姦しき服選び
目移りしてしまう程にたくさんの商品や、行く場所があるというのはショッピングモールの醍醐味だ。鼻が利く身としては、見えなくとも少し空気を取り込むだけで何があるのかわかるのは便利だったりする。
「魔法使い!こいつにこれ買ってやりなさい」
「………あらま」
目を向ければ、試着室から水蓮とアルちゃんが出てきたところだった。勿論、水蓮に無理やり服を着せたのは間違いないけれど、そもそも服がないと出歩けないからね、この娘。
さて。そんな水蓮が纏っているのは、水蓮の長い足が強調される七分丈の黒いズボンに、薄手素材の水色のシフォンブラウス。シンプルにそれだけだけど―――うん、流石元の素材がいいだけあるね、似合っている。
あ、決して自画自賛では無く。水蓮の容姿は俺をもとにしているけど、決して俺ではないからね。前にも言ったけれど。雛型を取ったところでそれそのものに変じるとは限らないってことである。
「すごく綺麗だよ、水蓮」
「………そうか。よく分からないが、まあいい」
「じゃ、まずは買ってくるね。水蓮もずっと影の中じゃつまらないでしょ?」
「いや別に」
「つまらないよね、そうだよね。買ってくるね」
多少、いやかなり強引に言い切ると、水蓮を無理矢理頷かせてお金を支払う。着たまま購入だ、値札を切って店員さんに渡した。
「じゃあ、次は貴女ね。こっち来なさい」
「あーれー」
手を引かれて店の別の場所へ。この洋服店は………と区切るのもどうかとは思うが、まあとにかく………服の種類というよりは印象によってフロア内の置き場を分けられているようで、例えば水蓮が纏うような大人の女性向けのエリア、子供向けの服置き場、フォーマルウエアや寝間着エリアなど多々広がっていた。
巨大ショッピングモールの巨大洋服店だ、流石テナントの一つであるというのに本当に広範囲に店を持ち、多くの商品を置いていた。
アルちゃんに手を引かれ、移動したのは若い女性向けの服がある場所。まあ、俺の実年齢と見た目年齢を加味すれば、確かにこのあたりになるだろう。いや、まあ、ロリータファッションの場所に連れていかれたら流石に傷つきますし。
見れば双子の騎士とシンスちゃんが既に服をいくつか選んでいるのが見えた。
「どう、騎士様と妹?」
「妹呼びは流石に雑では。あと騎士だとシンスと被ります」
「や、ミーシェちゃん。あー、アルちゃんの方が良いんだっけ?ま、いっか!」
「………もうなんでいいわ。なんでこの魔法使いの周囲って癖の強い奴ばっかり………」
アルちゃんもなかなかの癖の強さだとは思うけど、何も言わずに微笑みを向けておいた。類は友を呼ぶですね、はい。
騎士の三人の方を見れば、既に籠の中に沢山のお洋服が入っているにもかかわらず、まだまだ悩んでいる様子であった。
「あらら、適当でいいのに」
「いいわけないじゃないですか。命がけです」
「あははは、命がけは言い過ぎ………あ、ミーアの目、マジだ」
「うむ。私にはよく分からん」
ミールちゃんは早々に服選びを投げていた。
「そもそも私は自分の服すらミーアに選んでもらっているのだ、人の服など選べるか!」
「いえ、そろそろ姉さんも自分で選んでください。いつまでも妹に丸投げするのはどうかと」
「………面倒だ」
あー、うん。その気持ち少しわかる。着れれば何でもいいよねっていうあれだ。でもそういう感情は男特有だと思っていたけど………ま、個性だものね。男女なんて関係ないか。
「というかさ。二人とも、考え込むだけだと意味ないと思わない?」
「どういうこと、シンス?」
「いや、本人いるんだから着せ替え人形………こほん。試着してもらえばいいじゃん?」
「今、着せ替え人形って言ったよね、シンスちゃん」
「成程。一理………いえ、百理ほどありますね」
「ね、いい考えでしょ?さー、やろー!」
「着せ替え人形って言ったよね!無視しないでね!」
と、反論しつつも流れるように試着室に放り込まれ、気が付いたら俺とミーアちゃん二人で狭い個室の中に納まっていた。解せぬ。
………ま、狭いといっても女性二人だ。多少俺の発育が良いにせよ、それでも満員電車の如くぎゅうぎゅう詰めってわけじゃない。着替えるにもスペースの余裕はある。
なんで二人一緒かといえば、さっきの水蓮とアルちゃんと同じ―――俺が服の着方を知らないからだ。
要はミーアちゃんは着付け役ってわけだね。
「はい。ではまずは、服を脱いでください」
「………りょーかいだよー」
聞く人が聞けば誤解するようなセリフ………それをかけられることになるとは思わなかったなぁ。
しみじみと思いつつ、簡素なシャツをすっぽりと脱ぎ去った。う、脱ぎ際に胸が引っかかる………確かに成長してるっぽい。
「揺れ………揺………」
「ミーアちゃん?」
「いえ、なんでも。下もですよ」
「え、下着も?」
「スカートもっていう意味です!」
「あはは、冗談冗談」
本気で脱ぐ気はないですよ、ええこんな街中で。
ミーアちゃんには裸を見られたこともあるわけだし、今更ではあるけど時と場所は弁えるさ。当然ね。
スカートのホックを外し、するりと降ろす。さて、これで俺は下着姿になったわけだ。ちなみに今日の下着は上下ともに白色で、ブラはフロントホック、下はティーバックである。双方にレースがあしらわれていて、綺麗だし可愛い。
フロントホックを選んだ理由は単純だ、後ろだとちょっと大変なんですよ、大きすぎてね。何がとは言わないけど。
「それで、どんな服を選んでくれたのかな」
「いろいろ、ですよ。まずはこれです―――」
女子力の高いミーアちゃんは人に服を着せているということに特に大変さを感じさせない様子で、素早く俺に服を纏わせる。
手を小さく叩いて「よし」、と呟くと、試着室のカーテンを開いた。
「んー、シャツに………スカート………?」
「シャツは確かにそうですが、下はフレアスカートです。マツリさん、服の名前もしっかりと覚えるべきでは」
「有名なのしか分からないよ、流石にね………」
元は男ですので。さて、皆が選んでくれた服の一着目はミーアちゃんがそう説明してくれた通り、白色のシャツに紅のフレアスカートという構成だった。足元は低いヒールの靴だね。
軽くつまんでくるりと回る。スカートが動きに合わせてゆっくりと揺れた。
うん、悪くない。
「次です」
「あ、もう?」
再び流れる手つきで着せ替えられること数分。そしてカーテンが開かれると―――。
「ふふ、ダーク系のロリータファッション………あるもんだねぇ」
これに関してはちょっとだけ微妙な感じ。いや、服として嫌なわけでは無く、普通に似合ってしまっているのがちょっぴり悲しい。
ロリータて………ロリータて!
頭の上には小さな飾り帽、全体的に黒で統一された服装は、足元からパンプスにタイツ、そして上下一体のゴシックドレスへと繋がる。手にはレースで彩られた長手袋だ。うん、派手ですね。
しかもこのお洋服、値段も凄いんです。理由はレースが使われているためだ。この時代、レースは職人芸の賜物だからね、貴族でもなければ買えないよ。
………次!
「お、今度は私が選んだやつだ!どう、どう?」
「落ち着いていい感じだよ、シンスちゃん」
と、カーテンが開かれた直後に本人がそういったように、今度の服を選んだのはシンスちゃんだ。
三着目は落ち着きのあるベーシックスタイル。ベージュ色のトレンチコートに足はスカートではなくズボンで、動きやすいし露出も少ない。
でも色気を出す場所がないわけでは無くて、ブラウスはよく見れば肩出しルックである。大人向けの服装だね。
「もっと可愛い服でもいいのではないか」
「私も同感だな。水蓮とは違い、マツリの場合は背が足りん」
「あー。背かー、確かにね」
水蓮とミールちゃんがそのようにアドバイスをくれた。俺の背は高い方ではないので、大人系だとちょっと背伸びした女の子、みたいな印象になってしまうかもしれない。
別に普段使いなら良いんだけど、じゃあ例えば仕事の時に着て行くとすれば………相手に不安を与えてしまうかもだ。
いや、でも俺としては結構気に入ってるんだけどな、これ。
―――あれ?というか………こうやって服を着替えてみんなに見てもらうの、結構楽しい。これも感性が変わったが故なのかな。
前なら面倒と思っていた筈なのに、こうして服を着替えているのも悪い気持ちではないのだ。
「………なら、悪いことじゃない、よね」
それもそれで、また俺である。口調や正確に少しばかりの変動があろうとも、芯が変わらなければ問題などあるものか。