”カバー”を纏う
「ねぇねぇミールちゃん」
「………なんだ」
「俺、前に会っているってこと言わない方がいいのかな?」
「む」
怒り心頭の表情から一瞬で騎士の顔に戻ったミールちゃんがそれとなくシルラーズさんに視線を向ける。
シルラーズさんは一瞬だけこちらを向いて、唇に人差し指を一本置いた。
成程、秘密ってことですね分かりました。と、すると一つばかり困ることがあるのだが、それはどう解消しようか。
………俺、名前言ってしまっているんだよね、最初に出会ったときに。
同名の別人と思う確率の方が高いだろうけれど、一応の不安点ではある。
「さて。改めて今回フランダール商会に手伝ってもらった訳を説明しよう。君たち商会には―――彼女をとある街まで送り届けてほしいのだ」
そう言って俺に指をさしたシルラーズさん。彼女、と表していることから多分俺の名前は殆どのフランダール商会の人には伝えていないのだろう。
恐らく伝えた情報は魔法使いであるという事だけかな。とにかく名前は伏せておこう。単純な嘘、という点に限れば俺はあまり使いこなせないけれど、人を守るための嘘ならば許容範囲内ではあるので。
「こほん。では改めて。初めまして、お二方」
「彼女の名前は―――イブ。この街に住まう数人の魔法使いの内の一人だが、今回は秘密裏に街を出なくてはならなくてね。偽りの情報と身分、そして交通手段を求めて君たちを頼ったのだ」
「成程?まあ、うちの商会は小石から宝石、はたまた化石まで。或いは死体から聖者まで、なんでも運び、なんでも届けるがモットーだからねぇ。当然それらすべても用意して見せるさ」
「………頭取、いいのか?まあアストラル学院の学院長はともかく、あいつの方だ。この街に魔法使いがいるなんて聞いたことねぇ。こいつ、危ない犯罪者とかじゃないのか?」
中らずとも遠からずぅ………。
ええ、半分以上人間ではない、千夜の魔女の肉体を持つ魔法使いです。というか今回俺はイブって名前で通っているらしい。まあ、うん。ボロを出さないように気を付けないとね。
とりあえず俺の不安を一瞬で解消したシルラーズさん、流石ですね。
「犯罪者だろうがうちの商会は金を貰ったなら送り届けんだよ。つうか犯罪者護送の仕事もやっただろうが」
「………そうだけどよ」
犯罪者護送ということは、捕まえた重罪人を別の都市や別の街、流刑地や死刑場に送り届けるという仕事か。当然そういった手合いの仲間が襲ってくる可能性があるので、危険な仕事であることに間違いはないだろう。
凄いことしてるなぁと感心していると、耳元に小さな違和感を感じた。
そっと耳元に手を当てると、おやまあ。
「マツリ君。聞こえているか。聞こえていたら二回連続で瞬きをしてくれ」
シルラーズさんの声が聞こえてきた。
魔術による骨伝導の通話。本当に器用だなぁ。感心しつつ、瞬きをした。
「よし、聞こえているならば結構。先も言った通り、今回君の名前はイブだ。その名で過ごし、変装を施したうえで街を出ることになる。フランダール商会の会長である彼にだけは君の情報を最低限ではあるが伝えているため、彼の誘導に乗ってくれると有り難い。ミールにもこれは伝えておいた、安心してくれ」
「………」
ふと考えて、ローブの中の小さなふくらみに手を当てる。
そして軽く叩くと、霧を纏った風が一瞬だけ揺らぎ、漂った。
「分かりました。助かります、シルラーズさん」
アーモンドの支配元素である風。それを用いた、声を風にしてそのまま直接相手に送り届ける魔法だ。
ほんの手品みたいなものだけれど、あれば何かと役に立つものだなぁ。うん、こういう小技のためにも今度からハーブは持ち歩くようにしよう。
「………君も器用なものだ。魔法を発動させ続けられるかな?出来るのであれば、何か疑問があるときに使ってくれ。いつでも応じる」
その言葉に頷く。
インカムは現代で便利な道具だったけれど、こちらならば秘術でなんとか代用が効く。これでミスをするリスクを減らせるだろう。
「よし、嬢ちゃん!!それじゃあお色直しといこうか?」
「………はい?」
「お色直しだよ、お色直し。用意する情報―――カバーを施すってわけだ、大事なことだぜ?」
「カバーってまるでいい方スパイですねってちょっと?!持ち上げないで?!」
担がれた俺はそのまま貨物の木箱の中に放り込まれる。ズボンを履いていたからいいものの、スカートだったらパンツ丸見えでしたよ。
「おーい、そこの騎士のお嬢ちゃん。着替え手伝ってやりな」
「………ああ」
後ろからミールちゃんが近づいてくる気配がするけれど、それよりもこの木箱の中身に驚いた。
あれぇ、なんで服屋さんみたいになってるんですか、この木箱?
勿論、以前に訪れたショッピングモール内のお店に比べれば天と地ほどの差だけれど、それでも木箱の中身全てが服、それも装飾に宝石が縫い付けられているような高級品ばかりとなると思わず頬がひきつる。
この大きな木箱の中身、総額換算するととんでもないんじゃないだろうか。
「アラ。貴女に似合う服を見立てればいいのね。任せなサイ!」
「………あ、どうも?」
服に紛れて目視はしにくいけれど、よくよく見れば木箱の中には既に先客がいた。
細身の体はエキゾチックな褐色肌、口元にはベールを纏い、髪は濃い金色の髪。
異国情緒………と、この世界で俺が言うのもなんだけれど、そういう雰囲気を漂わせる女性が、俺を見て手を合わせた。
「さっ!!まずは服を脱いでくだサイ!!」
「うん。え、急すぎない?」
折角旅用に整えた服装なのに。ま、暫くは商会に匿われながらの移動になるから服装を変えないわけには行かなんだろうけれど。
俺の場合、ある程度の荷物は影の中に収納できる。自然由来の服ならば中の水蓮も嫌がらないからね。
ああ、鉄類の道具はあんまり多くは収納できない。というかできれば仕舞いたくない。あちらさんが匂いで嫌がるからね。荷物を丸ごと影の中に入れられないのはそれが原因だ。
「マ―――イブ。どうした………む?なんだ、こいつ」
「こいつとは失礼ね。私は荷物の装飾を担当する―――デザイナー、ヨ」
「それ、何かの隠語だったりしません?」
「エエ。役割はカバーの作成、変装の際の着付けと服選び、演技するべき人格を指示する複合職業だし。この曰くつきの街で巨大な商会を率いていれば、こういう事をしなければならない事例もあるのデス。人という名の荷物を運ぶこと、本来の荷物を盗まれないように隠すコト」
やはりスパイ的なあれでは?
日本に独自に存在する総合商社という業種が、世界中に情報網を張り巡らせていることから諜報機関染みているというのは割と有名な話だけれど、このカーヴィラの街の商会もそれに近い形になっているのかもしれない。
物流を取り扱うという事は常に情報とセットだし、情報の危険性と有用性を理解しているという事でもある。
カバー、覆う物。本来、アメリカとかでの意味合いだと外国で活動する諜報員に与えられる偽物の身分だけれど、こちらだと人以外にもカバーという用語は使うらしい。
なお、今回は俺という荷物、人間にカバーをするわけなのでスパイ用語のそのままの意味で使われております。
「それデ!!………ふむ、フムフム別嬪さんネ?」
「そうだろう、そうだろう」
「なんでミールちゃんが誇らしげなの?」
恥ずかしいよ。
「ネ、そこの騎士さん。このコに合う、カバー。変装はなんだとオモウ?」
「む。そうだな」
ぴく、とミールちゃんの髪が浮き上がった気がする。あれ、なんかちょっと嫌な予感がしてきたんだけど。
「うむ!先日、令嬢のまねごとをしていたな。実によく似合っていた、あれがいい」
「令嬢………お嬢様ネ!!いいワネ、インスピレーションがドンドン沸くわ!!」
「えぇ………」
服の山に頭を突っ込んであれでもないこれでもないと服を物色するデザイナーさん。
頭の上に乗っかった服を取ってみれば、わぁお胸元ばっちり開いたイブニングドレスじゃないですか。他にも巨大なフリルスカートのドレスやら装飾品のティアラやら………。
「因果応報なのかなぁ、これ」
気が合ったのか、楽しそうに俺に着させる服を見分し始めたミールちゃんとデザイナーさんに聞こえないようにそうぼやく。
うん。人を揶揄うものではないね、全部自分に返ってくるじゃないか。くすん。
「さあ、ま………イブ。こっちに来い」
「綺麗にするワヨ!!勿論、仕草も完璧に、ネ?叩きこんであげるワ」
「………はーい」
これもお仕事のため、依頼のため。
観念して、着せ替え人形になりますか―――あれ、最近こういうの多くない?
ばさりと服を脱ぎながら、そう思った。