香草の庭園
***
「学生がいるってことは平日なのか?」
わいわいがやがや。
まだそれなりに朝早いというのに、学院の中には人がたくさんだ。
まあ、海外の学校となればそれほどにたくさん人が居るというのも普通ではあるわけだし……イギリスに近いこのセカイ、この都市も、同じように人が居てもおかしくはない。
あ、大学ならちょうどこんな感じになるのかな。まだ行ったことないからわからないが。
「いきなり異世界に飛ばされてしかも寝込んだりしてたから、曜日感覚が狂いに狂ってるなー」
それも少し経てば治るだろう、たぶん。
このセカイで少しでも暮らしていれば、段々慣れていくはずだ。
人は環境に慣れる生き物ですから。あ。俺半分人間じゃないんだった。まあ似たようなものでしょ。
ぼっと通路案内を見上げる。
よく見ると宙に浮いていた。糸も無いようだし、たぶん魔法か魔術か、どっちかで浮いているんだろう……なんか、ぼわっとした力みたいなの感じるし。
「つか一学院内に案内板かよっ……まあ、広そうだしなーここ」
一体何坪あるのか……この学院を作るのに使われたお金を考えるだけで恐ろしい……。
魔法とか使われていれば多少は安くなるのかな。
いや、しかしそういうことに魔法を使っていいのか……よくわかんない。
そもそも魔法がどんなのものかすらわからない。
そういえばシルラーズさんは炎を出していたっけ。
オーソドックスといえばオーソドックスな火炎の魔法……いや違う、魔術だ。
「紛らわしいな……」
知識不足なんだろうね。
きっと勉強している人なら、魔法のことを魔術といったりなんかしたら怒るはずだ。
口は禍の元、変なことはしゃべらないでおこう。
「お、すごい彫刻」
柱に聖母像みたいなのが彫り込んであった。
いやすごい精巧だなこれ……触るのもちょっと躊躇うレベル。
触れたら壊れそうだし。
「んま、次行きましょっと」
病室は一階にあったみたいで、図書館は階段上って二階にあるらしい。
案内板にそう書いてあったし、間違いない筈。
ちなみに某魔法ファンタジーの名作では、階段が気分で動いたりするけど、ここはそんなことは無いようだ。
そりゃそうか。
実際気分で階段に動かれては不便が過ぎる。
人間は効率を求める生き物ですが故……たぶん。
その割には無駄なことしている人たちも多いし、じつは学院のどこかにはそういったものあるかもね。
ちなみに俺も率先して無駄なことをするタイプ。
でも仕方ない、無駄こそ人生の至高なんだから!
嗜好は至高、なんちて。
「……自分で言っておいて寒い!」
周りから変な目で見られた。すいません。
「とりあえず、どこかで朝ごはんでも食べましょうかねー」
あらま、立派ないくつもの柱の先に、いい感じのお庭を発見。
木陰もあるし、ベンチもある。何より人が居ない。いい感じだね。
図書館より先に、庭に行くことにした。
***
「おお、中庭……庭園?」
どっちだろうか。
どっちも同じか……。
栽培しているのだろう、手入れされた無数のハーブに、いくつかの樹木。
一番目を引くのは、ベンチのすぐ後ろにある大樹だね。樹齢何百年はあるんじゃないだろうか。
この周囲は、そのハーブの芳香が混ざり合って更に良い香りを生み出している。
うん、匂いフェチの俺でも大満足ですよ。
「……うーん、ラベンダー、ローズマリー、菩提樹……まだまだあるな」
匂いをかぎ分けようと思えばできるけど、ここはこの混ざり合った匂いのまま吸い込むのが一番いい気がする。
ほとんど調香師の仕業だよねぇ、これ。
自然のアロマである。
余程手入れしている人のセンスがいいのだろう。
ベンチに杖であるパイプを置き、膝の上にサンドイッチの入っている籠を乗せる。
さて、取り出してみよう。
「おお!まるでお店のような丁寧さ……」
意外と几帳面なんだね、シルラーズさん。
意外とか言っちゃ失礼だけど、白衣は着崩しているし煙草の銜え方も適当だし……。
まあ、仕方ないですよねー。
「うん、仕方ない仕方ない」
一口頬張る。
うん、おいしい。
マスタードがしっかり効いていてとてもいい味加減。
そのまま食べ進めていると、目の前にこの庭園を管理していると思われる人がそっと現れた。
深い新緑のような緑色の髪に、黒檀の眸。小柄な体に、ふわふわした髪型と雰囲気……。
そして、なによりも……絶世の美少女だった。
うーん、ミーアちゃんたちよりもすごい……?
いやあの娘達もすごい美少女だし、同じくらいだなぁ……。
今考えれば俺の周りに美少女いすぎだよね。でも俺も女に姿変わっちゃっているから内心すごく微妙である。
「……どこから現れたんだろ?」
小さく独り言を言う。
少なくとも庭の入り口からは入ってきてない筈だけど。
だってベンチは入り口側向いているし、そこから入ってきたならすぐわかる。
うーむ……考えを巡らせてみるが、まあわからないものは分からない。
そのままにしておこう。
俗に思考放棄ともいうけど気にしなーい。
とりあえず、なんとはなしに女の子を眺めてみる。
別に変な気持ちあるわけじゃないよ?ただ暇だったので。
「~~~♪」
手に持った、美しい装飾が施された木製如雨露を傾けて育てられているハーブの上に水を落としていく。
その水が葉に当たった瞬間に、ハーブたちはさらに生き生きと育っていくような……そんな気がした。
いや、気のせいではないなこれ……なんとなく、ではあるけど、草木に宿っている力が増した感じがある。
というか……。
「この娘……人間じゃない?」
そう、さっきからなんとなく感じるこの気配。
なんというか……プーカと同じような感じがする。
それに、この中庭は周りからよく見えるのだ。なのに誰もこの娘に対して目線が行っていない。
これだけの美人な少女がいて、通る人が誰も振り返らないというのも変な話である。
幽霊とか……?
千夜の魔女が幽霊みたいな感じだったし、このセカイならいてもおかしくない。
でも、だったらこの学院にいる人たちなら見えるよねぇ。
シルラーズさんは千夜の魔女を見ていたわけだし。
というかだけど、幽霊居たら連れて行くなどと言っている人が野生の(?)幽霊を見つけてただ放置しているはずがない。
多分。
「ま、いっか」
分からないことは分からないままに。
必要なことなら考えるけど、別にいまいらないことを考えても時間の無駄である。
これが俺の信条です。コロコロ変わるけどね。でもそれが人間だもの、仕方ない仕方なーい。
「うん、仕方ない!」
「……?!」
「あ、これは失礼」
大声で仕方ない!などと叫んだら、周りから注目された。
まあ、思考読めている人が居るのでもなければ、ただいきなり叫び出した変な人だもんね。
ちなみに、その周りにはあの美少女も居ました。
というか一番近いところで驚かれた。そりゃそうか、一番近くにいるんだし。
「いや、ほんとにごめんごめん。あ、どうぞお仕事の続き頑張って」
「…………?!!??!」
「ん?」
「……っ…………!!…………っ?!??」
あれ、やけに驚いているな、この娘。
何故だろう。