お風呂上がると眠くなる
「あ~………うー………」
「はい、顔はそのままです。しっかり拭きますからね」
お風呂場より一転、部屋に戻った俺たちは寝る準備をしつつ、雑談に興じていた。
まあ、殆ど女子会的なものになってしまっているのでさもありなん。あ、俺はミーアちゃんに髪を拭いてもらっています。
俺はこの中で一番髪が長いので、このまま寝るとただでさえ暴れん坊将軍な髪がさらに爆発してしまうのだ。癖っ毛ってつらいよね。
「人間は大変だな」
「水蓮はずるいよね、水に濡れても関係ないんだもん」
水棲馬と呼ばれるアハ・イシカ、それが本体である水蓮にとってはお風呂の湿気なんて関係ない。直前まで水に濡れていたとしても、気分次第ですぐに引っ込められるのだから。
逆に本気を出すとこの子の周囲には水が溢れるので、小さな洪水みたいになるけどね。あちらさんとしてかなり強力な部類に入る水蓮はそれだけ世界に対して与えられる影響力も強いのだ。
「布団、敷き終わったよ~」
「悪いなシンス。ベッドが小さいのが二つしかないからそこで寝てもらうことになるが」
「シンスは部屋に戻ればいいんじゃないの」
「え?だって寂しいじゃん」
「………ま、いいけど」
うんうん、仲間外れは寂しいよね。俺も寝るときはたくさんいてくれた方が楽しいし。
というかこういう大人数での寝泊まりってこの世界にきて初では?しかも周りが女の子ばかりっていうのは人生初では?
………俺も女子になってるから精神的に特に感じるものはないっていうのはさておいて。兎に角、新鮮で楽しそうだ。
「マツリさん、拭き終わりましたよ」
「長かったねぇ。三十分くらい?ずっとわしゃわしゃされ続けてたね」
「犬みたいだったな」
「犬にしては図体でかすぎるでしょ………」
世界最大種の犬は成人男性より大きいものもいるけれど。あとこの世界だと普通に想像される犬っていうのは猟犬であることが多い。
なので基本的に大型なものを想定しているんだよね。その他だと犬というよりは魔獣に属するものとかが浮かんできます。ケルベロスとか。あれもでかいらしい。
「そういえばさー」
いそいそと布団に入り始めたシンスちゃん。それに続いて床の布団に入ると………ついでに水蓮が元の姿の小さいバージョンになって胸元に丸まっていた………枕に顔を乗せつつ問いかける。
「どうしたの?」
「マツリちゃん、男の好きな人っていないの?」
「………恋バナ?急だねぇ」
でも乗ってみる。
ほら、こういうのも女子会の醍醐味じゃない?折角だもの、やってみたくはある。
「俺は元々が男だからねぇ、なかなか。そもそも出会う機会自体ないから」
「街でナンパとかされないの?」
「………されるんですか、マツリさん」
「されないされない。というか、基本的に隠蔽の魔法使って出歩いてるから、勘のいい人か俺が話しかけるか………困ってるとき以外は人の視線の中には入らないんだよ」
勿論お店の中に入ったときとかは認識されるけどね。そうじゃないと延々と置物扱いされてしまう。
注文も取られないのは困るし。とはいえ俺の認識阻害魔法は見えなくなるんじゃなくて、見えていても違和感に感じなくなる、風景の一部だと誤認してしまう系統のものだ。
完全に透明化っていうのは逆にバレやすい。高度な魔法を使わない限りはどこかに必ず綻びがあるし、まず硬化時間がとても短いのだ。そもそもとして強力な魔法は魔術師たちに感知される危険性もある。
なのでまあ、おまじないレベルの弱い魔法を利用しているわけだね。そんな訳で、ナンパされたりっていう経験はまだない。
「俺よりもさー、そういうシンスちゃんはどうなの?いないの?年頃の女の子でしょう?」
「私たちは親衛騎士団だからね~、女所帯だし出会いはなかなか。ねー、ミール」
「ああ。そもそも私は興味がない。恋愛自体にな」
最後、明かりを消しつつベッドに入るミーアちゃんが頭を押さえつつぼやいていた。
「………本当に姉さんは………まあ、確かにあの家事スキルでお嫁に行かせるわけには行きませんが」
「な、ミール、家事のことはいうなっ」
そういえばミールちゃんは料理だけじゃなくて、家事そのものが全体的に苦手なんだっけなぁ。
「ミーアの場合はそもそもコミュ障だもんねー?」
「………誰が。理由があっただけ」
「でも理由が解消された今でも人と接するのは苦手でしょ?分かるよ~、ミーアって意外とわかりやすいからね、ふふーん?」
「ナイフ、貴女の目に刺すけど」
「ごめんってだからそのナイフ仕舞って」
護身用のナイフをすっと取り出して鞘から引き抜き始めたミーアちゃんに対して、シンスちゃんは平謝りだった。
「そもそも私はあまり………男の人が好きじゃない」
「あー。んー、まあそうだよね、ミーアの場合は」
「………ん?どういうことかな?」
なんだかんだあってミーアちゃんとシンスちゃん、二人の幼少期の記憶を覗いてしまったことがあるけれど、その時はあくまでもミーアちゃんが血の呪いせいで皆から遠ざけられていたという事だけしかわからなかった。
言葉の意味合い的に、どうやらその後にもいろいろとあったみたいだけど、はて。
「ミーアが成長し始めてから、急に男どもの態度が変わった。理由、わかるだろ?」
「………ああ、そういうことかあ」
思春期あるあるだよねぇ。
「ま、ミーアちゃん可愛いし、仕方ないっちゃあ仕方ない、のかなぁ………」
本人からしてみれば溜まったもんじゃないだろうけれど。というか俺の胸の中で水蓮完全に寝に入っているんですが。
恋バナはあんまり興味ないみたいだね。あちらさんだし、そもそも一児の母だったわけだし当然か。
「でもさ、それを言うなら俺も元は男だよ?」
「マツリさんはマツリさんです。男も女もありません」
「うーん力強い断言」
そして俺の性別が行方不明。肉体的には女性だよ?存在が好かれているって捉えれば嬉しいことだけどね。
「………誰も男に興味ないではないか」
「まあ親衛騎士ですし。シンスの言う通り出会いがなければ発展しようがない」
「アストラル学院の学院長さんとかは?」
「あれは両刀だ、当てにならん」
「逆に幅が広すぎます。節操なし」
「………シルラーズさん………」
人望、あるようなないような。少なくとも信頼はされている人なんだけど、こう、ね。
問題行動も多いから………。
「………ん、ぅぅん………」
「あらマツリちゃん、眠くなってきた?」
「うん………湯上りだし、布団の中あったかいし………」
眼がしょぼしょぼしてきたので、大分限界かもしれない。
人の声というのは、意外と眠気を誘うのだ。講義中とか眠くなるからみんな理解してくれると思う、うん。
大きく欠伸をすると、掛け布団を頭の上まで引っ張った。
「………ふふ、寝ますか」
「そうだね~。水蓮さんの方はもう爆睡してるし」
「伝えておくことがあったのだが、まあいいか。良く寝ろよ、マツリ」
「………はーい、おやすみ………」
心地よい微睡みの中へ。信頼できるみんなの匂い、うん。熟睡できそうだ。