久しぶりの親衛騎士団詰め所
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ということで、やってきましたお久しぶりの親衛騎士の詰め所。
俺がこの姿に変わる前に訪れた場所っていうイメージが強いが、ミーアちゃんとミールちゃんが普段暮らしている場所でもあるのだと考えると少し面白い。
あんまり二人の仕事風景っていうのは知らないからね。俺の面倒を見てくれることも仕事なのかもしれないけど、あくまでも俺の世話は特異な仕事であることは間違いないはずである。
ニアミスしたりとか、水蓮の時に一緒にある意味では一緒に仕事したりしたわけだけど………うん。やっぱりあれば特別だよね。
「こちらは仕事場です。今は夜勤の騎士がいます」
「あ、二十四時間警備してるんだ」
「はい。親衛騎士は他国における警察機構に近い存在ですから。ちなみに駐屯騎士が軍隊に当たります。其方も夜に任務に就く方々もいるそうですが、私たちとは管轄が若干違うので詳しくは分かりません」
「へぇ………初めて知ったなぁ」
意外と、この街自体について知る機会ってないかもしれない。
カーミラ様にだって俺は殆どあったことが無いのだ。シルラーズさんにはよく会うけど、公人というよりは友人として接してくれているので、やはり政治等の話題からは縁遠い。
シルラーズさんの場合は恐らく意図的なのだろうけどね。俺という存在の立場は、どうあがいても政治的にならざるを得ない。千夜の魔女っていうのはそれだけ厄介な怪物としてこの世界で知られているから。
―――魔法使い業務はともかくとして、家の場所とかこの街で常に使っている隠蔽の魔法とか、それは俺自身を守るためであり、そしてこの街に迷惑が掛からないため。
それを指示しているのはシルラーズさんだ。だけど、だからこそあの人は俺を遠ざけすぎないようにいろいろと構ってくれているのである。双子が俺とたくさん接してくれているのも、元は彼女の依頼だった。うん、俺が”変わった”ことに罪悪感を感じてたっていうのもあっただろうけどね。
俺は気にしてないけれど、そういうのは一人だけの問題ではないから。
ま、それはともかく。
「ということはほかに住む場所があるのだな」
「はい。騎士寮がこの詰め所からほど近い場所に。………あまり、広くはありませんが、個室です。それから、私の事情を鑑みて、お風呂も小さいものがあります」
水蓮が俺の疑問を代弁してくれた。そっか、ミーアちゃんの事情に対応してくれているのか、この騎士団は。
良い職場なんだろうなぁ。そもそも騎士団を会社とするならば、会社管理の寮に部外者………それもある意味では危険人物と言い換えてもいい俺なんかを泊めてもいいと言ってくれたのだ。
騎士団長は、随分と理解のある人なのだろう。うん、是非とも一度会ってみたい。
さてさて。では仕事に励んでいる親衛騎士の皆さんに軽く贈り物だ。大したものではないけれどね。一応姿が見られないように隠蔽魔法を強くすると、ローブの内側に隠してあるポシェットから、疲れの取れる効能があるジュースが満たされた小瓶を数本程度取り出し、ミーアちゃんに預ける。
「ミーアちゃん、声かけておいて?」
「分かりました。―――先輩、近くを通ったので差し入れです。どうぞ」
「ミーア?あら、有難う。もう今日は仕事終わりよね、何か忘れものでもしたの?」
「いえ。本当に近くを通っただけです。それも貰いものなので。疲れの取れる、魔法使いの栄養剤です」
「あらまぁ、助かるわ。魔法使いっていうと、街の外れの女の子よね。………どんな子なの?」
「―――綺麗な人ですよ。とっても」
そんな微笑交じりに言われても、照れる。というか俺が近くで聞いているのわかってて言ってますよね、ミーアちゃん。
本心から言っているのが匂いで分かっちゃうから、悪い気はしないけどさ。それでも、照れるという感情は浮かぶのである。
「それでは、私は寮に戻ります」
「分かったわ。あ、魔法使いの女の子にお礼言っておいてね~」
静かに一礼すると、詰め所から出てきたミーアちゃん。
「だそうですよ」
「どういたしましてっていっておいて~」
「私は伝書鳩ではないのですが………」
「あはは、ごめん。でも直接姿を出すのもねぇ」
ああ、でもシンスちゃんとはもう既にあっているのだし、問題はないのかな?
一人では判断が出来ないか。シルラーズさんにも聞いてみよう。何かあれば対処してくれるのは騎士団だろうし、万が一の際に姿を見せていること、見せていないこと。そのどちらにもメリットデメリットがあるからね。
「我らにとっても千夜の魔女というのは厄災の象徴だ。悪者が悪辣な存在として伝播しやすい人間ならば尚更に、人に姿を現すのは慎重になったほうがいいのではないか」
「それもそうなんだけどね。でも、魔法使いとして依頼も受けているし、騎士団の方々だけから姿を隠すっていうのもなんだかなぁって思うんだよ」
それ、まるで犯罪者みたいじゃない?
他の魔術師、魔法使いから正体を見破られないようにするというのは大事なことなのも理解している。本当に隠れていてほしいと言われれば、俺も自分の理念とかも一旦忘れて、隠れることに徹するけどね。
でもこの世界で生きていくならば、結局は人とかかわることを完全にやめることは出来ない。要は時期の問題なのだろう。
うん、まだ早い………かな?
「では行きましょうか。すっかり暗くなってきてしまいましたから」
「はーい」
確かに、空を見上げれば陽が完全に沈んでいた。星空が広がり始め、魔力を動力源とする街灯が仄かに光を発している。
鼻先を魔力を帯びた炎の香りが漂い始める。このカーヴィラの街は夜であっても暗闇の中で眠ることはない。
不夜城というほど、煌々と明かりで照らされてはいないけれど、人が夜の中でも歩くことが出来る程度には光の恩恵を受けている。
面白いのは、それが科学の光ではなく魔術の光であるという事だろうけれど。まあ、一部にはガス灯も設置されてるけどね。
そんな橙の明かりの中、ミーアちゃんに連れられて寮の方へと。警備上の観点だろう、寮は詰め所から本当にすぐの場所にあった。ちょっと裏庭にって程度の感覚だろうか。
「おお………」
―――立派な建物だ………。
まず建物の周囲が鉄柵で覆われている。魔術的な作用も持つ、警報機能を備えた防術柵だ。俺が不用意に触れると警報鳴りそうなので、なるべく近寄らないようにしよう。
さて、肝心の建物はというと、左右対称で装飾性の少ないアンピール様式に近い建物、といえるだろうか。エントランスがあると思われる場所の上部にはドームがあり、多分あそこまで登れるのだと思う。
建材は石煉瓦によるもので、建物自体の装飾が薄い代わりに嵌め込まれたレリーフには駆け回る動物の図柄等が彫りこまれていた。
そして、横に広い。建物は二階建てのようだけど、平面スペースを多く持っていてたくさんの人が生活できるようになっているのが分かった。
形状としては日本の長屋に近いかもしれないね。あれに比べると部屋同士の仕切り壁も部屋自体の設備も随分と多そうだけど。なにせお風呂あるって言ってたしなぁ。
長屋の発祥、江戸時代では基本的に家風呂は稀なものであり、多くの人は銭湯を使っていた。この世界の、このカーヴィラの街でもどちらかといえば共同浴場のほうが多いらしい。
アストラル学院や俺の家、シルラーズさんの家が特殊なのであり、普通はそこまで大量に一人で水を使うことは出来ないのである。
と、ミーアちゃんがそんな俺の視線に微笑んだ後に、鉄柵の門扉を開いて俺たちを中に招き入れる。
「それではお二人とも。ようこそ、私たちの住居………”眠り薔薇”へ」
「うん。お邪魔します~」
「邪魔するぞ」
名前の通り、薔薇の香りが広がる建物の中へ足を踏み入れた。