モデルのお誘い
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「こちらです」
ファッションショーを行うと宣言した店員さん………ネルリアさんというらしい………に案内されたのは、ショッピングモールの洋服店、その中で最も外から見える場所に作られた仮設のランウェイだった。
仮設といってもヒールなどが引っかからないように通路は段差がないものになっているし、勿論木組みが露出していたりもしない。
丁寧に作られているその様子が、今回のイベントに本気であるということを理解させた。
「出来れば皆さま、お綺麗ですのでモデルとして出て頂ければと思うのですが―――」
「私はパスよ。魔術師だもの、あまり人前に出たくはないの」
「同じく。見世物になるつもりはない」
速攻でアルちゃんと水蓮がノーを突き付けた。まあ、うん………二人はそうだろうなぁ。
「私と姉さんは警備側に回ります。いいですよね、姉さん」
「ああ。私もあまり着飾るのは好かない」
「あれ?私は?」
「シンスは好きにして」
「じゃ、出よっかなぁ。人足りてないんでしょ、お姉さん?」
「そうなんですよぉ………うちの社員は人数少ない上に、裏方や審査側に回っているので出れませんし、かといって店先で誘っても断られますし………」
いや、本当に働くって大変なんだなぁ。
この世界では俺も一応労働者ではあるけど、自由業というか、自由人であることは変わりないので縛られる辛さというのは経験がない。
物理的に身体が痛む経験なら結構しているんだけどね。これは俺の仕事の進め方が悪いのかもしれないですね、はい。
若干他人事のようにみんなが話し込む様子を見ていると、急に視線がこちらに向いた。
「え、なに?どうしたの?」
「マツリちゃんも出るよね。というか強制出場だよね」
「………うーん。ま、困ってるっていうなら手伝うけどね。人助けになるなら服着て歩くくらい、拒否しないよ」
でも、それはそれとして問題も残る。俺個人の問題もあるけど、この場合は店側の問題だ。
「今集まっている出場者って何人くらいなんですか?」
「………お二人を合わせて、五人です」
「五人………五人だと、少なすぎますね………」
俺とシンスちゃん以外に三人だけ。
通常一ブランドのファッションショーだと、用意されるモデルの数は十人から二十人。そのモデルさん達が二回から三回、多ければもっと着替えて出場するとされている。いや、生のファッションショーはみたことがないからあくまでもそうらしいという話だけどね。
さて、今回のイベントはなんちゃってファッションショーであるが、本来の目的は多くの人にこんな服がありますよ、ということを知ってもらうためのものだ。
即ち、出場者に求められるのは多様性であると判断できる。
滅茶苦茶な美人が一人いたとして、その人がこのお店の服を何着も着まわしてランウェイを歩くというのは幾つかの理由から却下せざるを得ないのだ。
「最低でも三十人は欲しいところです。舞台セットは自作のものを使っていますし、本物みたいな演出は寧ろ邪魔になるからいらないにしても、人数はたくさん用意しないとショーが成立しないかと」
「マツリさん、どういうことですか?」
「うん。まず仮に五人でショーを回すとした場合、同じ人が延々と違う服を着て回るっていう光景になるよね。そうするとじゃあマネキン動かした方がいいんじゃないかって話になる。これが本職のモデルさんなら別だけど―――素人さんを起用すること自体に、今回のイベントの醍醐味がある、そうですよね」
「はい。何度も言いますが、私共の商品はオートクチュールではなく、既製品、大量生産品―――プレタポルテですから。多くの方に親しんでもらえるというのが売れる絶対条件です」
ま、パリコレとかでもプレタポルテのファッションショーは行われているけれど、それは俺の世界の文化だ。この世界ではまた違う流れがある。
というより、この街ではかな。首都ならそれこそ四大コレクションにも負けないファッションショーをやっている可能性だってあるのだから。ま、それはさておき。
「歩き方、体重や体形の維持―――食事制限に運動制限までするのが本職のモデルさんだ。俺も含め、そんなことは出来ないし、それをするのが目的のイベントじゃない。あくまでも街中の多くの人たちに着てもらい、見てもらって、買ってもらう。それが主題だからね」
これが多様性ということである。簡単に言うと物量作戦じゃないか、とも思うけどね。
でも物量が大事なのだ。似合う服を見つけるとき、自分に近しい体形や顔立ちの人を基準にするのは変なことじゃない。纏う雰囲気によって服も合う合わないがあるのだから。
「次に、物理的な問題。仮に五人でショーを回す場合、服をたくさん見てもらうにはその五人に何度も着替えてもらう必要があるよね。それこそ本当のファッションショーなら着替えさせてくれる人がいるけど、一番服について詳しい店員さん達が審査員に回っているんじゃ、着替えが出来ない」
もしくは出来ても手間取る。一人歩いて戻ってきて着替えて、その間にまた一人行って貰って………また帰ってきたら着替えて。
更にそれを面倒な結び紐やら、下着総入れ替えまである状態で全てを一人でやるなんて、とてもじゃないけど間に合わないだろう。裏方業務をしている他の店員さんに任せる?それではショーの運営が成り立たない。
「どこかでショーがもたつくだろうし、そうすると見ている側、観客たちは飽きたり、冷めたり………そんな感じになっちゃう」
「その心配は上がっていました………なので、本来なら五十人ほどは集めたかったのです。そうすれば―――」
「一人一人に一着だけ着て貰って、ランウェイを途切れさせることなく歩ける。しかもその後の着替えなどもないから、店員さんたちも裏方業務を最低限で済ませられる、ですよね」
「はい。一応お礼として着用した服をプレゼントしたり、御礼金を出したりはしているのですが、どうも恥ずかしさの方が上回るようでして」
ネルリアさんは本職で、俺よりも就業経験が長い。しかも服飾関係に携わっているのだ、俺が上げた程度の問題点は理解しているだろうし、本来どうしたかったのかも定まっている。
ただ、手段がないだけなのだ。当たり前だ、何事も考えた通りに進むのならば誰も神頼みなんてしないし、魔法使いの元に願いを叶えに来ることもない。
「魔法使い、それで結局どうするのよ。集まっている人数が五人しかいないのは覆らないでしょ?ならそれでショーをするしかないじゃないの」
「いや、失敗が見えてるものを………って言うと失礼だけど、うん。まあ、その」
「いいですよ、全然………はっきり言っちゃってください」
「成功の難しいイベントを強行するのは、悪手じゃないかなぁ、と。そんな風にですね、はい。思うのですよ」
アルちゃんが言うのも事実だけどね。でも、覆らないかどうかは分からない。
問題に至るまでの小さな障害、それを一つ一つ取り除いていけばきっと改善できる筈だ。
「ファッションショーの開催は何時からですか?」
「えっと、午後二時からスタートの予定です」
懐中時計を取り出し、時間を確認する。今は大体十一時か。
イベント開催の直前準備に最低でも一時間かかると考えれば、使える時間は二時間程度だね。
これまた成り行きだけども、まあ困ってるというなら助けるのが魔法使いのおしごとだ。やると決めたからには、しっかりやらないと。
「よし!じゃあ、あと二時間の間になんとかしよう。もちろん、皆でね」
「………ああ、願いを叶える魔法使いモードに入ったな。これは逃げられんぞ」
「逃がさないよ、水蓮。君も共犯者さ、ふふふ」
いや、悪いことは何もしないけども。
肩を竦めてやれやれといわんばかりの水蓮に笑いかけつつ、「それじゃあ」と指示を出した。
「まずはミーアちゃんとミールちゃん。イベント告知よろしくね」