食事前の小話
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「ミーアぁ、お腹が空いたぞ………」
「あーはいはい。姉さんは座っててください。台所に来ないで、料理が爆発します」
「爆発?え、料理って爆発するものだっけ」
「事実なら致命的な料理音痴だな………」
さて、双子のお部屋にお邪魔すること三十分程度。荷物を置いて、ついでにすぐ寝れる格好に着替えていたらミーアちゃんがご飯を作り始めていた。
なんといいますか。ご飯を作る風景っていうかそういうのっていいよね。独り暮らしをしている以上、いつも自分でやっているから眺めている立場にいるのはある意味では新鮮である。
そういえば誰かに作ってもらうのは久しぶりかもしれない。この世界に来る前は実家で暮らしていたため、ある程度家事分担はあるにせよ親に作ってもらう事とかも多かったけれど、こちらの世界では全て自分でやっているからね。
リズムを刻む包丁の音、野菜が切れる音。鍋でお湯が沸く音、煮込む音。即ち家の音、人の音。
舟を漕いでしまいそうになるほど心地よくて、どうにも愛おしいものだ。生活は慈しむものだからね。
「それにしても、魔道具の恩恵って本当に生活に根付いているんだね。焜炉あるのってこの街では今更感があるけど、世界的に普及してるの?」
「場所によるな。大国の王都では魔道具による設備も多いが、小国では魔道具は王族ですら手に入らないものも多い。また、王都といえど一般市民の隅々まで魔道具が普及しているかといえば、当然そうでもない」
「そもそも科学による機械とは違い、魔道具は魔力が必要ですから。魔術師がいるか、魔力を潤沢に貯めることが出来る地脈筋を抑えているか………或いは、魔法使いの手を借りるか。このどれかが出来ないと魔道具を大量に使用することなどできません」
「ふむ。この街は地脈による魔力の充填か」
「学院長あたりは自分で魔力を込めているがな。質が悪いだのなんだの」
「………まあシルラーズさんならそうかもね」
魔力は概念的な力ではなく、あちらさんたちや一部の人間が生み出す歴としたエネルギーだ。
魔法使いは大気中にある魔力を無尽蔵に使えるけど、魔術師は自分で生み出した魔力しか用いることが出来ない。魔術を用いて大気の魔力に干渉することもできるけど、魔法使いのものとは違い余計な手順やロスが生じる。
まあその分魔法使いは魔力の扱いが全体的に雑で、細かい制御が難しいっていうのがあるから一長一短だけど………それはともかく。
では、絶対量が足りない魔術師がどうやって魔力を工面しているかといえば、それは自身が生み出す魔力の質を高め、より高濃度、高効率に精製することだ。うん、この点は原油の精製に近いかもしれないね。
魔術師の力量とは、術式の精度とかを除けば結局のところ魔力をどれだけ生み出し、さらに効率よく使えるかどうかである。
術式はエンジンのようなもの、そこに流し込む魔力が不足していればどんなに精度のいい魔術でも効果を発揮できないから、魔術師の多くは必死になって生み出す魔力の精錬を行う。魔力の質が上がれば、魔術を使う際に使用する魔力の量も減るし、効果も上がるからね。
優れた魔術師は肉体も精神も鍛練を怠らない。健全なる魂は健全なる肉体に宿るの言葉の通り、質のいい魔力を生み出すための第一歩は肉体の健康なのである。
―――真に優れた魔術師に必要なのは魔力を蓄える容器の大きさでも膨大な魔力量に耐えるための強度でもない。最も大事なことは魔力を回す速さだ。
人間が生み出す魔力なんてたかが知れているから、どれだけ高速で質のいい魔力を生み出せるか、それを効率的に扱えるかが魔術師の腕を決める。この点、シルラーズさんは………うん。凄い、とだけ。
ああ、魔法使いは溢れるほどの原油をそのままばらまいているので速度も精錬も関係ないよ。彼らに限っては一度にどれだけの魔力に干渉できるか、つまり器の大きさが重要になる。魔術師と魔法使いでは鍛えるべき箇所や方法が違うわけだけど………まあ、魔法使いはともかく魔術師の弟子を取ることはないだろうし、深く考える必要はなさそうだ。
「逆に言えば、この街以外で魔力を潤沢に蓄えられるような街とか国ってあるの?」
「一応は存在するが、それでもカーヴィラの街に比べると魔力の質も量も悪いと聞くな。この街の産業の一つは魔力の売買だが、それが収入の三分の一程度になっているとなれば他の国家や街がどれだけ魔力に困っているのか、供給源が少ないのかがわかるだろう」
「シェアナンバーワンってやつなんだね………流石カーヴィラ」
魔力産業………というものがあるのかは分からないけど、仮にそういうのがあるとすればカーヴィラの街ほどそれに特化した場所もないだろう。
あちらさんの素材も、魔道具の発明、研究も、その動力源の供給も全てこの街が先駆者となるわけなので。当然その利益も全て街に入ってくる。カーヴィラの街が素人目から見てもとても繁栄しているのは、この世界で重要な魔力という根幹の産業の大本であるが故なのだろう。
厄介ごとも入ってくるので、得ばかりともいえないけど。敵が多ければ対処しないといけないことも多いからね。
「水蓮さん、運ぶの手伝って貰えますか。マツリさんは机の上を拭いてください」
「仕方ないな。分かった」
「はーい」
「………おいミーア、私は?」
「じっとしてて」
「むぅ」
にべもなし………いや、本当に徹底的に台所に入れないね?
苦笑しながらテーブルを拭いていると、玄関の方で元気のいいノックオンが響いた。
「シンスか。私が出よう。暇だし」
「お願いします」
うん。シンスちゃんの匂いが少し滲んでいるのでわかるけど、ミールちゃん今扉越しに断定したよね、どうやったんだろう。
この子の五感は普通のはずだけど。
「やーミール、それからミーア、マツリちゃんに水蓮!!お泊りしてるって聞いて遊びに来たよ~」
「遊びに来るも何も、お前も同じ寮に住んでるだろうが」
「あははは!近くて簡単に来れていいよね、同じ寮住まいって!」
「………そんな気がして多めに作っておいた。入るなら早く中に来なさい」
「あいあい、お邪魔しま~す」
ちなみに寮の部屋では普通に靴を脱ぐ日本スタイルである。俺の家もそうだけどね。
シルラーズさんの家は靴を脱がなかったなぁ。
「オムレツとオニオンスープ、それから………お、ピザトーストだ。いい匂いの正体はこれだったのか………あ、涎が」
「汚い。手を洗って顔を洗って帰りなさい」
「私なにしに来たのさ。手は洗うけどね」
と、そういうことで手を洗ったシンスちゃんが俺の隣に座る。
そして鞄の中から何かを取り出すと、テーブルの上に置いた。
「そういえばワインもらったんだけどさ。私たちじゃ飲めないし、マツリちゃんいる?」
「いや、俺も未成年だよ………?」
「マツリさんは十六歳ですよね。飲めるのでは?」
「あ、そっか。飲酒可能年齢違うんだ」
じゃあ折角だし、貰おうかな。
「ありがと、なんかお礼するね」
「いいよ、私も処分に困ってたし。ホットワインにしてもアルコールは残るからね、料理に使うにして私料理できないし!」
「………騎士の皆さん、料理できない人多くない?」
「寮母さんの苦労が忍ばれます………」
ミーアちゃんが災難そうに言っていた。うん、まあ、うん。
「料理並べ終わった。………?マツリ、葡萄酒を飲むのか。私も欲しい」
「あ、そうだ。水蓮飲めるじゃん。じゃあ、今日一緒に飲もうか」
「うむ。うむ。うむ」
あ、尻尾があったらぶんぶん振り回してそうだな、この子。種類にもよるけど、あちらさんって葡萄酒とか好む子たちも多いから。
水蓮なんかはまさにそういうタイプなんだろう。ピクシーたちは花の蜜とか、蜂蜜を溶かしたお水とかが好きだけどね。彼らは子供だから、ちょっと理解できる。
ワインの栓を抜いて、借りたグラスに注いで。並んだ料理の横に置いた頃には台所にいたミーアちゃんもテーブルの椅子に座っていた。
俺は手を合わせ、みんなは十字を切って、水蓮は関係なくお酒だけを見ながら。
「それじゃ―――頂きます!」
ミーアちゃんの手料理を口に運んだ。