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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
短章第五篇 魔法使いと少女たちのファッションショー
190/319

ヒールの踵は不慣れです



***








「むむむ………マツリさん、何でも似合いますね………これは、迷う………!」

「あはは」


気が付けば目の前には大量の衣服の山があった。一枚布を羽織っただけの下着姿でその山を見上げると、うーん壮観だ。

ネルリアさんはお店の中のどの場所に、どんな服があるのかをすべて把握しているらしく次から次へと服を持ってきては俺に合わせていた。流石、店員さん。

………いや、まあ。未だ答えは出ていないようですが。これは俺のせいでもあるのかもしれない。


「―――可愛らしいのは間違いないんですよねぇ。でも、それだけじゃなくて。ああ、そっか」

「答え、出ましたか?」

「………魔法使いの年齢は見た目相応とは限らないんですね。可愛らしさだけで選ぶと、服がどうしても張り付けられたようになってしまう。マツリさんに似合うのは、どちらかといえば大人びた………」


実際、今の自分の身体に似合う服というのはよく分からない。精神性が少し変わったため服選び自体は楽しいと思うようになったけれど、そもそもとして似合う服と着たい服が一致するとは限らないのだ。

背の高い女性がロリータファッションを愛することだってあるだろうし、小柄な少女が長身に合うドレスに憧れることだってある。

服は自己表現、自由だけれど他人から見られるものだからね。不用意には選べないし、難しい。女性としては初心者な俺からすれば尚更だ。

だから、ネルリアさんの考えをそのまま受け入れる。思考放棄したわけじゃなくて、そうした方が良いと考えてのことだよ。


「シックに行きましょう。上は白のシャツ、下は厚手の黒スカートを。もちろんフレアスカートで、折り目の少ないものを選びます」


服の山に手を伸ばすと、言葉通りのものを取り出す。ついでにその他のものも掴み取っていた。


「首元にはスカーフを………あら、刺青ですか?」


ネルリアさんの視線は、俺の左胸から左腕の先辺りまで伸びるトリスケルの紋様に向いていた。確かにこれは傍から見れば刺青に見えるだろう。

まさか特殊な理由によって体に浮かび上がっているとは思う筈がない。これを見て違和感を感じることが出来るのは、秘術に通じた魔術しか魔法使いだけである。ああ、人間では、だけどね。


「あー、いえ。これはなんといいますか。………うん、模様………?」

「え、模様?」

「そうです」


ということで説明も難しいし、がっつり断言だ。それ以外に言いようがないからね!因みに魔力の高まりによって成長します。と、それはどうでもいい。


「次は、足をこちらに向けてもらえますか?」

「はーい」

「………いやぁ。足、長いですねぇ。本当に頭身が整っているようで、羨ましいです」

「うん、面と向かって言われると照れますよ?」


おだてられているようにも思えるけど、嘘の匂いはしない。本心からそう思っているのは分かるけど、元男としてはちょっと恥ずかしい。

更にニーソックスが肌の上を滑るので、二重の意味でちょっとくすぐったかった。


「はーい、我慢してくださいねぇ。すぐ終わりますから。はい、終わりました」

「………ふぅ」

「じゃ、最後に―――こちらのヒール付きのブーツを履いていただけますか?」

「はい。………はい?ヒール、ブーツ?」


目を瞬かせ、ネルリアさんの差し出したそれを見る。

革素材で作られたそれはロングブーツと呼ばれる形状をしており、踵部分は高いヒールが取り付けられているのが見えた。

………ヒール。うん、知っている。

かつてヨーロッパで汚物を踏まないために発明されたという経緯を持つ、今では抜群のお洒落アイテムである靴の装飾の一つ。踵が持ち上がるため、とっても歩くのが難しいというけれど。

うん、えっと、ですね。


「ヒール、履いたことないんですよねぇ………」

「あら、意外です。でも似合いますよ、きっと!」

「転ばないか心配です………ランウェイ、歩くんですよね?」


目線は慌ただしくイベントの準備が行われる、控室の向こう側の風景へと。

店員さんの服装を着た多くの人があちらこちら駆けまわっていて、まだ数の少ないモデルさんの服合わせ、着付け、不要な服の運搬だったり、或いは単純な設営をしているのが見える。

………イベント前っていうのはどこの世界でもどうしても慌ただしくなるものだ。それよりも、簡易ランウェイへと注目し、その道をしっかりと認識する。


「大丈夫ですよ。今からしっかり教えますから!」

「え」

「マツリさんは美人です、綺麗です。ですが、また立ち振る舞いに甘い点があります!これはもう、しっかりと教育しないと!!」

「え?」

「覚悟の準備は良いですか!?」


あれ?雲行き怪しくない?


「まずは歩く練習からです、さあ行きましょう!」

「え、あの、ちょっと?」

「ランウェイで実際に歩いてみるのがいいと思います、さあ。さあ!」


手を引っ張られ、ランウェイへと続くスロープを昇らされる。今は手を引かれているから歩けているけれど、これ手を放されたら転ぶんじゃ?

グラグラと地面が揺れて、視界も揺れる。いや、女の人ってこんなの履いたまま時には走るのか………え、バランス感覚凄くない?女の人、凄くない?

いやいや、ヒールは昔は男も履いていたのだ、俺だってできるはず………イベントを成功させると決心した身、よく考えれば難しいからと投げ出すわけにはいかないもの。

頬に手を当て、やる気を籠める。


「あ、背筋は伸ばしてくださいね~」

「こふぅっ」


服の上から背中を押され、姿勢が正される。正中線を意識すればあらまあ、左右に触れることはなくなった。

………猫背でヒール履いている人って見たことないもんなぁ。そういうことか。何事もいい姿勢を保つのって本当に大事であるらしい。

いや、今のは気合入れていただけで決して俺の生来の姿勢が悪いわけでは無いのだが。昔、男だった頃はともかく、今は胸辺りに大きいものがあるので、猫背になると肩こりが常よりもさらに増すのである。

肩こり抑制のためにも普段から姿勢は気を付けていますとも、ええ。


「では。まずは歩いてみましょう!ささ、どうぞ!」

「はーい」


ランウェイのカーテンが開かれる。ちょっとだけ高くなった視線は、ヒールとランウェイによるものだ。さっきまでいた場所だというのに、高台から見るとちょっと新鮮な気持ちになる。

さて。ヒールの歩き方でよく言われるのは、頭のてっぺんを意識することとか、視線は遠くにをとかだけれど………幸いにしてヒールはヒールでもものすごく高いというわけでは無いため、俺でも知りうる知識だけでもなんとかなった。

歩き方に雑さは残るけどね。モデルみたいに歩くには訓練が必要である。

練習がてら歩きながら視線を動かせば、何組かのお客さんが俺の方を見ているのが見えた。偶々視線のあった少女二人に、照れくさいけど小さく微笑みかける。ふふ、結局後で見られるんだからどうとでもなれの精神だ。決めたことに物怖じはしてられないからね。


「………あれ?」


微笑みかけたら動きが止まってしまった。顔も赤いし………風邪?

その後、近くにいたミーアちゃんに話しかけているのが見えた。声はよく聞こえないし、読唇術は習得してないので何を話しているのかは不明だけど、何故かミーアちゃんがこっちを振り返ってうっすらと口角を上げてきました。

え、怒ってます?なんで?


「本当に初めて履くんですか?随分と上手ですが」

「あはは、初めてですよー。まあ、普段履かないからってコツを知らないわけでは無いですから」

「確かにそうかもですね。あ、でも足の運びはもっと丁寧にお願いします。踵とヒールは同じタイミングで地面に付くように、です」

「う、はい」


指摘事項を受け入れ、同時に接地するように歩くと随分と楽になった。どうやら普通の靴と同じような歩き方をすると転んだり、ヒールが折れたりする原因になるそうだ。

うーん、靴って意外と奥が深いんだね。


「―――マツリ」

「おや、水蓮。お帰り、頼んでたものは集まったかな?」


身体の周囲に水がまとわりついたような感覚を覚える。霊体の姿のままの水蓮が俺の横に現れたためだ。

すぐ戻るといっていたからね。


「沢山分けてきて貰った。いくら使っても問題はない」

「ふふ、全部は使わないさ。余ったものは折角だから、飾っておいて」


宙に籠が浮かび上がる。その中のそれ(・・)を、両手で抱えることのできる程度取り出すと、静かに呪文を唱える。


「『水に浮かぶ初摘の花 無香の息吹、黄金齎す華紅』」


………高く持ち上げ、手を放す。落ちる花弁は深紅色。


「『お前の力は優しく私たちを包み込む それは清廉に、そして華やかに。慎ましく、鮮やかに』」


音もなく息を吹きかければ、それらは微風の様な息吹に乗って、宙を舞う。その花の名前は、カメリア―――椿という名を持つ植物だった。


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[一言] ヒールにそんな歴史があったとは
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