ミーアちゃんの手料理
「うん。美味しい」
「もっとたくさん感想言ってくださってもいいのですよ」
「………あはは、俺は食レポとかやったこと無いからさ。へたくそな言葉で褒めるのはどうにも少し、照れ臭いからね」
なので言葉にするのは難しいけれど。でも口に運んだ後、舌の上で味が広がっていく感覚とか単純の味付けのちょうどよさとか、食べてみて素直においしいと言葉に出せる料理っていうのはいい料理だ。
カーヴィラの街は大国や巨大都市から離れている上に開拓のしようがない特殊な森の中にあるという厄介な立地の割に、交易は盛んに行われている。なので香辛料を始めとした食材は沢山手に入るのだ。
それは都市を築いた先人たちがこの都市を守り続けたが故だし、生きようとする人々があちらさんたちや長老を始めとした上古の存在と交渉を根気強く続けてきたからだし―――人との繋がりを完全に断ち切ろうとしなかったからだ。
まあ勿論の事、お金が絡んでいるからというのもあるだろうけどね。貴重なあちらさんたちの素材や高品質の魔力を売買するには、結局輸送路というやつが必要で、それがあるならば他の物資も交易できる。
海運は出来ないけど鉄道を用いた甲種輸送ならばカーヴィラの街でも有用な手段になりうるのである。だからこそこの鉄道網に盗賊たちが住み着くとなると、民の生活を守るために騎士が出ていく必要があるんだけどね。
俺が良く行く市場のすぐ近くには、運ばれてきた物資を保管しておくデポなんかもあるし、本当にカーヴィラの街は発展しているなぁと感心するばかりです。
「美味い!!」
「姉さん煩い」
「うまーい!!!」
「………語彙力無い人ばかり………」
「私には少しばかり味が濃いが、人には適しているだろう。いい腕だな」
お酒と共に料理を味わっていた水蓮が、若干頬を赤くしたままミーアちゃんにそう言っていた。真面目な感想を言えるのがお酒を入れたあちらさんの水蓮だけっていうのは問題なのでは。
ああ、まあ。俺もお酒飲んでいるんだけどね。
………うん、意外と飲めるものだ。元の世界では法律的に許されていなかったけれど、こっちの世界ならばセーフだからね。堂々と飲んでみた人生初のワイン、濃厚な口当たりと葡萄の香りが抜けてきて美味しかったです。
「それでお酒飲みながらでごめんだけど、旅をするのに持ち物とか服装とか、どういうのがいいんだろう?」
「そういえば本題はそれだったな。まず、服装については全体的に露出が少ない物が好ましい。当然、ズボン系統の衣服をまとうのは鉄則だ」
フォークをこちらに向けたミールちゃん。そのフォークは行儀が悪いとばかりに即座にミーアちゃんに叩き落とされ、咳ばらいをすると指を立てて続きを語った。
「ズボンとスカートではいざという時の逃げやすさが違う。あとマツリ、お前の場合は人間全体に対して警戒心が薄いからな。痴漢やら物盗りやらはカーヴィラの街から出ればどこでもいる。この街はこう見えてかなり安全に保たれているという事を知っておくべきだ」
「ふむふむ………」
腕のいい騎士たちに、魔道具の数々。そして逃げ場の少ない立地条件。
それらの要素がある故に、カーヴィラの街は中世ヨーロッパに近しい環境にありながら現代日本に限りなく近い平和を獲得している。
勿論それらの立地であるが故の面倒ごとも多いけれど、この規模の都市で重篤な犯罪のパーセンテージが日本並みというのは驚くべきことだ。
法とそれを司る機構が機能している証拠である。
「特にお前は自分の見た目に無頓着すぎる。狙われるし攫われる可能性が高いと自覚しておけ」
「髪も隠したほうがいいと思うよ。長くて綺麗な髪っていうのはお金になるからね~」
「だからと言って手入れしないのはだめですよ、マツリさん」
「………はい」
三姉妹にも思える三人の騎士からの総ダメだしだった。まあ無頓着であることは否定しないけどさ。
「マツリは不思議と体臭が変わらないが、だとしても衛生的な問題で最低でも三日に一度は水浴びをするか、身体を拭くこと」
「なんで姉さんはマツリさんの体臭を知っているのですか」
「………普通に分かるだろう、普通に。マツリほど鼻が利かなくとも、人間を見分ける際に匂いというのは重要な要素だ」
「ミールは五感が鋭いからね。私はあまり分からないよ?………よいしょ」
「む。そうなのか」
「あの、シンスちゃん?人の胸元に頭突っ込んで匂い嗅ぐのやめてくれない?」
体臭の確認とか恥ずかしさの塊以外の何物でもないんですが。
「ああ、本当だ。茉莉花の匂いがする。マツリちゃんまだお風呂入っていないよね?」
「昨日ぶりだよ」
「因みにマツリは今日、山歩きをしていたぞ」
「あらま!本当に体臭変わらないんだねぇ」
それは恐らくだけど、魔女の身体のせいだろう。何かと便利なところもあるこの身体は、常に同じ状態であることを保とうとしている。
というよりも、呪いそのものとしてこの肉体であり続けることが強制されている。なので、まあ下の方の毛が生えなかったりお風呂に入らなくても汗をかいても匂いが変わらなかったりするわけだ。
本当に、便利なような厄介なような、良く分からない体である。
「シンス。死ぬ?」
「おおう………シンプルに言動が怖い………」
静かにナイフ(食器)を振り上げたミーアちゃんの圧力によって俺から離れていったシンスちゃん。うん、一件落着。
はだけた胸元を直しつつ、話の続きを聞く。
「護身用に短剣程度は持っていたほうがいいが………そもそもマツリ、お前は剣を振れるのか?」
「無理だよ。というか、武器なんて持ったことがない。儀式用の短剣なら家に転がってるけど、あれは魔法の道具だからね」
「魔法以外で護身する方法ないってことかな?」
「んー、うん。そうなる」
そもそも。
人とは助けるもので傷つけるものじゃない。傷を生むことがその人のためになるならば仕方がないかもしれないけれど、そういう場合ですら最終手段の一つになる。
一応、魔法という力と魔女の肉体を得た俺の矜持のようなもの。盗賊たちを始めとしたおいたが過ぎる方々でも、あくまでも更生してほしいという考えだし。
「あのな、マツリ。この世界はこの街だけがすべてではないのだぞ。一歩街の外を出ればずっと治安の悪い、汚れた光景だって広がっている。まだ幼い年齢の娼婦を買う男、奴隷商に魔術を私利私欲に使う悪徳魔術師―――対抗するには時には武力も必要だ」
「困ったことに、綺麗事だけでは通りません。貴族には妾がいますし、多少の犯罪は権力で誤魔化しが効くのが現実です」
「………分かってはいるんだけど、ね」
俺を心配して言ってくれているというのも勿論分かっている。横でお酒を飲んでいる水蓮だって、かつて人間に傷つけられた一人だ。いや、あれの元を辿れば、原因は少し違うかもしれないけれど………でも、人の欲が介入していたことに違いはない。
軍隊や騎士。彼らが拳を振り上げ、刃を向けるのは守るためだ。何かを守るためには、傷つける度胸と覚悟が無ければならない。うん、分かっているとも。
だからこそ、だ。俺だけは、魔法使いとして生きる俺だけは自己のために誰も傷つけてはいけない。一度己のために誰かに傷をつけた人間が、誰かを救い、慈しむことなどできるものか。
「マツリは頑固だ。知っているだろう。無駄だぞ」
「………はあ。そうですね、無駄です」
「ごめんね、気持ちは伝わってるよ。安心して、厄介ごとからは全力で逃げるつもりだから!」
そういう状況にならなければいいというのは真理ですからね。
胸を張ってそういうと、全員から白い目で見られた。………何故?
「マツリちゃん絶対に自分から厄介ごとに突っ込んでいくじゃん」
「え、そんなこと」
「ありますよね。自覚も、ありますよね?」
「………はい」
あります。ごめんなさい。
項垂れると、ミールちゃんがそうだ、と手を打って俺の方を見た。
「マツリ。今回は間に合わないが、今度本格的に剣術を学べ」
「………ほえ?」
「相手を傷つけないために、相手を傷つけずに制圧できるほどの剣技を身につければいいのだ。うむ、簡単な事だったな」
「でたミールの脳筋思考!」
「誰が能筋か!!………こほん。だがな、マツリ。もしもこれから先も依頼の過程でこの街を出るならば、その矜持を守るためにも武術の一つは身に着けておいた方がいい。分かるな?」
「ん。うん、分かったよミールちゃん」
まあ。俺が死んだら悲しんでくれる人たちがいるのだし、その人たちのためにも………出来る努力をするのも俺の役割だよなぁ。いや、普通に殺されただけで俺が死ねるのかすら、最近は不明だけど。それはともかく。
手に持った、何度齧ったせいで小さくなったピザトーストを口に放り込むと、改めてお願いする。
「帰ってきたら、教えてほしい。お願い、ミールちゃん」
「任せろ」
………そう大きく胸を叩いたミールちゃん。
君みたいな達人に教えを請えるのは、ありがたいよ。それに、ミールちゃんの言っていることは事実だ。そうだよね、魔法使いとして生きるならば今回のように街の外に出る………それも、一人で行くことだって有り得るかもしれない。
その時に自分一人じゃ何もできない人になりたくはないから。出来ることは、しないとね。
「マツリ。お酒も料理もなくなったぞ」
「え、早くない?」
「ワインはともかくとして、料理に関してはシンスの分で総量減ってるので」
「え、私のせい?美味しかったです」
「その感想はさっき聞いた」
さてさて。必要な物や事を更に聞いて、料理もなくなって。
やることがなくなったらじゃあお次は―――。
「では。お風呂に行きましょう。………みんなで」