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サウザント・ナイト ~謎の異世界転移からの魔法使い生活~  作者: 黒姫双葉
短章第四篇 マツリと奇妙な誕生日
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宴は終わり



「ですが、流石に魔女の責任も長の立場も放っていく訳には行きませんね。今宵は、胸惜しいですがこのあたりが引き時でしょう」


魔女の長、万有引力を司る古き魔女。

その名が持つ意味や価値、そして責任は確かに重いのだろう。玉座を放り出し、軽々しく動くことが出来ない程に。

うん。ならば俺が掛ける言葉は簡単だ。


「そっか。じゃあ、また会いに来るよ、スターズ」

「気軽に言いますね、ここがどこなのかわかっているのですか、お姉さま」

「魔女の住まう昏き森、その最奥。黒い森(シュヴァルツヴァルト)の秘密の園―――即ち、魔女の国」


それは、この世界の置いて至高の異境の一つ。勿論、この異境というのは境界を異ならせるもの………異界と同義である。

あちらさんの住まう国々と同じく、魔女は魔女の国を持つ。

というよりも、作らざるを得なかった。千夜の魔女という脅威は、魔女自体を脅威であると多くの人々に錯覚させたからね。そこから起こり得るものは、賢き者の殺戮、つまり魔女狩りだ。

魔女はとっても強い存在だけど、大海のうねりの如き人の波には無敵とは言えない。時代を紡げば、人も魔術もそして科学もより力を増し、そして古き力である魔法の真理を知るものは少なくなっていく。

永遠が失われた今、老いることのない魔女は数少ない。いないわけでは無いけれど、それこそ目の前のスターズのように、一握りに限られる。

人も魔女も移り変わり、力の変動していくならば………安全地帯を生み出したいと思うのは当然のことでしょう、うん。


「ああ、成程。あれ(・・)も受け継いでいるのですね」

「あれっていうと、魔女の知識かな?」

「はい。千の夜が重ねた叡智の結晶体―――あの人が記した上巻の書と同様、消えてしまったと思っていましたが」

「それは………」


俺の中にある魔女の知識と対を為す、上巻。名を告げることを許されない、その書物。

………いや、正確にいえば俺だけはその真実の名を呼んではいけないのだけど、まあそれは些細な違いだ。


「お姉さま。今更でしょうが、悪用しないように。知ろうと思えば何でも知れてしまうのですから」

「しないよ当然でしょう?」

「………私の年齢とか、調べちゃだめですよ?」

「あ、そこまでわかるんだ」


インターネット検索でもあるまいに―――本当に便利なものだよね、この知識。

あくまでも借りものだから、使いすぎることはしないように気を付けているんだけど。頭でっかちな知識だけの存在になっても意味がないからね。

知識は自分で集め、理解し、使用することで知恵となり、その恵みを巡らせるからこそ知性となり、人々の助けとなる叡智となる。つまりは、何事も自分で調べる意思が重要なのです。

ただし、溢れ出したものは例外。あれは、そこで知っておかないとそこで終わっちゃうものだから。

あれらに関して言えば、単純な知識というよりも啓示(ハンドアウト)に近い。大局からなる語り掛けである。


「さて」


スターズが一歩離れる。

それと同時に、星の重力に囚われない彼女の髪も地面を浮き、移動する。

仄かに魔法の香りが混じっているのは、彼女自身が法則という魔法を常に編んでいるから。魔女は法則の体現者であり、象徴であり、あちらさん達と同等の魔力をその身から生み出すことのできる人ならざる者。

魔女は一人一人が強大で、種族も精神性も人とは異なり………だけど、同じように星に住まう同胞だ。

そしてなにより、俺にとってはみんな可愛い妹達である。うん、そう決めた。それでいい。千夜の魔女の力と肉体を宿しているならば、そう決めたって間違いではないから。


「うん」


最後に一度、背伸びしてスターズの頭を微笑みながら撫でる。そして、俺も後ろに下がった。

………身に染みいるような痛みは、無い。


「………邂逅は終わりですかな?スターズ」

「ええ、メラビアン。今宵は此れにて―――魔女の宴ももう終わりましょう」

「長話しすぎましたな、ここは時間の流れが違う。折角の酒を飲み損ねましたよ」


冗談交じりのメラビアンの魔女の言葉に、ツァイトちゃんが反応する。


「あ、じゃあ私が今度届けます」

「………あー。そういう所が馬鹿真面目ってんだよ、ツァイト」

「え、え。じゃあ、要りません、か?」

「いや?折角だ、貰えるもんは貰っとく。寄越しな」

「分かりました、手配しておきますね」


うん。いや本当に、メラビアンの魔女が言う通り、魔女にあるまじき真面目さだなぁ………。


「マツリお姉さま。我が娘やメラビアンはこのような様子ですが―――宴に集まらぬような黒き魔女共にはお気を付けを。魔女は良いものばかりではありません」

「かつては賢き女たちも、時が経てば闇を貪る死欲の魔女に成り果てん、かな?」

「ええ。悲しいことではありますが………或いは、それこそが魔女の本質なのかもしれませんが。我らは闇ですから。人の根源、恐怖の源、赫眼の怪異………それらと根を同じとするもの」

「んー。それはどうだろうね」


足元の草木に息を吹きかけ、力を借りる。

花が咲き、蔓を成し、変じてそれは杖となる。強い力を帯びた魔法の杖へと。


「そもそもが、魔法も魔術も、秘術と呼ばれうるもの全てが闇から生まれた物だもの。この杖だってそう、千夜の魔女だってね」


うん。いい出来だ。

初めて杖を作ってみたけれど、これは確かに―――魔法使いへの贈り物には最適だね。

プーカたちがあの杖を送ってくれたことにも納得だ。俺も、いつかは送る側になりたいものだけど。


「でも。魔法は世界を彩り、魔術は人々を助け、そして豊かになっていく。結局は使い方だよ、どこから生まれたとか、性質とかは些細なもの………個性の一欠けらだ」


もう一度息を吹きかけると、杖は薔薇に似た花を咲かし、樹木へと戻って枯れ落ちる。


「魔女の中に悪い人がいたからって、魔女全部が悪人な訳じゃない。只人の世界がそうであるように。だから、魔女であることを卑下する必要なんてないと思うよ?少なくとも、本質なんてものは本来は君たち個人だけの持ち物だし」

「災厄を引き起こしたアロンの杖が、天上の神々からの贈り物であった様に、ですか?」

「そういうこと。神ですら子を守るために敵対者に牙を剥くんだから」


つまりは。神であっても人は殺す。ゾロアスター教の善悪二元論を持って世界を量るのは少々難しい。正しければ人を殺さないわけでは無く、悪が人を救わないわけでは無い。

そんな世界において、闇より出でたものが闇に染まらなければならない理由もないだろう。本当に、個人がどうしたいのか。それだけなのだ、この世界は。

歩き出す。走り出して、止まらずに。そうやって見えてきた景色に何を思うかは、見た者の自由である。


「俺だって、そうして、そう考えて生きているよ。俺に出来るんだ、君たち本当に賢い女性たちならもっと上手くできるさ」

「………賢者の感覚ですね」

「まさか。やりたいことがたくさんあるのに、賢者な訳ないじゃないか」


そこまでの達観は出来てないよ。


「ですが、はい。そうですね―――きっと、そうなのでしょう」


スターズが頷いた。

………そして、空が動く。


「時間かー。俺も、もうちょっと魔女の宴ってやつを見てみたかったけど」

「また。来年がありますから」

「そうだね。その時を楽しみにしてるよ」


もうそろそろ夜が明けるのだ。星は隠れ、月は薄まり、神秘の夜は白き黎明へと溶けていく。

小さく欠伸をする。うーん、徹夜だからね。ちょっと眠いのですよ。

それを見たスターズがちょっとだけ微笑んでいた。ぐぬぬ、恥ずかしい。


「それでは、また。暫くのさよならです、マツリお姉さま」

「うん。じゃあね、スターズ」


今生の別れじゃないから、別段意識することなく―――友達に手を振るようにして挨拶をする。

それでいいんだよ。この世界に根を下ろせば、いつだってこの宴に参加することも出来るんだから。

振り返ると、木々が騒めく音がして。そして背後にはもう、スターズの姿はなかった。

代わりに少し離れた場所に、メラビアンの魔女とツァイトちゃんの姿があった。


「お送ります、我らが遠きマツリ姉様(あねさま)

「よろしく、ツァイトちゃん」

「私はここで。家もありますでな―――妖精の紡ぎ糸が絡み合えば、ここではないどこかで出会うこともありましょう。その時を楽しみにしております、霧纏う魔女よ」

「うん、メラビアンもまたね」


空気に溶けるようにして、メラビアンの魔女が消えていく。そして、俺の手を取ったツァイトちゃんがスターズとよく似た笑みを浮かべた。


「では。帰りましょう、マツリおば様(・・・)

「………敢えてそっちで呼ぶのかー………」


姪の魔女が”道”を開き、空間を駆ける。

―――魔女の宴は、終わった。

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― 新着の感想 ―
[一言] イイコト言うよなぁ おば様w みんな心配してるだろうなぁ
[一言] 尊み秀吉
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