夜を抱いて微睡む
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「それでは、また」
ツァイトちゃんは俺を元の病室まで送ると、丁寧にお辞儀をして帰っていった。あの子の気配………というか香りはまだ近くにある。
勿論付近にいるってわけでは無くて、多分ツァイトちゃんは近くに住んでいるのだ。魔女だって人の中に混じることはある。種族が違う程度で完全に住む世界を分けることが出来るのであれば、面倒くさいいざこざなんて起こらない。
逆に混じり合うからこそ生まれるものもあるのだ。そもそも彼女自身がそうな訳だし。
「………スターズの旦那さんって誰なんだろう」
万有引力という法則を自在に操る魔女の伴侶。うん、かなり気になる。気になるけど、この疑問は次回に取っておこう。
だって、それを訊くのも楽しみの一つでしょう。
「んー!」
ベッドに腰かけ、腕を伸ばす。ついでに足も。
「治療も兼ねてたんだろうなぁ。確かに魔女の国は俺の身体にはかなり居心地がいいから」
―――少しだけ、三日目の筋肉痛程度の小さな痛みが残るだけ。
今の俺の状態はそんなところだ。昨日の夜までは歩くだけでも一苦労だったというのに、そんな気配はもう微塵も存在していない。
手を開いて握ってを繰り返しても問題がない程である。
………魔力を大量に放出し、そして物理的にも大きく傷ついた肉体。半分以上人外である俺ならばそれでも死ぬことはなく、放っておけば治るけれど、一か月はこのままかなぁって思ってたんだよね。
損なわれた肉体の修復にも魔力を使い、更に肉体によって生成した魔力を即座に魔法として変換する………魔力量や知識はともかく、技術そのものは見習い程度のものしか持たない俺にとっては、あれはかなりの重労働。
水蓮と、水蓮の奥底にて何事かを企んでいた泥との戦いによってその技術も少しだけ向上したとはいえ、地力が弱ってしまっていればそれも生かせない。
それ故の、一か月という期間だったんだけど。そんな予測関係ないとばかりに治ってしまったね、うん。
「これもお礼を言っておかないとか」
ええ、今度纏めて、ということになりますが。
「ふ、ぁああ………」
あ、欠伸が出た。それも当然か、もう夜明けを超えて普通に朝である。
街の遠くの方で鳥が鳴いていたし、場所によっては朝食の匂いも漂ってきている。人が動き始める時間が近づいてきているのだ。
さて。身体は修復されたとはいえ、普通に徹夜となれば朝日はとっても目に痛い。というか脳みそが寝むたい。人外とは言え睡眠欲はあるのです。
いやね、だらしないとは思っているんですよ?これでも一軒家で一人暮らししてますから。いつもなら朝にはちゃんと起きて珈琲でも飲みながら、家の掃除や依頼の確認、対応。
魔法の勉強や道具の調達、作成などなど忙しく動き回っている。魔法使いは存外にやることが多いので。
でも、幸か不幸か今はお休みなのだ。何故って、家にいないからね!
………偶には、いいじゃないか。こうして休んだってさ。それに。
「夜の思い出をすぐに忘れてしまうなんてもったいないからね」
星月薫る魔女の夜の、その残滓。
ちょっとだけ抱いたまま、寝坊したっていいでしょう?悪い思い出でも夢でもないんだからさ。
「ん………」
ふかふかの枕に顔を埋める。
そうすると、首元にちょっとした違和感があるのに気が付いた。眠け眼を小さく開きながら、その違和感の正体を確かめる。
胸元に、大きな丸い石のネックレス。特徴的なのは、石は中央近くに穴が開いているという点だろう。
これはアダ―ストーン。かつてドルイドが用いた、魔よけの力を持つお守り石。
本物はこうして、自然に穴が開いたものを使うのだけれど、このアダ―ストーンは穴の位置が特徴的で、一見するとまるで三日月のように見える。
………触れれば、強い魔力が籠っているのが分かった。
「スターズからの贈り物か。過保護だなぁ、我が妹も」
幸あれ、そして勇気あれ、叡智あれ。
幾つかの言葉が刻まれた、魔女術で編まれたお守りのおまじない。俺の未来を願って、ってことなんだろう。
シルラーズさんから貰ったペンデュラムに続いて、首にかけるものはこれで二つ目か。まあ魔女とか魔法使いって呪具で身を固めることが多いし、俺なんてまだまだ少ない方だけどね。
幸いにして二つともデザインも大きさもあまり競合しない。同時に付けててもおかしくはないだろう。
「ありがとう、麗しき魔女たち」
そう、お礼を言って今度こそ布団を被る。
今回の宴では授けられること、助けられることが多かった。次の宴は、皆を楽しませないと。恩返しってやつだよ、あと妹たちへのサービスみたいなものもある。
どうであれ、施されるばかりというのはあまり得意じゃない。助け合いは好きだけど、助けられっぱなしは申し訳なさが勝るからね。うん、今から来年の宴はどうしようか、ちょっと考えておくのもいいだろう。
「………宴、宴………花火とか?」
それも、いいかもね。職人さん見つけないとだけどね?
いくらかかるのかとかで頭悩ませそうだけど、それもそれで楽しいことだ。そして楽しいことは良い事だ。迷惑をかけない限りは。
「………ん………」
そんな思考をしていれば、段々と微睡み沈んでいく。
遠くで誰かがちょっと怒ったような匂いがするけれど、今だけはみないふり、もとい知らないふりを押し通して。
「んぅー………おやすみなさい」
朝から、惰眠を貪るとしましょうか。
落ちる瞼に抗わず、眠気に身体を預けたのだった。
―――遠き異界で、人ならざる数多の妹を慈しむ。あの子の代わりではなく、あの人の代わりではない。ただ、俺がそうしたいから、そうしただけ。
根を張り、幹を為し、葉を生い茂らせて。そうして生きていくと決めたのであれば、今まで以上に俺は人との繋がりを大事にするのだから。
また、来年。その約束は、宝物の如き大事なもの。夜に得たその星を胸に抱き、朝を眠る。
異世界で、生きていく。その意味を忘れることも違える事もなく、どれも大事に抱えて歩く。それが、俺に出来ること。
夢の微睡みの淵で思う。どんな結末になるとしても、精一杯生きる。それだけは、忘れない。