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不意打ちは照れる




***





「おはようございます」


熟睡できる、と思った本当に一瞬で朝だった。

眼を閉じたらもう次の日だった感覚、あるよね。眠りが深すぎて夢すら見なかったというあれである。まあ、最近の俺の場合は夢を見るときっていうのは特殊な事例ばかりなんだけど。

感応したり、見せられたりとかね。こうなると、普通の夢っていうのはもう長らく見ていないかもしれない。


「あら、おはようございます」

「うん。………シンスちゃん爆睡、水蓮もまだ半分寝てる、と。ミールちゃんは?」


既に着替えて台所に立っているミーアちゃんにそう問いかける。


「朝の鍛錬です。身体を鍛えること、武芸を身に着けることは姉さんの趣味ですから」

「いい趣味だねぇ。身体を動かすのは大事だもんねぇ」

「………マツリさんも行ってきてはどうですか?身体、動かすの大事なんですよね」

「まだお布団が恋しいです」


とはいいつつ、布団を折りたたむと立ち上がる。

運動は大事だけど、身体能力が優れているというわけでもないからね。朝一から慣れない運動をすれば身体を痛めかねないのです。

………いやまあ、別に痛めたところでただの外傷であれば割とすぐに治るだろうけど。

それはともかくとして、そのままミーアちゃんの横に並ぶと何か手伝う事でもないかな、と手を彷徨わせる。


「昨日、料理を食べつくしてしまいましたからね。新しく作らないとです。大変です」

「あはは。そうだね、美味しかったよ。ご馳走様でした」

「………いえ」


俎板の上を包丁が子気味良いリズムを立てて移動する。

玉葱が細かく切られて、器に移された。


「そういえば、玉葱って冷やすと目が痛くならないんだよね」

「ああ、だから冬場は痛みが少ないのですね」

「うん。なんだっけなぁ、えーと」


………そう、硫化アリルだ。玉葱の中に含まれるこの成分が眼やら鼻やらを痛くする原因なので、冷やすとその成分の揮発を抑えることが出来るから痛みにくくなる、と。

そんなことを話すと、ミーアちゃんが心底意外そうな顔した。


「今更ですが、マツリさんは異邦人だったのですよね。見た目と言動と魔法に関する知識から忘れてしまいそうになりますが」

「あー。硫化アリルなんて言葉、まだこっちの世界じゃ出てこないよね」


成分の分析と命名は近代科学の特権だ。

科学というものが発展し、物理現象を解き明かし、人間の体すら元を糺せばただの物質の結合体であると証明したところから、ようやく成分というものが思考の中に入ってくる。

薬草に薬効作用が認められているのは、古くから使われていた数多くの薬草類に、薬効作用を持つ成分が含まれていたから。或いは、セージを始めとして強力な殺菌能力があったから。

でも、それらって近代に入るまでは何故かよく効く不思議なものとして扱われていた。俺のいた世界に魔女が生まれ、魔女狩りが起こったのはこの知識が解明できなかったから、分からないものは踏み潰さなければならないと多くのものが考えたから―――っていうのは、まあ何度もしている話かな?

分からないものを怖がるのは生物の本能だからね。人間の表層をすべて削り取ってしまえば残るのは理性ではなく本能なのだから、中世という極限状況においてはそういう風に嫌悪するのは、まあ………おかしなことではないのだ、悲しいことにね。

そこから理性を取り戻して進化できるのも、人間なんだけれど。


「というか、作ってるのってチキンライス?」

「はい。簡単に作れてお腹にも溜まりますから。栄養もあります」

「炭水化物は強いもんね」


意外も意外、お米自体は西洋にも普通にあるもので………まあそうじゃなきゃリゾットやらパエリアやらは生まれないわけだけど………この稲作をする土地なんて見当たらないカーヴィラの街においても、お米は探せば手に入る。

ま、勿論ながら日本人の気質に合うお米とは全然違うらしいけどね。あとお店とかで取扱う量は、カーヴィラの街だとかなり少ない。この街では、お米の需要が少ないのだ。なので、俺はあんまり購入していない。

そもそも遠方から輸入しているからね。需要は低いにせよ使う人は使うから、常に品薄なのだ。カーヴィラの街では基本的にパンとかパスタっていう小麦粉食材が基本でそちらが溢れているし、まあそっちの方が安いからあまりお金に余裕がない俺はそっちに頼りきりです。

うーん、和食が恋しい………流石に食材は兎も角として、調味料がなぁ。作るにしても、難しいのである。


「さ、そろそろできます。私は中の二人を起こしますので、マツリさんは外の姉さんを呼んで来て貰えますか」

「あれ?俺なにも手伝えていないよね」

「いえ。話し相手になってくれましたから。それにお客様に手伝いをさせるわけには行きません」

「………それでいいなら、いいんだけどねぇ」


頭を揺らしながら、当人がそれでいいっていうならそれでいいのかなーと思う。確かに俺も家に人を招待したら、手伝ってもらうのってなんか忍びないし。

さて。それじゃあミールちゃんを呼んできましょうかね。何せずに立っていただけの台所から離れようとすると、


「ああ、マツリさん。ちょっといいですか?」

「ん?」


呼び止められて、後ろを振り返る。その瞬間、


「………、」


優しく、額に口づけられた。


「………しゅ、くふく………こほん。この位置は、祝福だっけ?」

「はい。旅立つ人への祝福の意味を込めて、です」

「………ありがと、ミーアちゃん。それじゃ、ミールちゃん呼んでくるね」

「はい」


なんで、今日こんな場所で祝福を、とか。額かぁ、とか。

西洋ならこんなことは日常茶飯事なのかなぁ、文化の差にはまだまだ慣れないなぁ、とか。色々と考えて、頬に両手を当てた。


「………あっつ」


―――真っ赤だった。






***






寮から出まして、けれどもこの広大な敷地内。

鍛練用の広場も当然のように設置されていて、ミールちゃんはそこで真剣を丁寧な動きで素振りしていた。

少し遠くから、集中を急に乱さないように気を付けつつ声をかける。


「ミールちゃん。朝ごはんできたよ」

「ああ。マツリか、すぐ行く………なんだ、どうした。耳が赤いぞ」

「なんでもないよ」


知識だけはあるのに、する方なら照れないのに。

される方になるとまさに童貞丸出し感凄くなるのは、あんまり変わってなんだなぁと思った次第です、はい。


「そうか。わざわざ悪いな」

「気にしないで。ミールちゃんの鍛練してる姿とか新鮮だし、いいものが見れたよ」


剣を鞘にしまうミールちゃん。鎧部分を外した、動きやすい騎士服のアンダーウェアを纏ったミールちゃんは、妹のミーアちゃんに比べて身体のメリハリが付いているなぁと思わず考えた。

まあ、それよりもその身体の絞られ方の方がすごいって思うんだけどね。細いのに引き締まり方はアスリートと同じ―――戦うように、無駄な脂肪と過剰な筋肉を削ぎ落した、美しい肉体美だった。

そんな身体を隠しもせずに、俺から受け取ったタオルを首にかけると、部屋に向かって歩き出すミールちゃん。その最中、思い出したように口を開いた。


「む、そういえばマツリに伝えておかねばらないことがあったのだった」

「うん、なあに?」

「学院長からの指示でな。今回、私はお前の旅路についていくことになった。無論、私にもこちらの仕事があるため全てではないが」

「あれ、そうなんだ?因みに、どこまで一緒に来てくれるの?」


騎士としての腕は最高峰で、なによりも信頼がおけるミールちゃんだ。なるべく長く一緒に旅をできるのであれば、安心なんだけどね。


「具体的には、海に出るまでだ。航海に出てからは流石については行けん」

「………それは、かなりありがたいかも。殆どずっとってことだよね?」

「そうなるな。ま、要するに護衛だ。この身に変えてもお前を守ろう」

「あはは、自分を大事だよ?俺が言っても説得力無いと思うけど」


一歩くるりと前に出ると、ミールちゃんに微笑みかける。普通にお願いしますと言おうとして………さっき、妹さんにやられた不意打ちを思い出して、むくむくと悪戯心が浮かんできた。

そうだ、折角だからちょっと楽しんじゃおう。そう思うと、髪を揺らしながら淡く、艶っぽいものに笑みを変えた。

そして一歩近づいてミールちゃんの間近から彼女を見上げる態勢になると―――


「ふふ。それじゃあ、旅の間よろしくね?しっかり守ってくれないと………嫌よ?」

「………お前、なぁ………それはずるいぞ、マツリ」


あ、顔が赤い。照れたんだ。可愛い可愛い、ふふふ。

そんな風に悪戯成功を喜んでいると、ぐいっと腰が引き寄せられ、ミールちゃんの顔がものすっごく近づいた。


「守るとも。命尽きようとも―――我が友よ」

「―――う、え。うん、ありがと………」


………悪戯、返されたかも。

双子に連敗だよ、いや勝つも負けるもないけどさ。そっと目線を逸らすと、再び赤くなった顔を隠した。

ああ、いや。ミールちゃんは本気で言ってるんだろうなぁ。それを言えばミーアちゃんの祝福も本気でやってくれていたんだけれど。


「うん。本当にありがとね」


その祝福に、その誓約に。しっかりと応えないとね。


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