当然依頼は承諾します
「魔法使いがいない………師匠がいないと、その子供はどうなってしまうんですか?」
「ふむ。一番考えられるのは魔力の暴走だな。君には縁遠いことだが、魔術師も魔法使いも基本的に当人の容積に対して膨大な魔力を保持、生成していると制御が効かずに暴走してしまうんだよ。魔術師は魔力の総保有量が少ないため暴走してもたかが知れているが―――」
シルラーズさんも珈琲を飲み干す。小さく音を立ててカップが置かれると、指を鳴らした。
瞬間、シルラーズさんの胸元から飛び出したのはカッティングされた水晶だ。それが輝くと水晶を媒介にして映像が投影される。………なんで胸元にそんなものを忍ばせていたのかとかはまあ、突っ込まないようにしよう。
女性の胸元にはいろいろと秘密があるのでしょう、うん。俺も何かしらを収納できるくらいには胸あるし。いや、邪魔だからしないけどね?
「魔法使いは周囲の魔力を含め丸ごと歪ませ、自然現象に匹敵するほどの災害を引き起こすこともある」
………映像の中身は、膨大な魔力が暴走し、様々なものに姿を変える光景だった。
例えば、それは数多の怪異へと変じる。例えば、それは隕石となって魔法使いの周囲をすべて消し飛ばす。落雷を生み出し、異形の草花の苗床となり、魔界と化す。
成程、魔力の暴走というのは万物に変じる力の暴走だ。倫理も法則も何もかもを無視して暴れまわる純粋な力は、確かに脅威と呼ぶほかない。
「無から知識を得られる魔法使いは原初の存在に限られる。今の時代には殆どいない。その映像のようになる可能性は高い」
「水蓮の言う通り。故に師となるものが必要なわけだ。仮に暴走しなくとも、制御の方法を知らない魔法使いの寿命は短い。外的要因でも内的要因でも、命を縮める要素ばかりだからな」
「成程………えーと。あの、シルラーズさん。俺の性格、知ってますよね?」
そう。そもそもとして。
―――そんな風に言われてしまっては、俺に断ることなんて選択を取ることができる筈が無いのだ。
困っているならば手を差し伸べる。答えを、真理を求めるならばその糸口となる欠片を見つける手伝いをする。それはこの世に寄りかかり、地に足をつけはじめた俺という人間が、この世界に返せる数少ない事柄。
人助けは俺の性分であり、趣味であり、やるべきことであり、やらなければいけないことであり―――そして、やりたいことなのだから。
「嘘は言えないからね。こればかりは君の性格を知っていても、きちんと述べなければならない。危険性の通達、情報の共有は依頼を受ける際には必須だろう?」
「あはは、まあそうですね。知らずに危険地帯に送り出されるのは流石に困りますし」
「私個人としては、最初に言ったとおりだ。出来れば断ってほしい。何せ………詳しくは依頼を承諾してからしか伝えられないが、特殊な場所でね。このカーヴィラの街から離れることになるため、君という秘密を守り切れない可能性が出てくる」
「俺、というよりは千夜の魔女の肉体ですよね」
「そうだ。君の身体についてだ」
最近忘れがちだが、俺の身体の半分以上は呪いに蝕まれ、千夜の魔女と呼ばれる災厄の魔女と同化している。半分以上人間じゃないっていうのは比喩表現でも冗談でもなく単なる事実なのだ。
便利に使っていることのほうが多いと思うけれど、それでも段々と俺の精神は女性に近づいているし、人外に近づいている。
俺が街外れに住んでいるのは仮に存在が魔の方へと偏っても街に危害が加わらないようにであり、対処しやすいようにという理由もあるのだ。まあ、職業魔法使いなのでこういう場所に居を構えるほうが得なこともあるんだけどね。
「君がもしも他の街の、或いは国家の魔術師に見つかれば、面倒なことになるからね。今の世においても千夜の魔女というのはとびっきりの怪物であり、伝説の存在でありながら災厄の余波は世界に満ちている」
「そもそも肉体から離れた魂はまだ浮世に漂っていますもんね」
「基本は世界に干渉することすら出来ない筈だがね。君を侵食することが出来たのは、君が別の世界からこの世界に落ちてきた異邦人だったからだ」
「存在が浮いていたから、同じように存在の浮いていた千夜さんと接触出来ちゃったわけですね………」
この辺りは魔法使いとして活動しているうちに何となく理解が出来てきた。まあ、簡単に言えば波長が合っちゃったってだけなんだけどね。
それで肉体が簡単に乗っ取られそうになるんだから、この世界の魔女ってすごいなぁって話。うん、そもそもプーカとシルラーズさんがいなかったら俺はとっくに死んでいたのだ。
「………今まで以上の隠蔽工作、したほうがいいですかね?」
「受けるのは前提か。本当に君は揺るがないな」
「ま、俺は俺ですから。変わりませんし、変われませんよ」
「それでこそマツリ君だ―――さて。依頼を受けるのであれば、私が同行する。君という秘密の守護は私の仕事でもあるからな」
「お仕事、大丈夫なんですか?」
「なに、アストラル学院の教師陣は優秀だ。私が数か月席を外しても問題はあるまい。よくあることだしな」
学院長という立場にある人がそんなに頻繁に外出していいのかなぁとか思うけれど、そもそもシルラーズさんはいろんな街に出張して調査などを行ったりもしているんだった。
水蓮の依頼の時にも、事件があったという街に行って現場を調べていたわけだし、実際多忙なのも事実なんだよね。
そんな人がなんでわざわざ俺の家にまで来て依頼を説明してくれるかというと、やはりそれは俺の身体のせいだ。
現状、このカーヴィラの街ですらも俺の秘密を知る人は少ない。寧ろ知られては困るため、こういう街に公式に届いた依頼の窓口はシルラーズさんがやってくれている。助かります、はい。
「………って、あれ?依頼って、数か月もかかるんですか?」
随分と長丁場だ。いや、時間がかかるからと言って断ったりはしないけど、長い期間この街や家を離れるならばやっておかないといけないことも多い。
魔法使いも何かと準備することが多いのである。特にいたずら好きなあちらさんには言い聞かせておかないと、戻ってきた時に家がお花畑になってたり、土の中に埋もれていたりするかもしれないし。
って、いや。違う、そうじゃない。
シルラーズさんは特殊な場所、そして街から離れるといっていた。この場合気にするのは期間ではなくて、その場所だ。
「そもそも、そんなに遠いところなんですか?」
「ああ。ふむ、承諾したとみなし、教えよう。そこはあまりに遠く、陸路だけでは向かうことすら出来ないところでね。人の殆ど立ち入らない、この世界において様々な意味での秘境に相当する、果ての国だ。彼の国に向かうためには、危険な航海すら求められる」
「………ん。果ての、国?」
そして航海。あれ、そのフレーズというか印象は随分と、想像がしやすい。
というより馴染みが深いのだ。だって、ほら。あれでしょう?このヨーロッパに相当するカーヴィラの街から海を越えた果て、なんて言えば。
「東の果て、極東領域―――妖の住まう、神凪の国。そこが、今回の目的地だ」
「ん、わぁ………」
………日本のような国しか思い当たらないもの。