姉妹の小話
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「姉さん、戻りました」
「ああ。急に客が来てな、対応が面倒になってきたところだ」
そういいながらも、幼い少女に道を押して、頭を撫でてから送り出す。
渋面を浮かべつつも、なんだかんだ言って親切に対応するのが姉さんという人間だ。基本的に面倒見がいい。
沸点が低いところもあるが、決して不寛容ではない。ただ、特定の事柄に対して貶されることが許せないのだ。
―――それは、例えば私たちの主を罵られること。或いは、私たちの親友に危害を加えること。そして、私を傷つけるもの全て。
ずっと、私は姉さんに守られて生きてきた。ずっと、そう思っていた。
「………あいつは、本当に器用になったなぁ。最初にであった頃なんて、喧嘩を止めるために身を乗り出して私に殴られていたのに」
「ああ。マツリさんがこの世界に来たばかりの時ですね」
「信じられるか、ミーア。あれから半年も経っていないのだぞ」
マツリさんがこの世界にやってきたのは、春が本格的に始まりだした頃だった。そして、季節は未だ春である。
緑青色の紫陽花が咲き始める季節になれど、まだ夏は遠い。そうだ、私たちとマツリさんの関係はまだそれくらいの期間しかないのである。
そう、思うと。―――随分と濃密な時間だったと思いますけど。
「私が………お前にしてやれなかったことを。シンスですらできなかったことを、マツリはやった。まあ、お前の特別になるのは当然かもしれないな」
「姉さんも私にとっては特別ですよ」
「そりゃあ、そうだろう。私たちは双子だ。忌み子として生まれ、長老からの許しを得て、カーミラ様に拾われた半身。だが、特別の意味は違う。私とお前は家族としての特別だ」
同じ顔立ちの姉さんの視線が、私を向いた。
「私は。お前があの時一人きりだったことをずっと悔いている。毒血の影響を唯一受けない私は、お前の傍にいるべきだった」
そして。
「お前を、ずっと守り続けるべきだった」
ああ。きっと、姉さんは私とシンスの関係をずっと知っていたんだろう。知っていて、けれど言えずに黙っていた。
私がその時の全てを忘却していたから。呪われた記憶だと思っていたから。
………そしてなによりも、解決することのない問題だと知っていたから。私の血は、私の生まれに由来する。姉さんの持つ毒への耐性も同じことを由来とする。
同じ根から生まれて、ここまで正反対であること。ちぐはぐであること。今は受け入れていても、かつてはそうはいかなかったのだ。
幼い子供の時分。姉さんに憧れてはいても―――どこかで、羨んでいた。姉さんも、ずっと後を付いてくる私のことを疎ましく思うこともあった筈だ。
それ故に小さな暴走。一人でも生きていける、自由なんだと思い込んだ結果の無謀が、あの時の結末だった。そんな痛みも、決定的な理由を忘れて恐怖だけ刻んで生きていたのだから、我ながら救いようがない。
少し考え込みつつ、数を増す見物客を案内する。
「きっと、守られ続けていたら私は………もっと、駄目になっていたと思いますよ。それに姉さんは今までずっと私を守ってくれていました。守られていないなんて、思ったことはありません」
「………それならいいがな」
「ええ。いいんです。私は、何不自由なく生きて来れましたから」
柔らかく微笑む。姉さんがいたから、私は孤独では無かった。
これはとても大切で大事なことなのだ。積み重ねがあり、絆がある。隣に、前に。一緒に歩いてくれる人がいる。
「シンスが助けてくれて、姉さんが守ってくれて。そして、マツリさんが救ってくれました。皆、特別ですよ。役割が違うんです」
指を立ててそういえば、ジト目でこちらを見つめる姉さんの姿が見えた。
「お前、マツリに似てきたな」
「そうですか?そうかもしれませんね」
逆にマツリさんが女性に近くなってきたというのもあるとは思う。いや、違うか。
あの人は、厳密にはただ女性に近くなっていっているわけでは無くて、より正確には―――大母の性質を帯びた、人為らざるものへと変容している。
「けれど、本質は変わっていませんから。強いですよね、マツリさんは」
自らの存在が大きく変容しても、精神すら影響を受けているかもしれないと理解しても。
それでも笑ってそういうものだと答え、自分は自分だと言い切る。私には、絶対に出来ないことだ。
「それにしても、人が多い………どんどん増えてきていないか?」
「先ほどのマツリさんのウォーキングがかなり集客効果あったみたいですよ」
「成程。ま、あいつは綺麗だからな」
「ええ、本当に。それと、もう開演するから、というのもあるのでしょう」
私は手伝わないといっていたシキュラーの魔術師、ミーシェ………正式な名前は別にあり、俗称だというが私たちはその名で呼ぶ………さんも、なんだかんだで意見は出してくれた。
告知のために、張り紙をした木板をショッピングモールの各地に置いておいたりと、マツリさんの魔法だけでは無く、人の行動もあったからこその、このお客さんの量なのだろう。
これはきっとマツリさんの望む結末だ。人を慈しむ、優しい魔法使いの願いだ。
ならば、その友として仕事をきちんとやらなければ。
「さあ。姉さん、お仕事です」
「分かっている。というかな、ミーア。お前、マツリが多くの人間の視線に晒されるのは嫌だったりしないのか?」
「何を馬鹿なことを言っているのですか姉さん」
あの人は、視線程度じゃ揺らがない。そしてなにより―――。
「私程、マツリさんを見ている人はいません。私の視線に誰も彼も、敵うものですか」
「………私の妹、結構拗らせてきたな。育て方間違えたか………?」
「聞こえていますよ。同い年でしょうに。さ、冗談はここまでです」
そんな事を言い合っていればほら、歓声が響く。ショーの始まりだ。皆、笑顔を浮かべてランウェイを注目していた。
この様子ならばイベントは大成功するだろう。というよりも、端を見れば服の購入を行っている人も見える。なので、もう成功しているといった方が正しい。
盛況、繁盛。そうなればこそ、騎士の出番だ。
「治安維持活動、やっていくとするか」
「はい」
………姉妹の雑談は、これで終わり。短いけれど、これはきっと大事なことだった。
ああ。この身の呪いの奥底を、私たちの秘事を―――マツリさんはもう知っているのかもしれない。けれど、だとしても。
いつの日にか私たち自身の口から、話したいものです。