待ち合わせ
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ということでやって参りました、喫茶店。
元々男だけど、喫茶店を巡るのは結構好きだったので、この異世界に来てからも俺は特に違和感も抵抗もなくこうしてお店の扉を潜ることが出来る。
今回は新しい場所だ。街の中央近くにある、老舗の喫茶店である。
俺の世界でいう所のアンティークがこの世界にとっての先端であるにせよ、それでもこのお店”モーニングスター”の内装は古めかしいという印象が強いような気がした。
いや、古めかしいのではなく古式、或いは時を引き継いだようなって方が正しいかもね。丁寧に彫刻された木造壁や天井からつり下がっている、無駄を削ぎ落とした美を誇るシャンデリアなど目を見張るものは多い。
「うん、さて」
………それはそれとして。
うーむ、確かにミーアちゃんが俺の服を買いに行こうっていったのもわかる気がしてきた。
所持している服の量と種類が極端に少ないのだ、実は。服を買いに行くための服がない、まではいかないけどもしもこれが汚れたり破れたりしたら、その状況になってしまうくらいには、服がない。
下着はつい最近購入したためあるけれど、下着で歩き回るのはただの露出狂である。………あ、本当の露出狂は下着こそ履かないのかな?ま、それはどうでもいいか。
家にあるのは寝間着が二着と魔法使いの礼装である帽子とローブ。それから普段着は白いシャツが二枚に安さに惹かれて購入した種類の名前すら分からないスカートが三つ。その他フォーマルな服装なんてもちろん持ってない。
あれ、こうして考えると、俺ってかなりずぼらな服装しかないのでは―――と、気が付いてしまったのである。
「服装を整えるのも礼儀の一つかー」
「そうですね。無頼漢の集まる酒場と上流階級の通う料理屋、装いは変えるべきですし、その為の服は持っておいた方が良いです。勿論、買い揃えるのに加えて定期的に身体に合うか調べ、会わなければ手放すのも大事です」
「その辺りはお洒落っていうよりは教養の部分なのかも。なるほどなー、気を付けないと」
知識だけでは知性たり得ず、当然教養は身に付かない。
”魔女の知識”という便利なものがあっても、それだけでは意味を為さないように、一般常識とかそういうものは保持して更新していくべきだ。
忘れかけていたよ、うん。魔法使いだからって世界から完全に隔絶しているわけでは無いのだ。人とつながってこその魔法使いであり、俺である。
「それで、姉さんとシンスは」
「もう少しで来ると思うよ。アルテミシア………アルちゃんを引き摺ってきてるのかも」
「………アルちゃん?」
「うん。もうあの子の本名わかってるからね。かといって偽名のままっていうのもあれだし、略称つけたんだよ。さっき出した手紙でね」
「へぇ。ふーん。そうですか、略称ですか………へぇ………」
「?」
急に目線を反らして頬を膨らませるミーアちゃんに首を傾げていると、足元からため息が聞こえてきた。
影の中に潜む水蓮のものだろう。この娘は物理的な服を持っていないからね。あ、下着だけはあるけど例によってである。
幻覚で着込んでいる風に見せることも出来るけど、俺やミーアちゃんにから見ればうっかり全裸で見えちゃうので流石に影の中に潜んでもらった。
………俺たちだけしかあちらさんが見えないわけじゃないからね。街中にだって、そういう適性を持つ人たちはたくさんいるものだ。何せこの世界は、秘術と人の距離が近い。
珈琲を口元に運び、雑踏が覗く窓の外を見る。街の喧騒は店の中までは影響を及ぼさず、静かにクラシックが流れ、緩やかに時を刻む空間が俺たちを包んでいた。
「………シンスちゃんとは、どう?」
「どう。とは」
「仲良くできてるかなって。友達、だもんね、昔からの」
「そうですね、はい。昔からの数少ない友達です―――マツリさんと同じ、私の大事な人です」
「………そっか」
珈琲をソーサーに戻す。ああ、多分だけど、俺の頬は少し赤くなってるかも。
面と向かって友達って言われることが嬉しいのと恥ずかしいのと………俺も、大好きな人に大事って言われるの嫌な訳ないからね。
あ、でも、あれですよ。大好きって言ってもあくまでも友達としてであってね、そんな親友に邪な気持ちなんて抱けるわけもなく。
「あ、マツリちゃんおひさ~!元気してる?大丈夫?」
「ふにゅあっ?!」
「………え、どしたの?気道に珈琲詰まらせた?ごめん?」
「いや、なんでもないよ、うん。お久しぶり、シンスちゃん」
変なことを考えていて周囲に気を配るのを忘れていた。気が付いたらシンスちゃんが俺の椅子の後ろに立っているでは無いか。
ちゃんと鼻を動かせば、お店の入り口付近にはもう二つ、ミールちゃんとアルちゃんの匂いがあるのが分かる。
………いつのまに。いや、本当に変なことを考えていたせいだろう。反省反省。
そもそもだよ、この世界に慣れ親しまなければならない身で恋愛云々なんて片腹痛いってやつです。俺にはまだ早いのだ。というか年齢=彼女無しの俺にそんな都合よくいい人が現れるわけもないよね。
恋の仕方だって分かんないし。
「魔法使い、来てやったわよ。さあ、報酬を渡しなさい、そして私はすぐに帰るわ」
「や、アルちゃん。みんなで遊んだら最後に渡すね」
「ちょっと話聞いてる?あとアルちゃんっていうのやめろ」
「え、やだよ。そして聞いてないよ?」
アルちゃんに無言で髪を引っ張られました。痛い痛い。
くせっ毛の上にさらについた変なくせを手櫛で直しつつ、わちゃわちゃと騒がしい俺たちを呆れた表情で見ながらやってくるのはミールちゃん。
「図書館で騒いだ私を笑えないな、お前たち」
「姉さんの場合は図書館で喧嘩したからです。一緒にしないでください」
「ぐぬ………」
うん、一撃でダウンしてますねミールお姉さん。それはともかく。
これで影の中の水蓮含め、六人全員が集合した訳だ。こうしてみると大所帯だけど、まあ見知らぬ仲でもないからね。
「あ、皆は朝食は食べた?」
「一応ね」
「たくさん食べてきた!」
「ミーアと一緒に食べた」
「そっか。俺も今済ませたし」
この珈琲は食後のそれである。うん、机の上には空になったケーキのお皿が二つあったりするけれどそれは置いといて。
皆ご飯は食べ終わっているというならば、後はもう街に繰り出すだけだろう。
立ち上がり、会計を察してやってきてくれた店員さんにチップ含めたお金を渡す。割られていない銀貨を数枚だ。
「あ。そういえば」、と思いつきついでにアルちゃんの方に振り向いて、ローブの内側に手を突っ込んだ。
「………なによ、魔法使い」
「一応迷惑料、かな。あはは、俺は服のこととか正直分からないし、前に下着選んでくれたアルちゃんがいてくれれば心強いなって思ってるんだよ」
そう言ってから取り出したのは、コイン程度の大きさの琥珀だ。それを軽く彼女に向けて放り投げた。
「………あなたって、意外と人たらしよね、本当に。それで、これは?」
「勿論ただの琥珀じゃないよ。大気の魔力を封じ込めておいた―――まあ、結構な量だと思うよ。好きに使って」
あちらさんが作り出す、星に満ちる色を持たない膨大な魔力。それを琥珀に詰めておいた。
宝石類っていうのは元々貯め込みやすい性質があるからね。厳密には化石である琥珀も、同じく強い魔力蓄積能力があるのだ。宝石自体がやっぱり特別な力持っているのも強く影響していると思うけど。