お出かけする魔法使い
「服を買いに行きましょう」
「………はい?」
水蓮と呪いに纏わる一連の事件が終わり、更には俺の誕生日も終わって三日ほどが経った。
魔女の集会、ヴァルプルギスの夜に出向いていたことは勿論ばれて、叱られてしまったけれど。
まあそれは心配されたことが故だからね、それにシルラーズさんはどこか納得していた様子でもあったので、ミールちゃんとミーアちゃん………双子の騎士が主に怒っていました、はい。
集会の後は身体の調子はどんどん良くなっていて、三日目である今日はもう少しの痛みすら身体に残ってはおらず、もう家に戻っても問題ないとお墨付きを貰ったところであった。
これでも一応家主だからね、用事もなくあまり家を空けておくことは出来ない。帰れるならば帰ろうと、ローブを着て、いつもの帽子を被り、そして代り映えのない服を着こんで靴を履いたところでそんなことを言われたのである。
「ミーアちゃん、俺だって服は持ってるよ?」
アルテミシア………本名を偽りの名で被せるところのミーシェちゃん。あの子と一緒に洋服店を見て回ったのはつい最近のことだ。まあ、あれは服というより下着だけどね。
うん。というか身体も回復したし、あの子に報酬を渡さないとだなー。契約はしっかりと履行すべき、秘術に関わる者たちならば特にね。
「いいですか、マツリさん。学院長のカルテを拝見しましたが、胸の大きさや身長、少し変わっていますね?変わっているならば、それに似合う服を持つべきです。身だしなみを整えるのは基本ですよ」
「え。俺の身体、変わってたの?」
「………知らなかったんですか。自分の身体のことくらい知っていてください」
「いやー、成長するなんて思わなかったから。そっか、俺も成長できるんだ」
「少しだけ、ですけどね。良いことか悪いことか、それはマツリさんの考え方次第かと」
「………ふふ。ミーアちゃん、優しいね。ありがと、その言い方好きだよ」
慎重に選んでくれた言葉は決して嫌な気持ちではないから。うん、俺の肉体―――多分、成長というよりは文字通り変化に近いんだろうけど、それでも決して嫌ではない。
その変化の理由が例え、重ねた無茶によって人外に、つまり。千夜の魔女に寄ったからであっても、悪いことではないだろう。
うん。なら服を買うっていうのも同じように悪いことじゃない。少し変質した肉体に似合う衣装を纏うのも、それはそれで楽しそうだ。
「分かったよ、買いに行こうか。幸い、水蓮の呪いを解いたことで多少お金も貰えているし」
「私をどうにかしろ、という依頼はそこまでの賃金にはならなかったか。難易度が低かったか?」
「………あれ以上の難易度だとかなり困るよ。ただでさえ死にかけたのに」
会話に割り込む形で俺の影から出てきたのは、水蓮だった。
人間体をとった彼女は高い背に靡く白髪を揺らしながら、相変わらずの美人さんのまま俺の近くを浮いている―――全裸で。
服を作ることも出来るだろうけど、その辺りは面倒なんだろうなぁ、きっと。そもそも本来の姿では服を着ていないわけだし、その延長なのだろう。
とはいえ、全裸で常に出没っていうのの俺の家や森ならともかく、街中だと問題だからね。
「うん。えっと。幸い、水蓮のおかげでお金貰っているから………水蓮の服も買おうか」
「は、いら」
「そうしましょう。ええ、そうしましょう。ふふ、ふ―――水蓮さん、駄目ですよ………そんな格好でマツリさんを誘っては………ふふ」
「ミーアちゃん?」
「………誘っているつもりはないが。というより私たちはそういう関係ではないが」
まあ、ねぇ。どちらかといえば娘に近いからね、水蓮は。
とっても美人ではあるけれど、情欲が湧くかといえばうーん、って感じ。綺麗だし、眺めていたいとは思うけど、それはイコール恋だ愛だって断言できるわけでもない。あ、ちなみに俺の好みはまだ女性ですからね、そこだけはあしからず。
呪いで性別が変わっても、精神の奥底………三大欲求とかそういう原初のものは流石に簡単に変動する様なことは無い。時間が掛かればわからないけど、そもそも誰かを愛すること自体が論理立てすることが難しいものである。結局分からないよ、そんなものって話。
「遠縁、本当に吹っ切れたな………まあいい。たまには付き合うとしよう。お前とマツリだけでは色々と不安だ」
「あ。………うんうん、どうせならさ」
ふふふ、良いことを思いついた。
俺とミーアちゃんと水蓮。確かにこの三人でも十分楽しいだろうけどさ、折角だもの。
「シンスちゃんとかミールちゃんも呼んでさ。皆で買い物しようよ」
人差し指を立てて、そう提案する。
ミーアちゃんが一瞬だけ頬を膨らませ、そしてすぐにそれを吐き出した。仕方ありませんねなんて呟きながら小さく笑うと、
「分かりました、そうしましょうか」
迷いなく、戸惑いなく。彼女は俺の手を取った。
その力強さにちょっとだけびっくりして、その手首に巻かれているブレスレットに視線が向いた。素肌に直接………彼女は手袋をしていない。
うん、だってもうそれをする必要がないから。同じ役割をあのブレスレットが行い、そしてその力の調整の仕方もミーアちゃんの肉体に浸透させている。いつの日にかは、あのブレスレットすら役目を終えるときが来るだろう。
ま、それは副次作用だけどね。ミーアちゃんが積極的になってくれるのが一番だ。
「どうしましたか、マツリさん?」
「ううん。なんでもないよー」
握った手の上にもう片方の手を置く。
満足満足。善いことだよ、うん。にへりと笑うと、よいしょと声を出しつつ立ち上がった。
「電話………はいっか。俺が手紙出した方が速いからね」
「身体の方は………」
「もう完全に治ってるよ、大丈夫。むしろ絶好調だから」
手を放し、力こぶを作ってみせる。うん、何もでないね。当たり前である。
なにせ筋肉には乏しい身体つきだ。貧相というわけでもないし太っているわけでもないけれど………ちゃんとくびれはあります………ボディビルダーみたいな筋骨隆々とはいかない。
胸とお尻周りは、まあ、はい。ご想像にお任せします。
そんなどうでもいい考えやら葛藤やらは放っておいて、ローブの内側から一枚の草を取り出した。
以前も使ったことがある葉書の魔法だ。何度も使っていれば送るのも随分と慣れてくる。魔法を使うこと自体にも、ね。
取り出した葉っぱは三枚。ミールちゃん、シンスちゃん、アルテミシアちゃん………もとい、ミーシェちゃん。シキュラーの魔術師であるミーシェちゃんが来てくれるかは分からないけど、まだ俺からの報酬を受け取っていないのと収集したい知識があるからとカーヴィラの街に残っているので、手紙は届くだろう。
誘っておいて損はないからね。ま、折角なら来てほしいし、ちょっと策を巡らせたりはしますが。
葉の表面に息を吹きかければ、文字が浮かび上がる。さらにもう一息吹きかけて、そして窓を開けてその三枚の葉っぱを放り投げた。
「今回は燕かな。蜻蛉でもいいけど」
カタチの話である。果たして、その葉は姿を変え、燕を模した鳥の形状になると勢いよく飛んで行く。
電話だと外出先だと届かないからね。固定電話は魔道具としてあっても携帯電話は流石にない。魔術師同士の念話とかならできるけど、これも意外と距離が短い。
結局、魔法とか魔術を生かした昔ながらの方法が役に立つというわけだ。
魔法の力で返信だってすぐわかる。先ほど送ったばかりの葉書の鳥が一羽、すぐ戻ってきていた。
手を伸ばし、それを腕に止まらせると、燕はすぐさま元の葉っぱへと姿を変えた。
「シンスちゃんはおっけーだってよー」
「本当に、大丈夫なのですね。というより前よりも魔法が巧くなっているような」
「あはは。これだけ使ってれば、ね。魔法も技能だから、簡単に上達はしないけど、それでも使い続ければそれだけ上手くもなるさ」
寄ったのもかなり大きいけどね。まあそれはいいんだ。魔法が巧く使えれば出来ることも増えるし、悪いことじゃない。
それよりも………ほら、窓を見れば他の二話も戻ってきていた。葉書に戻し、それを開く。
―――手紙って、書く人の性格出るよなぁ。思念で描くことが出来る魔法の葉書だと尚更だ。少し面白がりながら、ミーアちゃんに振り向く。
「うん。みんな大丈夫みたい。よし、じゃあ行こうか」
ミーアちゃんの手を今度はこっちから掴んで、病室を出る。
「え、えっとマツリさん?!」
「おい。どこへいく、マツリ」
「喫茶店で集合だよ、水蓮も早く。皆でお出かけなんて新鮮だからね―――楽しまないと!」
さあ………こういっていいのかは分からないけど取りあえず仮称で………女子会の始まりだ!