってんの?」


何事か指示を出し始めるフランダール会長。言葉を聞くに俺の勝手な動きを手伝ってくれるらしいけれど………。


「え、しかしフランダール会長。それは申し訳ないですよ、私の独断ですし」

「アンタを助けんのが契約だからな。乗り掛かった舟よ、高ぇ金は貰ってるしな―――それに、ここで恩を売っておくのは悪い事じゃねぇ。良いから存分に俺たちを使えってことだ。勿論そこのキールもな。情報集めくらいの役には立つぜぇ?」


果たすべき責任を示し、そこに含まれた好意を無碍にするのは気が引ける、というかやってはいけないことってやつだろうか。

片眼を閉じて笑いかけてくるフランダール会長に微笑み返し、その申し出を有難く受け取る。


「感謝します、フランダール会長。ではキール君、その宿は現在、営業のほうはどうなっていますか?」

「は?いや、待ってくれ。そこの魔………姫さん、自分と全然関係ない宿の怪異を払おうとしてんのか!?」

「ええ。だって誰かがやらなければ皆さん困ってしまいますでしょう?」

「………マジで、意味わかんねぇ」


天井を見上げたキール君。呆れたような表情だけど、君までそんな顔するのは辞めてほしい………俺が変人みたいではないか。

魔法使いとして、人を助けるのは当たり前のことなのだ。俺が特別おかしいわけではありません。


「これがこの少女の在り方でね。悪いが手伝ってもらおう」

「お人好しめ、今度説教してやる」

「ほどほどにお願いね、ミール」


さて!じゃあ事件解決をするためにも………まずは腹ごしらえと、情報の確認だ。


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