湯船の中で
「お待たせぇ」
「蕩けてるねぇ」
「そりゃあ、あれだけ気持ちよく洗われればね。………あら、いい温度」
湯船に足を浸ければ、じわじわと肌に熱が伝わっていくのがわかる。熱すぎるでもなく、低いでもなくまさに丁度いい温度といえるだろう。
うん、白い長髪に色白の肢体とこんな見た目でも一応、元は日本人なのでこういう大きな湯舟っていうのは懐かしさがある。温泉を思い出すよね。
肩まで沈み込めば、思わず口から声が漏れた。
「あぁ~………」
「年寄か」
「そう言われても、こういう大きなお風呂に入ったら声が出るものだよ、間違いないって」
寧ろ声を出さない方が冒涜です。あと俺に年寄かって言うけれど、ミールちゃんもお風呂の入り方かなりお年寄りっぽいからね?
女性なんですからこう、膝とか腋をきちんと閉じて入りましょう。丸見えです………。
「………うーん、いや、うーん………」
「なに、どしたのシンスちゃん?」
そっとミールちゃんの姿勢を治していると、横から湯船にに半分ほど顔を沈めたシンスちゃんが、俺の方をじっと見ているのがわかる。
視線感じます。すっごく、強く。首を傾げつつ何かあるのかと首を傾げれば、視線の先は俺の胸に向いていた。うん。あの、こら。
「恥ずかしいよ」
「………いや、本当に胸って水に浮くんだねって。これは新しい発見だよ………」
「あー」
天然物の胸、おっぱいというやつは水よりも比重が軽いので、温泉とかプールとかだと浮かぶのは有名な話。ただし、重力と浮力の影響によるところが多いため、俗にいうEカップ当たりの大きさを超えないと水の中で明確に浮いているようには見えない。
俺の胸は、うん。まあ大きいのでお風呂の中でもむにむにと浮いているわけですね。
でも、浮くのは俺だけではないはずだ。例えば水蓮とか。湯船の片隅でお湯に溶けてしまいそうになっている水蓮の方を見れば、ほら浮いているじゃないか。
「水蓮のも浮いてるし、見るならあっちで」
「………私の人間体はマツリの成長した姿をモデルにしている。細部は異なるが、胸が浮くほどでかいのはマツリのせいだぞ」
「そういえばそうだったなぁ………」
「どう転んでも無駄にえっちな身体つきだね、マツリちゃん。これは男たちが放っておかないのでは?」
「大丈夫。マツリさんに近づく男は私がすべて切り捨てるから」
「だから物騒だよ」
割と本気の感情の匂いさせてるの、俺には分かるからね?
男、といえば。前に図書館で会ったあのイケメン君、どうしているだろうか。俺がこの世界に来て直後は割と男性とも会顔を合わせることがあったけれど、そのうちの数人は俺がこの身体になる前に接触していて、この身体になってから会った人たちもシルラーズさんに偏屈って言われるお爺ちゃんだったり千夜の魔女の力を持っていることが知られては困る系統の人だったりとで、魔法使いとして生きることを自覚してからはめっきりあっていない。
いや。会えていない、の方が正しいけれど。一般人相手ならともかく、魔術師や魔法使いに俺から、俺の独断で接触すれば迷惑を被るのは俺じゃなくて相手だからね。そのあたりは、注意しているのだ。
「ま、学園の人たちについてならシルラーズさんがいるから大丈夫かな」
情報戦も魔術戦もあの人なら心配いらない。うん、多分間違いなく魔術師としてこの街で最強なのはあの人なので。
「よいしょっと」
少しのぼせてきた。水を滴らせつつ湯船の淵に腰掛け、タオルを身体の前に垂らす。
髪は結んでいる、というか結ばれているので床に付くようなことはない。衛生的に良くないからね。
「本当にさ、それだけ胸とお尻大きいのにくびれもしっかりしているの、ずるくない?」
「俺はシンスちゃんみたいな引き締まった体型なんかもいいと思うけど」
「持つ者の目線ですね。一度胸をなくしてみればいいのです」
「………なるほど?そういう魔法薬、ちょっと作ってみようかな」
人の視点に立つっていうのは大事だもの。偶にはそういうのを作ることだって悪い経験じゃない。
それに、これから俺は魔法使いの弟子を育てに行くわけだからね。魔法使いのお仕事の一つは、魔法の薬を作ること。
特に薬草魔法を用いる俺みたいなタイプの魔法使いは、基本的にそれで生計を立てているといっても過言じゃない。俺の場合は別の手段での収入がでかすぎるので例外になっちゃうけど。
………良いことか悪いことかはさておいて、魔法使いのお店っていうところにはなにかと妖しい薬があるものだ。愛の秘薬だって、元来はそういう手合いの薬なのである。
ま、愛の秘薬については俺は悪用するつもりはないし、通常の手段で売ることもないけれど。あれらは、乱用すれば身を亡ぼすから。
「作れる、のですか………?」
「そりゃあね。魔法使いだもの。身体を一時的に別の存在にする変身の魔法薬なんて、別にありふれたものだよ」
「では。では、ぜひ私を巨乳にするお薬を」
「ありふれているからといって、面白半分に売るものでもありません。なんたって、魔法の薬だからね」
「………そのあたり、本当にマツリさんは線引きしっかりしていますよね。むぅ」
「やめておけ、ミーア。マツリは頑固だ、嫌というほど知ってるだろ」
とんでもなく頑固っていうほどではないと思うんだけれど、そう感じているのは俺だけなのか苦笑するシンスちゃん以外はみんな深く頷いているのが見て取れた。
無茶ぶりを押し通している自覚はあるので、頑固自体を否定する気はないんだけどね。でもそこまで全員が同じような感情を浮かべるってことは、俺も少し自重した方がいいのかなぁ。
迷惑をかけるわけにもいかないもの。
「………迷惑ではありませんよ。ちょっと困るだけです」
「それならいいんだけど。これ、直そうと思って直せるものでもなさそうだし」
人の性分というのは変えにくい。良くも悪くも、人間の心というのは簡単には変えられないのだ。ま、俺は半分以上人間じゃないけどね。
胸、胸かぁ。タオルを捲って自分の物を見てみる。………正直大きすぎてお腹周りは死角になってしまい見えない。手で掬ってみればずしりとした重量を感じ取れる。
胸が大きいのは確かに魅力的に映るのだろうけれど、それでも厄介な点も多いというのは真理だ。ついでに言うと髪を長くすることも本当に大変だ。
手入れにかかる手間が尋常じゃないからね。いつも一人でやっているけれど、この先もずっととなると流石に俺もどうにか処分手段を見つけ出し、この髪を切るかもしれない。このあとお風呂から出て、髪を乾かすのだってとても時間がかかるのだ。
「マツリ。お前、そもそも、変わろうと思えば変身できるのではないか?私が姿を変えられるように、魔法使いならば変身など面倒ではあるまい」
「んー?んー、実はちょっと難しいんだよ、それだけは」
「ふむ。半分以上我らに近いのであれば、殊更に容易そうだが」
「………千夜の魔女の肉体を得るっていう呪いだからね。この身体を大きく変化させることは呪いに抗うことになるから、気合入れないと難しいんだ」
一時的に動物に変身する、とかであれば魔女がよくやる手段なので出来なくはないけれど、それだって触媒から使用する魔法の種類まで細かく選定して、更には調整を加えて、時期を絞って何とかって感じ。
普通の魔法使いや魔女とは違って、身体に関してだけは融通が利かないんだよね。まあ、死ににくかったりと便利なところもあるんだけど。
ま、頑張ればできますけれど。それだけ気合入れないといけないタイミングが来れば、お見せしましょう。
「良くも悪くも、普通ではないという事か。………さて、私はもう出るが、お前たちは」
立ち上がった水蓮が、全員の顔を見渡す。まあ、意外と長いこと入っていたし、そもそも夜も更けてきている。寝る準備もしないとだから、頃合いかなぁ。
どうせ俺は半身お湯の外に出してますし。よいしょ、と声を上げつつ立ち上がると、
「ではでは、いいお湯でした!」
そういって、脱衣所に向かった。