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冒険者の宿


***




「あ?キール、この宿か?」

「ああ。………んだよ、別に手を抜いたわけじゃねぇ。格としては一歩劣っちまうが、安全を取っただけだっつの」


そう言いながらキール君が見るのは、今晩の宿。

年季の入った木造建築はよく海外のゲームで見るような分厚い木の板を何枚も重ねて建てられた重厚な作り。頑丈そうだが、それ故に武骨だった。


「姫様を泊めんのにこの宿はなぁ………冒険者御用達の部類だろ」

「冒険者か。実質的に荒くれもの共と宿を共にするのは勘弁してもらいたいところだが」

「私は構いませんよ?楽しそうですし」

「駄目だ。君は何かと厄介ごとに………いや、この話はいい」

「あ。ところでシルラーズ」


人差し指を立てると右頬に当てる。そして、シルラーズさんに質問をした。


「冒険者ってなにかしら?」

「―――そうか。君は膨大な知識を備えているためつい忘れてしまうが、この世界に来てからまだ一年と経っていないのだったな」

「ええ。さらに言えば、街から出たのも初めてです。………冒険、者というのは騎士達とは違うのかしら?」


ファンタジー世界では当たり前すぎてスルーしてしまいそうになるが、本来冒険者や冒険者ギルドっていうのは現実世界に由来するものではない。

いや、ギルド自体は中世に存在していたけれど、冒険者なんて職業は当然無いし、職がなければその職業に就くものが集まるギルドも設立されない。

この世界は魔法のような秘術が発達していて、それ故に一部の技術はかなり先行しているものの基本的には中世ヨーロッパの時代に沿っている。例えば、銃があり火薬はあるけど殆どが昔ながらの黒色火薬で、リボルバー形式を除けば自動装填される機関銃といった類の連射可能な銃は発明されていない。(黒色火薬及び、その黒色火薬の燃焼速度を調整した褐色火薬に変わる無煙火薬が作られるのは1890年代ごろのこと)

黒色火薬は割と暴発することもあるとかなんとかで、銃自体が高級品の金食い虫、魔術師が魔道具として銃筒を使うくらいで火薬をそのままその状態で用いる存在は少ないとかなんとか。まあそれはともかく。

そんな歪な発展をしている世界ではある物の、俺の知っている歴史にある程度は忠実なこの世界で、冒険者という言葉が出てくるのはなかなかに強い違和感が発生するのである。


「騎士は基本的に国家、或いは都市に従う物であり、都市の周辺程度の管理、維持、防衛が仕事となる。そしてフランダール会長のような商会は商人向けの用心棒………傭兵システムを持っており、それを個人対応することもあるが、あくまでも旅路の護衛が依頼限度だ」

「金をたくさん積まれれば多少の無茶も通すがねぇ。それでも通せるもんには限りがあるってのも事実ですわ。今回も割とギリギリですぜ?」

「………迷惑を掛けます」


冗談交じりではあるけれど、本音も混じっているんだろうなぁ。

これだけの人数をかけて護衛されているのだ、商会には相当の負担をかけていることだろう。


「魔法使いの癖にこんな常識も知らねぇのかよ痛ェェェ!!!」

「キール。無知を解消しようとしてる人の背に唾を吐くんじゃねぇ。それは自分に帰ってくんぞ」

「………わぁったよ、頭取」


分厚い皮膚で覆われた拳骨がキール君の頭をぶん殴りました。………あの、暴力は駄目ですよ?


「さて。この通り騎士や商会には動ける範囲と受けられる依頼には限度がある訳だ。だが、この世界には野生動物や盗賊たち以外の脅威が幾つか巣食っている―――分かるかな、イブ姫」

「………あちらさんの悪戯、という訳ではなさそうですね。となると、魔獣や怪異ですか?」


俺の言葉にシルラーズさんが頷いた。


「千夜の魔女の忘れ形見、この世界に遺した大いなる呪いの一つ………と言われている、怪異。それと実際に千夜の魔女が生み出したものが時代を経て種として定着した、人を食らう化物である魔獣、魔物。これらは呪的資源の豊富なカーヴィラだけに現れるわけではない」

「怪異に関しては、千夜の魔女は直接関係ないと言っておきますが、魔獣ですか。成程………」


怪異は魔力の淀み、溜まりに人や動物、時にはあちらさんたちの思念が干渉して発生する生物ならざる存在だ。俺のお客さんにも、情念からこれを纏わせてしまった女性がいたね。

魔力の結晶なので在り方としては水蓮たちあちらさんに近いのだけれど、大体が獣欲と悪意のままに動き、様々な害を齎す。古くはこのことを呪いと呼び、不可思議な事象を引き起こす厄介な存在として知られている。

俺の世界でも様々な時代に現れたという、良く分からない造形とどうにも分類のできない怪物たちがいたと思う。例えばレ・ファニュの吸血鬼カーミラの一説に登場するような白い腕や、近世だと光るものを集める不定形の泥の塊であるスライムとか。

その辺りと同一だと思ってくれればいい。まあ、元を辿れば神やら悪魔やらに繋がるものもあるけれど。

さて、それに対し魔獣というのは、かつてこの世界で発生したという、世界を呪う厄災たる千夜の魔女と人類を始めとしたこの世界で生きる者の闘争の最中に、千夜の魔女本人によって生み出された無双の怪物たちだ。

例えば強大なる名を持つ無数の魔神、例えば膨大な魔力によって編まれた悪しき精霊(ジン)、例えば本来の龍種を模して造られた大いなる悪龍、例えば炎を、氷を纏う巨人の群れ―――人の天敵としてデザインされた、千夜の魔女の落とし仔たち。

多くは討伐され、それが無理な存在は封印が行われ、時には戦線から逃げ出し、長い年月をかけて魔獣という種に変化した。原種に比べれば種として定着した魔獣は弱いというけれど、鍛えていない人間では何の準備もなしに出会ったらその時点で終わりである。


「大きくは動けない騎士たちの代わりにそれら魔獣を討伐し、護衛するのが主な仕事の方たち、ということですか?」

「大体はそれで合ってるな。だが、あと盗掘家という注釈も入れておけ、イブ姫」

「どういうことですか、ミール。………盗掘家とは?」


首を傾げつつシルラーズさんの方からミールちゃんの方へ首を動かせば、宿の中に意識を向けていたミールちゃんがこちらに視線を動かした。


「千夜の魔女本人、或いはその魔獣たちの中で特に高度な知性を持つものはかつての大戦時に、世界各地の宝物や千夜の魔女が生み出した呪いの秘宝を自らが生み出した迷宮の奥深くへと隠しこんだ。冒険者はその名の通り、冒険と銘打ってその立ち入らなくていい場所に踏み入り、厄介ごとを引き起こすのだ」

「だから盗掘家ですか」

「墓荒らしといってもいいな」


ミールちゃん、昔冒険者たちとなにかあったのかなぁ。結構当たりが強いよね。


「ま、シルラーズ学院長や騎士さんの言う通り、基本的に品の無ぇゴロツキと思ってくれていい。あんまり関わらん方がいいわなぁ」

「そういうことだ。くれぐれも気を付けてくれよ、イブ姫。………無理そうだが」

「その辺りに関しての信用のなさはどうにかしなければと思ってはいます」


思ってるだけじゃなくて治そうとも思ってはいるんだけどね、無理そうだよね。ごめんなさい。


「………いつまでも扉の前で喋ってねぇで、中入れよ。話なら外じゃなくていいだろ」

「待て、キール君。私たちはなぜこの荒くれ者たちが集う宿に泊まらされるのか、理由を聞いていない。高い金は支払っているのだ、明確な理由がなければ―――」

「だーから!!それも含めて中で話すっての!!どちらにしても俺たちが止まれる一番安全な宿はここしかねぇ、文句言ってねぇでさっさと痛ェェェェ!!!!」

「お客さんに喧嘩腰で話すんじゃねぇ。………ったく。悪いな、だが立ち話してても具合は良くねぇ。ここは一旦中に入って貰えねぇか?発生した損益はうちで補填するからよ」

「ふむ。分かった、その条件ならばいいだろう。イブ姫、悪いがそうしてくれるか」

「私はまったく何も構いませんよ?この宿に泊まるのでも全然良いですし♪」

「守りにくい、却下だ」


それにしても、キール君。本当に魔法使いや魔術師が嫌いなんだなぁ。

人の好き嫌いはどうにもならないし、嫌いな人や物に対してはどうしても感情的になってしまうのは人の性なので気にしないけれど。

………でも、俺が千夜の魔女の肉体を持っていると知られたら、大変なことになるかもしれない。理由もなく嫌っているわけではないのは確実なので、その根っこをどうにかできればなぁとも思うけれど。


「お前なぁ、今回は感情的過ぎる。普段のままに出来ねぇのか?」

「………無理だ、頭取。俺は………」

「相手は大切なお客さんだ。お前の身の上は知ってるがな、俺は商会の長だ。行動が過ぎりゃあ処罰せにゃならん。いいな?」

「………おう」

「フランダール会長。私たちは気にしませんよ」

「そうはいかねぇのよ、イブ姫。商会の品位に関わるからな」

「難しいところですね。でも、暴力は駄目です。男性とはいえ、要らない傷は付けるべきではありませんから」

「優しいなぁ、惚れちまいそうだ。………冗談だぞ?」

「ふふ、ええ」


にこりと微笑むと、くるりと身をひるがえし集団の先頭に移動する。そして、宿の扉に手をかけた。


「では、初めての宿へ!」


重い扉を、開けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] キールぅぅぅぅ
[一言] ほんといったいどんなわけがあるのか
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