妹騎士の小さな自覚
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彼女は、淡く発光するようにも見える、純白のベールを纏っていた。白髪と混ざりあうかのようなそれは、彼女の顔立ちを淡く隠し、けれどその内側から隠しきれない美貌を覗かせる。
ルージュの引かれた唇は、微笑みの形。目は薄く閉じ、長い睫が揺れていた。
―――身を包むのは、純白の婚礼衣。即ちウェディングドレス。本来は非常に重いそれは着る花嫁のことを考えて部分的にレースで彩られており、実用さと美しさを両立させていた。
長い裾の先は、顔を隠した女性二人がそれぞれ持つことで地面に引きずるのを防いでいる。
手には、ブーケ。足元は、今までの服装と雰囲気をそろえ、銀製の装飾を施された白いハイヒール。
「………あ。ああ………」
「すごい、あの人………さっきの人、だよね?」
「綺麗だなぁ………」
誰もが、彼女の登場に言葉を失った。彼女を―――マツリさんをよく知る私たちですら、言葉を形作ることができなかった。
花嫁衣装。言葉にすればたった四文字。けれど、彼女が纏うことなど考えたことすらなかった。
静かに、瞳が開く。ベールの奥底から翠緑の眼球が世界を捉える。翡翠のような、緑柱石のような………否。それら高価な宝石すら見劣りするような彼女の瞳は、開かれれば最早視線を逸らすことはできない。
一歩進み、靴音が響いた。マツリさんが周囲を見渡して、少し照れたように笑う。あれはきっと、周囲を飛び交うあちらさんへの微笑みだ。
「………そういえば。これからの季節、ジューンブライドに向けてウェディングドレスの貸し出しサービスも行うと、チラシに書いてあったな」
姉さんがマツリさんがなぜ、ウェディングドレスを着ているかの答えを説明してくれた。
―――そうか。もう、そんな季節も近いのか。
本来、ウェディングドレスとは非常に高価なものだ。安価なものでも、平民では手が出せず、代々受け継ぐものなのである。貴族でようやく、オーダーメイドで専用のドレスに手が届く。
そう考えると、成程。洋服店が最新の、本来ならば纏うことすら出来ないウェディングドレスを貸し出すというのはいい商売になるのだろう。店側にとっても、客にとってもメリットである。
このカーヴィラの街の生活水準というものは、都市国家でありながら他の大国よりも高い位置にあるが、それでも結婚の度にウェディングドレスを購入するということは難しい。騎士身分にある私たちですら困難だ。
そもそも、婚姻とは本来は村総出で行う一大行事なのだから、当たり前といえた。
「いつかは見ることになるかもしれないとは思っていましたけど、今とは。世の中、何があるかわからないものですね」
「お前はあいつの母親か………いや、ミーア。結構動揺しているだろう、お前」
「そうですね。はい、そうです」
姉さんの言う通りだ。私は、今ものすごく混乱している。
あの人の美しい姿に。人生集大成ともいえる、結婚の儀式の際に纏う服装を今、着ていることに。
―――そして、もう一つ。
「………それ!」
心の中で、最後の一つを言葉にする前に、ランウェイの先端に立ったマツリさんがブーケを投げた。
天高く放り投げられ、放物線を描くそれ。直後に、室内だというのに優しく風が吹いた。
そよ風の中で、シキュラーの魔術師ミーシェがため息をつく。いつの間に戻ったのか、シンスが目を輝かせる。さらにその横の水蓮が、見守るように微笑む。マツリさんの姿を模した彼女の手元にある椿の花が踊り、ブーケと共に風に乗った。
白と、紅。二色の花弁が一瞬だけこの空間を泳いで、消えた。
「ミーア。前だ、手を伸ばせ」
「え?」
姉さんに言われて、思わず手を伸ばす。直後に、柔らかい感触―――これは。
「えっと、これはブーケですか。なぜ、私の方に?」
「知らん。風で流れたんだろう」
「そう、ですか」
素手で掴んだブーケの花束。
ランウェイの方を見上げれば、マツリさんが微笑んでいた。
あ。ダメだ、頬が赤くなったのを自覚した。
「………ミーア」
「なんですか」
「照れてるだろ」
「はい」
隠しはしない。するものか。
今更、私自身にも嘘は付けないのだから。
そう納得して、先ほど中断された言葉を、改めて形作る。
「認めます。自覚します。そして、言葉にします。………私は」
―――私は、マツリさんのことを愛している。人として、そして恋愛対象として。
美しい姿を魅せた彼女、愛している女性がランウェイを戻っていく。
「この気持ちを、素直に伝えるのはまだ難しいでしょうけど」
「そうか?案外あいつなら普通に受け入れると思うが」
「弱みや孤独に付け込むつもりはありませんから」
「………ま、お前の好きなようにすればいい。後悔はしないようにな」
「はい」
そうだ。私は、マツリさんを愛してる。けれど、今すぐに伝えはしない。
あの人に、この世界も私も、どちらも好きになってもらいたいから。多くを知って、多くの人と触れ合って、そして最後に思いを伝えられればそれでいい。あの人に別に好きな人ができたならば、それはそれで仕方がない。受け入れてもらえれば、勿論嬉しいが。
………仮に恋が実ったとしても、この世界では同性同士では難しいかもしれないが、それでも抱いた気持ちに背くことはもうしない。
いつか、あなたに愛してると伝えます。そして、もしも祈りが叶ったならば―――その時には、もう一度、ウェディングドレスを着てください。
「というかですね、姉さん。私が同性を好きになることに対して違和感とかないのですか」
「お前は昔からそうだっただろうが。第一、マツリの場合に関しては別だろう。お前は、マツリだから好きになったのだ。違うか?」
「………違いませんが。むぅ、見透かされているみたいで不服です」
「双子の姉をなめるな。お前のことなんて大体分かる」
双子。同じ血を分けた、半身。確かに、見透かされていても当然だ。私も姉さんのことは良く分かるのだから。
………変わらぬ姉さんと、自覚した思い。まあ、自覚したからと言って露骨に何か変わるわけでもないが。
手に持ったブーケを眺める。ああ、願わくば。
この思いがいつの日か、実を結びますように。