魔法使いとランウェイ
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天井の大照明が落とされ、ランウェイの幕が上がる。最初に飛び出したのは、スラリと伸びた生足を楽しげに動かす、シンスの姿。
騎士として人と接することは当たり前であり、慣れているのだろう。或いは本人の気質故か、笑顔を振りまきながらランウェイをゆっくりと歩く様子は随分と様になっていた。
シンスの笑顔は周りの人にも伝播する。一番最初にシンスを登壇させたのはいい采配といえるだろう。
「綺麗だな、ミーア」
「………はい、そうですね」
「お前もモデルとして参加すればよかったと思うが」
「それを言うなら姉さんの方が良いかと。私の腕は傷だらけですから、ああいうのには向きません」
「いや、私とて全身が筋肉質だ、向かん」
「………お互いに、こういう催しには向きませんね」
それでも、ランウェイを歩く友の姿を見て優しく笑えるようになっただけ、お前は成長したと思う。
今までは関わりもしなかった。触れないように、傷つけないように、と。
「シンス、もう戻ってしまいましたね」
「モデルの人数も増えた。この店の方針としてはなるべく多くの服の種類を見てほしいというのもある。一人一人の時間は少ないのが自然だろう」
「ええ、分かっています。ただ少し残念だな、と。可愛かったですから」
「直接言ってやれ、直接」
「嫌です、ふふ」
悪戯娘のように笑うミーア。まったく、マツリと触れ合ってちょっとだけ変な方向に成長したな、こいつ。
ランウェイの方を見れば、そのマツリに惹かれてモデルとして参加した人間の姿も見える。予行演習の時のあいつの姿は、ただあの一瞬、一時だけで簡単に人の心を捕らえた。
あいつはあいつだ、マツリは穢れた魔女とは違うと当然、分かっている。だが、その身に宿る人外の力というべきものの一欠けらもまた、あいつの一部であるのも事実である。
………無自覚でも、意識的でも。どちらでもあいつは自分の魅力を使いこなしている。千夜の魔女という力の半分をその身に宿しているというのに、本当に大したものだ。
最初に出会った時のマツリと今のマツリは多少異なる。だが、本質は変わらない。それは偉大なことだ。
巨大な力に飲み込まれることもなく、支配しようと躍起になることもなく、あいつは自然にそれを受け入れて、受け止めた。学院長曰く、世界中に散らばった千夜の魔女の力の欠片、それを手に入れた人間は全員がその巨大な力に狂ったというが、あいつはそんなこと知らんとばかりに微笑んでいるのだから。
親友としてこれほど誇れる存在もいないだろう。
「マツリさん、出てきませんね」
「ああ。恐らくだが最後だろうな。あいつ以外にトリが務められるとは思えん」
「………まあ、そうですね」
魔道具の照射用照明が忙しなく動く。ランウェイを鮮やかに照らす光の輪舞は、花道を進む女性たちに色を添え、より美しさを引き立たせた。
その奥ではネルリアの言う通りに審査員がいて、歩き方といった所作から着こなしている服の特徴まで丁寧に説明していた。点数は一応つけているものの、殆どおまけ的要素になっている。
観客は盛り上がる。当然だ、シンスの笑みで”楽しい”という雰囲気が伝播し、応募したモデルたちもその雰囲気に当てられて笑顔を見せながらランウェイを歩く。
堂々と、のびのびと。あれは良い、士気が上がるのはどんな状況であっても、基本的に良い事である。
「ふむ、それにしても………」
このファッションショーは私服だけというわけでは無いらしい。着る当人の意思ももちろん反映されているだろうが、寝間着や量産スーツなども着用している者がいるのはこの店の品ぞろえの良さを知らせるにはいい機会だろう。
カーヴィラの街の大型ショッピングモール、その中にあるテナントの中でも最も大きな服屋がこの店なのだ。一般向けからちょっと高いものを欲する人まで千差万別の客が訪れるのである。
………まあ、売り上げが芳しくないのはオーナーの考え不足だろうが、そういうことは間々ある。残念なことにな。
話が飛んだか。多くの人が訪れるということは、多くの注文が寄せられるということでもである。つまり、この店が提供するサービスというのは様々あるわけだ。
私服、普段着から寝間着。オートクチュールとは違ってサイズの固定化されたスーツ、侍女服。流石にランウェイでは着られていないが、水着なども売られているのが見える。
店員が配っているチラシを見れば、さらに他のサービスなどもあるようだ。
「姉さん姉さん。マツリさんです」
「む」
ミーアに服の袖を引っ張られ、意識がランウェイに向かう。
―――そして、会場の雰囲気が一変するのが分かった。
「………」
床を叩く、ヒールの音。
「綺麗な人………」
白い髪が靡き、思わずといった体でそんな声がどこからか漏れた。
服装は先程の予行練習と変わらない。さらに言えば、マツリ自身は特に化粧をしているわけでは無い。だというのに、その存在感と美貌は群を抜いていた。
「ふふ」
微笑みながら、友が進む。
………あいつは意外と身体を動かすということに対し、筋がいい。胸や尻が邪魔をしているため鈍重に見えるが、素の運動神経は悪くないのだ。
その証拠に、もうヒールで歩くことに対して違和感を感じてはいない様子だった。
首元を彩り、色彩に調和を与えるスカーフ。大きな胸をいやらしさを感じさせない程度に強調しつつ、腰のくびれも見せつける白いシャツ。ウェーブの強い髪の代わりに揺れの少ない黒スカート。
そこから覗くスラリとした細い足。あれだけ身体つきがグラマラスだというのになぜそんなに細いんだと文句を言いたくなるほどのそれ。そして、そんな白い肌を包むニーソックス。
―――服装は似合う様に選ばれた善いものだが、あくまでも普通の服装の範疇だ。特別高価な値段をかけているわけでもなく、一人だけ特別な素材を使ってるわけでもない。
ただ、素材がいい。表情がいい。纏う雰囲気が、美しい。
一歩進む度に、会場中の視線を奪い取る。優しく微笑むたびに、男女問わずに頬を赤らめさせる。
「やっぱり、綺麗です………ふふ」
「そうだな」
例えるならば、絶域に咲き誇る一輪の白花。誰も彼も目を向け、そこから離すことが出来ない、そんな美しさ。
………それでいて、あいつは人との距離が近いのだから天然の人たらしである。まったく。
いや。人だけではないか。マツリのいう所のあちらさん、妖精すらもまた同じように魅力に引き込まれるのだから。
マツリがランウェイの先端に立ち、腰に手を当ててポーズを取った。そして、無意識なのだろうが流し目を残しつつ、ランウェイを戻っていく。
まさに大トリの貫禄というべきか。いや、だが………最後だというのに盛り上げ過ぎではないだろうか。
あのとんでもない美しさの後だ、皆が興奮冷めやらぬ様子で騒めいている。
「………あれ?姉さん、マツリさんで最後なのでは」
「その筈だが」
「ですが、照明の人たちが色や場所を調整しているのが見えますが」
「む?」
本当だ。ランウェイの周辺を見れば、店員たちが楽しそうに照明を弄り、場所を選定しているのが見える。
成程。
「最後にまだ何か、それも特大の物があるらしいが」
「あ。幕が、もう一度開きました」
ミーアが指をさす。そして。
………その奥から現れた姿に、誰も彼も―――私たちも含めて―――呼吸を忘れた。