りらーっくす
ま、女の身体になったからって今のところ何か大きな変化あるでもなし。
……胸があるのは除くとして、というかごく一部分がないということも除外として。
あれだよ。生活的なものですよ。
そういった方面ではたいして変わったりはしていないので、今のところ女の肉体だっていうことで実感と呼べるようなものはほとんどなかったりする。
これからもないだろう。ないよね。たぶん。
「無いと……祈ろう」
実感ないということに関係あるのかはわからないが、最初は気恥ずかしかったこの身体も、段々慣れてきたのか特にどうも思わなくなってきた。
今だったら普通にトイレに行けるもの。昨日の今日なのに。人間の適応力ってすごいね。
あ、半分しか人間じゃないんだった。
……うーむ。やはり自分の身体だからだろうか……このセカイで目覚めてから、鏡などでの、自分を確認する機会自体が少なかったりするけど。
でも、自分の物……というか自分そのものになってしまった女児の身体をいじりまわしても、なにも楽しくないよね。
ただ単に、「うわ胸って結構重いんだ……」といった、浪漫のままで済ませておきたかった事実を知ってしまったくらいである。
肩凝るんだけど、これどうにかなりません?
たわわ……という表現がとてもよくハマる、上半身にくっついてる柔らかいお肉を微妙な面持ちで見つめる。
「……?どう、したの。きれい、じゃないほうが、よか、った?」
「いやいや、そういうことではないんだけど」
「……!か、わいい、よ!」
「そっち方面のフォローいらなーい」
ぴこーんとびっくりマークが出たような気がした。
リーフちゃん、言葉足らずに喋る割には、言葉も多いし、頭の周りもはやいようである。
あちらさんだし、そりゃそうか。
本当に子供っぽいあちらさんなんて、それこそピクシーくらいだ。
……今のところ、俺が出会ったなかでは、という話になるけど。
しかし、子供っぽいふるまいをするピクシーたちも、その知識には舌を巻くこともあるという。
決して侮ってはいけない相手なのだ。
侮るも何もないけどね、お友達だし。
「でも。ほん、とに、きれい。だよ」
「そう?自分じゃ実感ないけどな」
あったらあったで、俺はナルシストか、という話になる。
残念だが、俺は自分のことを格好いいとか思ったことはないのだ。
そういえば今は女の身体……いや、話がループしそうなので打ち止めにしておく。
男でも女の身体でも、俺の精神がナルシスト傾向ではない以上、自分の身体を無条件に褒めそやすようなことはないのだ。
でも、人から言われるのはもちろんうれしいのですけどね。
だから今回も結構、内心じゃうれしかったり。
「えへへ~」
内心どころか思いっきり表情に出ていた。
嫌だもう、内心でーとかいったのがアホみたいじゃないですかー。
く……こんなに俺は表情筋ゆるかったか?!
まさか、これが……変わったところなのか……。そういえば、口調が若干だけど柔らかくなったような……気のせいか。
というか。
「―――いや前からだわ」
そりゃうれしければ顔にでますよね。
むかしから表情は善く変わるほうである。
だからポーカーとか苦手なのです。
なに、ポーカーフェイスって。
なんでみんな無表情突き通せるんですか……。
まあ、本来の意味でのポーカーフェイスっていうのは自在に表情を変えられる人の事を指すらしいけど、そっちも俺にはできそうにない。
「あ、血が、ついて、る」
「あーこれかー」
鼻血である。
卒倒したときにこう、ぴちゃっとついてしまったあれである。
そんなに量は無いにしても、そもそも借り物に思いっきり血を付けてしまっていることがいけない。
しっかり働いて返さないとね。
……いや、これクリーニングすれば……あ、クリーニング自体ないか。
むむ、残念。
というかだけど、もしかしたらこれ現実世界のアイデア使えば少しは儲けられるんじゃない?
と思ったが、魔女云々のせいで街を出禁になる可能性が高い俺には無用の長物だった。
「まって、て」
「え?」
「……浄化、を」
鼻血がついた胸元に、リーフちゃんの手が添えられる。
そこから、暖かいエネルギーが流れ込んできた。
……ああ、これが魔力、なのか。
本当に、なんて暖かい―――。
思わず、手を触れて一言。
「……ずっと、握っていたいくらい……」
「え……、え?!」
リーフちゃんの慌てた声がしたが、それよりも、俺はこの魔力から感じる香りのほうが気になっていた。
リーフちゃんの由来そのものである、深い緑の匂い。
身を包むような草木の魔力、その香りを思いっきり吸い込んだ。
「ん~癒されるなー」
「う、うう……」
「うえ?」
リーフちゃんの顔が真っ赤だった。
あ、手を握ったままだった。
「ごめんごめん。つい綺麗だったから」
「~~~?!、あ、う!」
あたふたしたリーフちゃんの手が俺の胸元をかなり弱い力で押すと、そのまま自らの宿り樹であるオークに走っていってしまった。
どうしたんだろう?
「あの、リーフちゃん?」
「…………う、う」
「あー……」
き、嫌われてしまっただろうか……。
そうだよね、いきなり手を掴まれるなんて嫌だよね。
なんとか謝らないと、と思い、リーフちゃんに近寄ってみるも。
「リーフちゃん」
「……う、う」
樹を盾にくるくる回られてしまう。
これでは近づけないぞ……。
というかすごく警戒されてますよね、これ。
うう……失敗した。
リーフちゃんに手を伸ばして、びくっと震えたのをみて、伸ばすのをやめた。
「ごめんね……」
「あ、ち、」
少女に対してあんな無神経なことしてしまったのだし……嫌われても仕方ないか。
ベンチに置いたままのバスケットを持つと、謝りながらオークの樹から遠ざかる。
――紙でもいいから。書置きだとしても、しっかり謝らないと。
「ま、つ!」
「ふぇ?」
大声で呼び止められた。
「おこる、ちが、う、です。……そ、の。は、ず、はず……」
「はず?」
「は、ずか……し、……~~~~!!」
「……恥ずかし……恥ずかしかった……?」
「そ、う!そう、です!」
震えたのは、怖がったんじゃなくて、手をいきなり握ったのが恥ずかしかったから。
……ということは。
「じゃ、じゃあ、怒ってない?!」
「は、い……」
「お、俺嫌われてない?!」
「はい、!」
怒ってない。
―――怒ってない!嫌われて、ない!!!
「うぇぇぇんよかったぁ……」
「な、みだ、め?!」
「ううう……」
思わずリーフちゃんに駆け寄って抱き着いた。
だって、なんか悲しいもん!
完全に俺のせいとだけど……嫌われるのは嫌なのだ。
「よ、しよし。……おね、えちゃん、じゃな、くて、いもう、と。みた、い」
「い…妹は勘弁してぇ……」
「……も、う」
明らかに年下の娘に妹扱いされるというのは、なんか変な扉開いちゃいそうで怖い。
というか妹じゃないよ?
ちゃんと男の子だよ?
自分で子、という表現使うのもそれはそれで寒いことに気がついたが、構わずにリーフちゃんに抱き付き続ける。
―――数分くらい、そのままだった。
「……ふう」
落ち着いた。
うぐぐ……すごく取り乱してしまった。
「だい、じょ、うぶ?」
「うん。ありがと」
ここまで取り乱したのは……うーん、ハーブの香りのせいなのかな。
もちろん、悪いことじゃないけど。
……些細なこと……でもないけど、まあこういったことで取り乱すくらい、いろいろ俺も無意識的に混乱していたのだろう。
自分じゃ大丈夫だと思ってたんだけどなー、まあ異世界に飛ばされる、なんてそうそうあることじゃないし、なんだかんだ心労はあったのだろう。
おまけに身体も変わっているし。
そう言った、いわば膿?みたいなものを出してくれたのがこの漂う香り。
だから、感謝しないと。
香りにも、香りを産みだしてくれたリーフちゃんにも。
「ありがとな。ほんとに」
「?」
胸あたりにある、かわいらしい顔に微笑みかける。
うん。このセカイに来てから初めて―――心の底からリラックスした気分になれた。