出立、意外な遭遇
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「おはようございま~す」
「元気がいいな、マツリ君。おや、影の中には水蓮もいるのか」
「文句があるのか」
「いいや。守護獣としてマツリ君を守って貰えればとね」
さてさて、プーカに留守を任せましてやってきましたるわ、街の通用口たる鉄道だ。杖と帽子は水蓮も潜む影の中にしまい込み、ローブだけを纏った俺の手荷物は前日準備した鞄のみだ。
対し、相変わらずの白衣に火の着いていない煙草という姿のシルラーズさんが俺と水蓮を出迎える。水蓮はシルラーズさんの言う通り影の中で、特に顔を出したりはしていないけれど。
なお。注釈を加えるならば、鉄道にやってきたという表記の通り駅舎にやってきたわけではないというのが重要だったりする。近いけれど遠いというか。
つまりは。
「………うーん。なんで俺たち、貨物置き場にいるんですか?」
「ああ。それはこれから分かる。君を君と分からせるまま街の外に出させるわけには行かないからね」
「あれ?俺、そんなに多くの人の目についている気はしないんですが」
「もしもの際の防衛策だと思ってくれ。この先、君の存在が露呈した際に外出記録を公式に残すわけには行かない。そうなると、アストラル学院は君を守ることが出来なくなるのさ」
………うーん。千夜の魔女の身体を持つ魔法使い、というのは本当にこの世界だと扱いに困るわけだ。
本来見つけたら即処分、位が妥当なんだろうね。それを匿っているのがシルラーズさんな訳だけれど、もしも存在を隠してることがバレて、更に外に出しているなどと言われれば―――アストラル学院で監督するという行為すら、許可されるか怪しい訳だ。
そうならないために、俺という存在が街から出るときは秘密裏に処理することになるのだろう。
まあ俺が勝手に街の外に出るならば話は別なんだろうけれど、今回は依頼による外出で、さらには護衛を兼ねてシルラーズさんやミールちゃんもいるからね。街に出たのか俺であるとは分からないようにしないと、皆に危害が及んでしまうし、納得である。
「あ。ミールちゃんはどこですか?」
「ミールには別用を頼んでいてね。もう来るはずだが。おや、噂をすれば」
「おー。おーいミールちゃ………んぅ?」
くんくん。鼻を動かせば、少しだけ奇妙な香り。
奇妙というか、なんかミーアちゃんものすっごく不機嫌そうな感じなのが伝わってくる。魔力とかも感知できる俺の嗅覚は、感情の起伏も当然分かる。
それでも遠目にしか見えない距離で、意識して嗅いだわけでもないのにそんな感情が伝わってくるというのは相当の事ではないでしょうか。
何があったのミールちゃん。
「ッチ。あっちだ。あそこにいるのがアストラル学院の学院長だ。ッチ」
「うん、凄い。舌打ちがここまで聞こえてくる」
「………待たせた」
「ううん。それより、どうしたのミールちゃん?」
いつもの侍女服風な騎士服………ではなく、本当の侍女服のようなものに身を包んだミールちゃん。最低限の胸当てや服の下に鎖帷子を着こんでいるようなので、恐らくは街の外に出るがためのカモフラージュなのだろう。
匂いで判別した限り、腰に携えた刀剣のほかに太ももに小剣、身体のあちらこちらに投げナイフが仕込まれているようである。
うーん、流石騎士である。武装の用意に抜かりがない。
「………後ろ」
ぽつりと呟いたミールちゃんの背後を見れば―――うん?
「ううん………うーん?」
おや。おやおや?
どこかで見たことあるような、最早懐かしいとすら思うようなそんな顔が二つ並んでいた。
頭の後ろに手を当てて苦笑するのは、おっさんとしか形容のしようのない………いや、やや薄くなった白髪交じりの単発をもつ、ちょっと太め(荒事経験あり)の男性だった。
どこだっただろうか。なんか、こう。絶対に見たことあるし、かなりの印象が残っている筈なのに記憶の蓋が開かないこの感覚。
首を傾げつつ、もう一人の顔に視線を向ける。
………若い少年だ。まくられたシャツの袖から日焼けした肌が覗く、黒髪の少年。
肌はやや筋肉質で、鍛えたというよりは仕事をしていたら勝手につきましたという感じかな。力仕事をしている人特有の感触だった。
あ、前より筋肉ついているなー。………前?
「あっ!!」
「うわ、なんだよ?!」
「おやまあ、なんつう別嬪さんだよ、このお嬢ちゃん。こりゃあ成長したらカーミラ様にも匹敵するぜ?」
―――思い出した、この人たち!!
そう。あれは忘れもしない………忘れてたけど………俺がこの世界にやってきたばかりの初日。
俺がまだこの身体になる前に出会った、双子と仲良くなるきっかけになった小さな揉め事の相手。
「初めましてだな。私はアストラル学院の学院長を努めているシルラーズだ。今回はフランダール商会を巻き込んでしまって申し訳ないな。高額の報酬を支払おう、私たちのために危ない橋を渡ってくれ」
「こりゃあ随分と明け透けにいうじゃないの、シルラーズ学院長。おっと、俺も挨拶はしておかねぇとな。どうも、ただの行商人、フランダールだ。お噂はかねがね、世界最高の魔術師殿」
二人の挨拶の途中、思わず叫ぶ。
「………おっさんじゃん!!あ、うーん。あー………だからかぁ」
だから、ミールちゃんが怒っていたのかぁ。
別に情緒不安定という訳ではないのだが一人で突っ込んで一人で納得している俺に、おっさん………フランダール、えー、会長?の連れである少年が若干引き気味だった。
「………魔法使いってこんな感じなのか?やっぱ頭おかしいんだな」
「―――あ?」
「ストップ、抑えてミールちゃん」
うん。この二人と出会ったのは、そしてミールちゃんと何があったのか。随分と前のことだから改めて復習しよう。
………カーミラ様大好きミールちゃんの前で、この少年がカーミラ様のことを化け物と呼んで侮辱しました。ぶちぎれたミールちゃんは剣を抜いての斬り捨て御免、見ていられず飛び込んだ俺が代わりに殴られることと、フランダール会長とミーアちゃんが場をとりなしてくれたおかげでその時は一件落着したけれど、軋轢は当然残っていますよね、と。
まあ、こんな感じである。
「魔術師に魔法使い………」
「んー」
そういえば、ちらっとだけれど。
魔法使い、魔術師。秘術を扱う俺達にはいい印象を持っていないとかなんとか言っていた気がする。世界は広いし、人はたくさんいるし、人それぞれに意識があるのだからそういう風に思う人っていうのは別におかしなことではない。
俺は特殊な例だけれど、普通の魔法使いとかだって嫌う人は嫌うのだ。分からないものは恐ろしいっていう心理はどこにでもある。
魔術師はともかくとして、魔法使いは数が少なくなってしまった以上、この世界でも魔女としっかりと区別できる人は少ないからね。俺だって魔法使いであり、千の夜の名を継ぐ魔女でもあるのだから。
「あんまり深く突っ込むべきじゃないのかなぁ」
こういう信頼関係っていうのは無理矢理に築くものではない。
何とかしたいと本人が思っているのであれば手を貸すけれど、そうでもないみたいだからね。さて、それよりも、だ。