お姫様、出発?
「豊満な身体ツキ………いいワネ………」
「胸触りすぎではー?」
下着姿になった俺は、デザイナーさんに体のあちこちを触られていた。うーん、不通に遠慮がない。
まあ、遠慮がないといっても触り方にいやらしさは何もなく、単純に造形を確かめているという職人気質なものなので恥ずかしさとかもあんまり感じていないんだけどね。
ほらあれですよ。お医者さんに胸を曝け出すのと同じ感じ。
「うン!!やはり、貴女には壮麗な服が似合うワ。けれど、品がないのは駄目ネ。宝石は主張しすぎナイ程度、移動しやすさを考エテ、靴はブーツがいいかしラ」
もう頭の中で俺の服装が思いついたらしい。先程まで服を放り投げているかのように引っ張り出していたデザイナーさんの腕が、迷いを一切無くして動き出す。
まず渡されたのはダークブルーの色彩、ゴシック的な雰囲気を纏う上下一体型のワンピースドレス。
下の方にはシースルーのフリルが付いていて、胴体部分を留めるボタンには幾つかの宝石が密かに縫い付けられていた。
「靴下は、長いほうがいいかしラ。好みはアル?」
「いえ、特にはないです。なんでもいいですよ」
なら、と頷いたデザイナーさんが服の山に腕を突っ込むと、出てきたのは太ももまでのニーハイソックス。これもまた刺繍が入っていてなんとも品がいい。
そして一緒にひざ下までの真っ黒な編み上げブーツも渡された。デザイナーさんとミールちゃんに手伝ってもらいながら全部の服を纏ってみると、ゴスロリというイメージがピッタリなお嬢様が出来上がっていた。
「なんか、違和感ない?大丈夫?」
「うむ。似合っているぞ。しいて言えば、口調が少しな。前と同じようにやってみろ」
「そうヨ、カバーだもの。口調を変えるのは、当たり前ヨ」
「………本当に、変えないと、駄目………?」
あれ恥ずかしいんだけどなぁ………。
うーん、本当にカルマの法則ってやつあるんだなって。身から出た錆、己の行動は必ず自分自身に帰ってくる………と。
法則である以上、これを司る魔女もいるんだろうけれど、もしどこかであったら法則からの抜け出し方をこっそり教えてもらおうかな。
「駄目ヨ」
「仕事だからな。しっかりやらねば」
「………ふう。分かったよ。どんな性格設定がいいかな?」
「特に指定はナイけれど、優しさと厳しさを内包するお嬢様、かしらネ」
「難しいこと言うなぁ。指定通りになるか分からないですけど―――いいわ。力を貸してもらった手前、全力で取り組まないと失礼だものね。ええ、やりますよ」
少し斜め上を向いて、ツンと澄ました表情でそう言い切る。
まあ、やれと言われれば。そしてやらないと駄目なんだと言われれば、当然やるよね。仕事だもの。迷惑をかけるわけにもいかないし。
俺の感じる恥ずかしさは俺だけの感情であり、俺が受けた依頼のために排除すべきであるのならば、簡単に目を瞑れる程度のもの。強いて言えば、お嬢様の口調、仕草、振る舞いっていうのはあんまり慣れていないからどこかでボロが出そうっていうのがあるけれど―――。
「ん………あら?」
頭蓋の中で香りが咲いたような、そんなイメージ。
”魔女の知識”が解禁され、お嬢様的な仕草の一般情報が流れ込んできた。え、魔女の知識ってそんな情報まで入っているの?知識のジャンル、謎すぎやしませんか。助かりますけどね。
深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き切ると表情を引き締める。さあ、カバーだからね、途中で剥がれたりしては支障が出る。気合入れないと。
「どうした、何か問題でもあったか?」
「いいえ。なんでもありませんわ。デザイナーさん、ご協力に感謝いたします」
「アラ。あらアラ、不思議ネ。カバーの演技の秘訣を教えようと思ったのニ、もう出来るようになっているなんテ。………魔法使い、私の故郷にも不思議な力を持つ者がいたけれド、貴女は輪にかけて変わっているの、ネ」
「変わっているとは最近よく言われるけれど………まあ。否定はしません。手間が省けたと思って頂戴な―――さて、ミール。行きましょうか」
「ああ。………別人のようだな、演技の才能もあったのか、お前」
ないよ。知識の暴力でごり押しているだけだしその知識も借りものだからね。
演技は嘘とは違うけれど、それでも俺は得意ではない。腹芸とかは性に合わないのだ。それはともかく、着替えも終わったことだし、この場所を出ようと思って立ち上がると、
「ア、待って」
「はい?」
鋏と霧吹きをもったデザイナーさんに呼び止められた。
「髪、整えるワ」
………デザイナーさんが謎の散髪技術を用い、俺の暴れん坊なくせっ毛が見事なストレートラインになりました。
その技術、今度普通に教えてもらってもいいですか?
***
「ほう。成程、こう変わったか。髪の違いもありもう普段の君とは区別がつかないな」
「自分でもそう思います。この口調には、まだ慣れませんけれど」
木箱から出てきた俺を見て、殆どの人が唖然とする中、シルラーズさんは平常運転で俺の容姿を見分していた。
うーん、いい意味でもブレないのがシルラーズさんなので、流石である。
「お嬢様っつうよりはもう姫様だな。どうだい、動きにくくはないかい?」
フランダール会長の言葉に頷く。
「ええ、大丈夫です。デザイナーさんの実力は本物ですね、見た目と実用性を両立させています」
「おい頭取、こいつ誰だ、完全に別人じゃねぇか」
「世界ってやつは広いからなぁ。こういう技能をもつ人間っていうのもいるんだよ。こう、別人に成り代われるやつとかな」
「………いえ、私はあくまでもカバーであって、表層をごまかしているだけですので」
内心は前と同じであるという点は大事だからね。
あと半分以上人間ではないんだけど………いや、まあ、いいか。
「んじゃ、嬢ちゃん………姫様の準備も終わったことだし、出発するとしようか」
「あら。フランダール会長の方はもう準備が終わっているのですね」
「そりゃな、顧客に待たされることはあっても待たせたら商会の名折れってやつよ」
力強く両手を叩いたフランダール会長。それを合図として華美にならない、けれど所々に意匠を凝らすことで品位を保った馬車が現れる。馬車の窓にはぼかしをいれた硝子がはめ込まれており、どこからどう見てもやんごとなき身分の方が移動に使うような上等な馬車だと理解できた。
まあ、今回大事なのは中に乗っている人がそういう身分の人であると理解………正確には錯覚………させることなので、こういった馬車が登場することに驚きはしないけれど、それでもこの工作にかけられているお金を創造するだけで少し意識が飛びそうになる。
「それでは姫様、お手を拝借」
「ありがとう、ミール」
先に馬車に乗り込んだミールちゃんが俺の手を引き、優しく馬車に誘導する。
馬車の中は通常使われる馬車よりも随分と広く作られており、座席もお尻が痛くならないように革張りのものになっていた。完全な上位貴族使用じゃないですか。いくらカモフラージュのためとはいえ、俺なんかが使ってはいけない部類のものじゃないかなぁ。
あくまでも俺は一般人、庶民だからね?前の世界でもこの世界でも、その点は変わっていない。
とはいえ、だ。これしきの事でカバーを崩すわけにもいかない。座席に凭れ掛かると、特に何も思っていないですよと言わんばかりにすまし顔をして、眼を閉じる。
「王族御用達、発条付き、高安定性の最新馬車だ。乗り心地はどうかな、姫様」
「素晴らしいですわ、フランダール会長。手配してくださり、ありがとうございます」
発条付きときたか。うん、やっぱりお高いのだろうなぁ………。
いいや!気にしない気にしない。これは必要経費と割り切るんだ。勿体ないと投資を中途半端に抑えることで、より大きな面倒を抱え込むことなんてよくあるんだから。
安全策のためにはある程度の資金投入は必須なんだ。
ということで。
「準備はいいかな、イブ様」
「………ええ、シルラーズさん」
「そのカバーを使っている間は呼び捨てにしてくれ。そちらの方が違和感がない」
「ではシルラーズ。行きましょうか」
護衛のため、御者台に乗り込んだシルラーズさん。鞭を入れると、馬車がゆっくりと進み始めた。
………初めての、街の外。不安もあるし、仕事の過程だって自覚もあるけれど。
「少しだけ、楽しみね………」
晴れ空の下、旅路へと動き出す。