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遠き海の果てからの依頼




揺れる。ふらふらと、ゆらゆらと。

………それもその筈だ、だって俺は今―――大海を進む船の上にいるのだから。


「乗り心地はどうかな、マツリ君」

「快適ですよ。それになんというか、懐かしい匂いがするので」


木造の海賊船。しかし侮るなかれ、その動力は大量の魔力を燃料として動く魔導機関である。推力も機動性も、俺の世界の最新鋭の艦船と比べてもさしたる差はない。

防御機構も優れているそうだけど、まあその辺は出番がないことを願うのみなので、割愛です。

さて。では、何故俺が船の上で揺られているのか。それは、少しばかり時を遡ることになる。






***






午後の微睡みの中。玄関のドアノックが鳴らされた音で目が覚める。

いけない、どうやら春の陽気にあてられて寝落ちしていたようだ。うん、まあもう五月の終わりなんだけどね。言葉としては初夏というほうが正しいんだけど、気候は睡魔が活発になるほどに心地がいい。

と、それはともかくだ。頬を軽く引っ張って伸びをすると、俺は身体の上に乗っていた元の姿の水蓮をどかして玄関へと向かった。するりと音がして水蓮の姿が掻き消えるけれど、まあそれは特に気にしなくていい。

魔法使い帽子をかぶって扉を開けば、風に揺れるのは深紅の髪色。そして、火のついていない煙草だった。


「やあ。お邪魔するよ」

「あ、いらっしゃいです。シルラーズさん」


アストラル学院の学院長。みんなの知っての通り困った天才シルラーズさん。その人が俺の家の前にいた。


「依頼ですか?」

「そうだな。話が早くて助かる」

「そんな香りがしたので。とりあえず、どうぞ中に。今、お茶の準備をしますね」


お仕事のお話となれば大歓迎。仕事に追われているというわけでもない以上、自立生活のためにも人助けのためにも積極的に手伝いましょうとも、ええ。

夏物の上着を羽織ったシルラーズさんをリビングのソファーに案内すると、俺は台所に立った。

焜炉に小さく息を吹きかけると、一声。


「サラマンダー、ちょっと手伝ってほしいな。お願い?」

「―――ケケ」

「うん。ありがとね」


炎が燃え立ち、焜炉に火が灯った。戸棚に手を伸ばすと、そういえばと思ってシルラーズさんの方に顔を向けた。


「珈琲でいいですか?それともハーブティー?紅茶もありますけど」

「ふむ。随分と茶の種類が増えたな、マツリ君。珈琲で頼む」

「あはは、趣味なので。分かりました、じゃあ俺も一緒に珈琲を飲もうかなっと。………あ、エスプレッソでいいですか?」

「ほう?いつの間にかエスプレッソマシンも買ったのか。ならば私はカプチーノが良い」

「あー、いいですねぇ」


コーヒーミルで豆を粉へと変える。それを水を入れた直火式のエスプレッソマシン―――マキネッタの粉受け部分に投入すると、サラマンダーに頼んで火をつけた焜炉にそっと乗せた。

この世界には魔術や魔法以外で電気を生み出す手段は乏しい。当然、発電所なんかはないわけで、電気式のエスプレッソマシンは手に入らないけれど、直火式のマキネッタならば存在している。

そもそもヨーロッパでは電気式よりも直火式のほうが広く、そして長い期間普及していたわけだから珈琲を飲む文化があるこの異世界でも当然、こういう原始的なエスプレッソマシンはあるわけだね。

原始的といっても、単純な抽出圧力で言えば直火式の方が強く、使い込めば使い込むほどに味が出るので個人的にはマキネッタのほうが好きなんだけどね。手入れも楽だし。

うん、これ大事だよ。独り暮らししているとどうしても手入れとかはさぼりたくなっちゃうものだから。


「牛乳、牛乳………」


魔力で稼働する冷蔵庫から瓶詰の牛乳を取り出すと、鍋に入れて沸騰しない程度に温める。

カプチーノはこの牛乳を泡立ててクリームに近い形状にしたものを上に乗せるのだ。名前の由来は蓋をするものだとも、修道士が着る服装が由来だともいわれている。

名に込められた意味は大切だけど、時にはあえて諸説と意義を分けることで多様性を生み出すのも一つの手段だ。星に、月に、太陽に相反する意味があるようにね。

………うん。まあそのあたりは神学系統の魔術分野の話になるから、俺の扱う魔法からはちょっと外れる。あくまでも俺は薬草魔法だ。もちろん、薬草にも多々意味と効能があって使い分けることは必要だけど。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。ふうむ、美味い。嫁に来ないか?」

「まだ嫁入りするつもりはございません。………えっと、それで依頼なんですよね?」


完全にリラックスする姿勢に入っていますが、シルラーズさん雑談しに来ました?それとも珈琲を飲みに?

独り暮らしの身としては人寂しいからね、遊びに来てもらうのは全然いい………というか双子騎士ことミーアちゃんとミールちゃんやシンスちゃんは水蓮の依頼以降、偶にやってきてお泊り会とか開いたりしているけれど………にしても、多分シルラーズさんが俺の家でくつろいでいると双子騎士が何をサボっているんだと連れ戻しに来ると思うのだ。いえ、シルラーズさんはきちんと仕事しているんですけどね?

稀に公私混同し始めたりするので、ミーアちゃんたちは目を光らせているのである。まあ、やることはやっている上で、優秀すぎてリソースが余ったからほかのことをやり始めるタイプですね、この方は。


「そうだ。依頼だ。………だが、ねぇ。ちょっとばかり困った依頼なんだ。君に頼むにしても、あまりお勧めはできない」

「………んー。どういうことですか?」

「そうだな、順を追って説明する前に、まずは一つ―――マツリ君。君は、弟子を取るつもりはないか?」


うん?うーん。

シルラーズさんの言葉がうまく咀嚼出来ず、数舜思考が止まって言葉の意味を考え始める。


「デシ?………でし、えっ。弟子ですか?!」

「そうだ。師弟関係の弟子だ」

「か、考えたことないですけど………」


何せ俺はまだまだ未熟者だ。千夜の魔女―――そう呼ばれる幽遠の存在に身体の半身以上を蝕まれ、呪いを受けて変状にしたにせよ魔法使い歴はとっても短い。もちろん、身に宿る魔力や魔法の力を使いこなしているとも言えない。

誰かの師匠になることなんて、考えられるわけがないのだ。うん、それにまだまだ俺はこの世界のお客さんだし。この世界で生きていく、根を張る決意をしたところで一朝一夕で樹は育たないのである。


「弟子を取ることが、その依頼に必要なんですか?」

「ああ。魔法使いの才能を持つ子供がいるというのだが、その土地には魔法使いがいなくてな。誰か教導出来る存在を求めて伝手を辿った結果、このカーヴィラの街にまで依頼が飛び込んできたのさ。まあ、順当といえるかもしれないが」

「あー、まあ。魔法使いってそもそも、この世界においてすら少ないですもんね。人と接することも少ないですし、唯一関われるのはあちらさんと契約関係にあるこの街だけかぁ」

「そういうことだ。やれやれ、魔法使いの俗世にかかわる人種の少なさと言ったら、魔術師の偏屈さが可愛く見えてくるほどだ」


シルラーズさんの溜息とともに、俺の足元から疑問符付きの唸り声が聞こえる。そして、清流の香りが一瞬、鼻先を抜けていった。


「………そうか?私からすればお前たち魔術師の方がよほど陰険で偏屈だが。魔法使いは気難しいという言葉のほうが正しい」

「水蓮か。陰から出てきて私と話すとは、今日は随分と機嫌がいいようだな」

「魔法使いの弟子が云々と聞こえてきたからな。魔法に関しては我らの領分だ、首を突っ込まないわけにはいかないだろう」

「………ふ。プーカの様な事を言う。強い力を持つ妖精たちはやはり同じ思考になるのだな」


興味深そうにシルラーズさんは笑みを深めると、俺の隣に現れた人間体の水蓮に対して視線を向ける。


「プーカ。………妖精の森の王、伝説の森の牡山羊か」

「ほう、なんだ。あいつは君たちの中でも有名人なのか」

「全盛期の千夜の魔女と実際に戦ったものは我らの中でも数が少ない。私はお前たちの定義するところの妖精の中では決して若い部類ではないが、この森のプーカは最古の部類に入る。次元が違う」


水蓮ですらそういうのか。まあ、確かにあの仔はとっても強い。あと何かと面倒を見てくれる。杖とかくれたの、プーカだからね。


「今更なんですけど、プーカって女の子ですよね。なんで牡山羊?」

「………女の子………あいつをそんな風に呼べるのは君だけだぞ、マツリ君。まあ、それはいい。牡山羊なのは過去、男の姿を取って人前に出ていたことが多いからだ。男性の姿というのは勇壮の象徴として―――戦働きをするものとしての矜持だろう」


ああ、つまり千夜さんと戦う時に男の姿をすることが多かったから、その名残ってことか。まあプーカは基本どんなものにも変身できるから、名前に意味は宿らないんだけど。


「マツリ、お前もプーカと知り合いなのか」

「そうだよ。親みたいな人って感じ」

「親………」

「今度、会いに行こうか。きっと仲良くなれるよ」


実は水蓮は眠っているときにプーカと出会っているんだけど、本人は意識なかったからね。憶えていないのである。あ、あれです。水蓮を森に運んでいた時です。気が付いたらもう結構前だよね。

そんなことを考えつつカプチーノを飲み干し、ソーサーに置く。さて、話が少し飛んでしまったか。

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