神凪の国と妖
「神凪の国、かぁ」
まあ、これだけ元の世界に近い構造していれば、そういう国も当然あるとは思っていたけれど。うん、極東に島国とかもろですよね。
それよりもちょっと気になることがあったので、疑問を解消しておく。
「妖ってなんですか?そういう種族の人?………水蓮、知ってる?」
「知らん。私も初めて聞く国と名だ」
「なんだかんだ言っても、意外と君も引きこもり気質だよね」
人の影に入るの好きだし。まあそれはともかく。
この世界、俺のいた世界に似てはいるけれど、獣人とかエルフさんも一応いるのでファンタジーと呼ばれる世界観も併せ持っている。だから種族としての妖がいても、驚きはしない。とはいえ、このカーヴィラの街ですらそういう人たちはあまり見ないけどね。いや探せば住んでるけどそこまで首は突っ込みません。
というかエルフさんに関してはちょっと特殊だ。彼らは森の奥から出てくることが少ない。まあ、エルフと呼ばれる人たちの性質や由来を考えれば当然のことかもしれないが。
兎に角。妖と呼ばれているにせよ、恐らく怪異というわけではないだろう。
「厳密にいえば違うが………まあ、そう考えてもらったほうがいいだろう。彼ら妖は妖という存在だ。人と同じように子を産み、生きて、命を終える。だが、彼らは魔力を持たない」
「え。魔力が無いんですか」
「そうだ。代わりに彼らは妖力という、私たちには認識することもできない特殊な力と、それらを生かした能力を持つ。見た目としては獣人に近いところもあるが、まったくの別物だよ。………ま、彼らと出会う機会自体が少ない。あくまでも私が知る知識ではそういうことになっているというだけだが」
「なるほど。ま、そもそも意思疎通出来るならあちらさんでも妖でも怪異でもみんな人ですし、特に悩むこともなさそうですね」
「君のような思考を私たち全員が出来れば、彼の国も鎖国なんてしないんだろうけどね」
うん?聞き覚えのある単語が。
「鎖国してるんですか?」
「ああ。ここ数百年にわたり、な」
ますます日本に近いじゃないか。
いや、日本とは理由が違うだろうけれど。日本の鎖国は元を辿れば宗教による問題が原因だ。彼の有名な島原の乱―――天草四郎を首魁として立ち上がったキリシタンたちの一揆。
これを平定した後に時の幕府が十字教は危険であるとし、海外の植民地にされることを恐れて他国との関係性を絶ったのが大本である。まあ、知っての通り長崎の出島ではオランダのような極一部の国とは貿易をしていたけどね。
この世界の神凪の国に関しては恐らく、エルフさんや獣人たちと同じような理由で他の国との関係を断っていると見ていい。根幹の力である魔力を持たず、別種の力を操るということが忌避感に繋がっているのだろう。
………悲しいけれど、異物を排除しようとする心理は人間にとっては正常なことだ。人間というよりは生物にとって、かな。いいとは勿論言えない。けれど、絶対悪とも言い切れない。
でもね、それらは悪化すればいじめや戦争につながるから。落としどころを見つけられないならば、いっそ距離を取ったほうが互いにとって安全なのも事実なのである。
「魔法使いがいないっていうのは、そういうことなんですね。魔力を持つ者がいない………魔力の制御法を教えることが出来る人は一人も神凪の国にいない。だから、俺が呼ばれたと」
「そういうことさ。この街とは文化も種族も何もかもが違う。千夜の魔女に対する価値観すらわからない。そんな場所に、君を放り込みたくはないというのが私としての考えなんだが―――考え、改めたりしないだろう、君」
「はい、もちろんです」
「そんな慈愛に満ちた微笑みされてもねぇ」
そんな表情してた自覚ないんですが………まあ、いいか。
文化に関しては、多分問題ない気がする。逆に久しぶりの感覚を味わうことが出来るかもしれないし、ある意味では楽しみだ。シルラーズさん最大の懸念であろう千夜の魔女についての扱いは未知数だけど、助けを求められたならばたとえ俺自身が迫害されたとしても歩みを止めるつもりはないのだ。
それにさ、ほら。なによりも―――。
「神凪の国に興味がある、か?」
「えへへ、はい!」
「魔法使いの興味は魔術師のそれ以上に止められない。やれやれ、仕方がないな」
「すいません、シルラーズさん。付き合わせてしまって。」
「いや。実を言えば私も神凪の国がどのようなものなのか、その実態に興味がある。趣味と実益が一致しているのさ」
「………変なこと、しちゃだめですよ?」
「良識的な範囲にとどめるさ」
こらこら………。
シルラーズさんはいい人だけど、意図して常識を吹っ飛ばす時があるからなぁ。そのあたりの手綱は俺がきちんと握っておかないと、うん。
失礼な考えかもしれないけど、多分双子騎士も同じ事を思うはずなので、俺の思考も彼女たちに近づいているんだろう。というか問題児なのでどうしても同じ考えになるよね。
………あれ、正直言えば俺も問題児な気がするけど、きっと気のせいだよね?
「さて。話は纏まったな。依頼の受諾、確かに確認した。カーヴィラの街を発つのは一週間後の予定だが、問題はないかな?」
「一週間ですか。えっと、そうですね。大丈夫だと思います」
皆への挨拶と、家の戸締り、魔法的な方面での片付け………うん、どれも一週間あれば事足りるだろう。
「水蓮はどうする?一緒に行くかな」
「当然だ。私一人この家に残っても暇でしかない」
「引きこもり気質って言ったの撤回するね………」
引きこもる場所が家じゃなくて俺の影の中ってだけかもしれないけど。でも旅先でも水蓮の滑らかな身体を枕にできると思うとそれはそれでありがたい。
寝心地、いいんだよねぇ。清流の香りも心地いいし。
「でもそうなると家の守りは誰かにお願いしないとなぁ」
水蓮ならあちらさんとしての力も非常に強いため、留守を頼むならば最適だった。俺はまだ名が知られていないし、シルラーズさんたちのおかげで秘匿されているけれど魔法使いの家っていうのは何かと狙われるのだ。
盗賊であったり、魔女狩りの執行官だったり、悪意を持つあちらさんであったり、時には悪い魔術師だったり。
だからこそ、長期不在するならば家を守る存在を残しておかないといけないのだ。これはあちらさんたちに家にいたずらしないようにっていう注意とはまた別口のもの―――防犯意識に近いだろう。
うん。ならば………頼む子は決まっているよね。
「問題がないならば良かった。では、私は一度失礼するよ、また一週間後の十時に迎えに来る。それまでに準備を終わらせておいてくれ。もちろん、旅の用意もな」
「はい、わざわざありがとうございました」
「なに。良いティータイムだった。珈琲ありがとう、美味しかったよ」
そういうと白衣を揺らしつつ、シルラーズさんはソファーから立ち上がって玄関へと向かう。
俺はそれについていくと、帰っていく彼女に向かって手を振った。………背中越しに手を振るシルラーズさん、本当に長身だし格好いいんだよなぁ、と。
「いけないいけない、一週間の間にきちんと準備済ませておかないと」
何事も余裕を持っていたほうがいいからね、善は急げだ。
リビングに戻ると、服掛けからローブを取り出して着こむ。影の中から杖を取り出すと、中空を漂う水蓮に声をかけた。
「出かけるよ、水蓮」
「どこに行くんだ」
「うん、まずは―――プーカに会いに行こう」